映画『ファーストキス 1ST KISS』公開
『わたしの幸せな結婚』(2023)、『ラストマイル』(2024)、『映画 グランメゾン★パリ』(2024) といったヒット作を次々と世に送り出してきた塚原あゆ子監督の最新作、映画『ファーストキス 1ST KISS』が2025年2月7日(金) より全国の劇場で公開された。
映画『ファーストキス 1ST KISS』は、主人公が15年の時を超えて事故死した夫を救おうとするタイムトラベルもの。脚本は ドラマ『東京ラブストーリー』(1991)、映画『花束みたいな恋をした』(2021) などを手がけてきた坂元裕二が担当する。
今回は、映画『ファーストキス 1ST KISS』のラストについて、本作のタイムトラベル理論と合わせて解説&考察し、感想を記していこう。なお、以下の内容は結末に関する重大なネタバレを含むため、必ず本編を劇場で鑑賞してから読んでいただきたい。
以下の内容は、映画『ファーストキス 1ST KISS』の結末に関するネタバレを含みます。
Contents
映画『ファーストキス 1ST KISS』ネタバレ解説
時間を超えた二人の見事な演技
映画『ファーストキス 1ST KISS』の主演を務めるのは松たか子。映画公開時点で47歳、劇中では45歳という設定になっている。主人公・硯カンナの夫・硯駈を演じるのはSixTONESのメンバーである松村北斗で、映画公開時点では29歳だ。
松たか子は29歳時点の、松村北斗は44歳時点の姿も演じており、大俳優の松たか子と若手俳優の松村北斗がお互いの歳に近いキャラクターを演じるという不思議な構図。それも夫婦/運命の人という間柄だから相手とも息を合わせなければならない。
難題に思えるが、二人が過去と未来の自分を見事に演じ分けつつ、呼吸の合った演技を見せていた点が印象的だった。特に見事だったのが硯駈がモラハラ夫になっていく過程だ。不満を直接告げずに不機嫌になっていく、相談せずに物事を決めるなど、見ていて「自分も気をつけなければ」と身につまされる、絶妙な“嫌な夫”が表現されていた。
すっかり関係が冷めた二人の朝食はパン食とご飯食で、食べる場所も別々。同じ空間と時間と共有しているものの、そこに幸福は感じられない。二人は離婚届にサイン。届出をするはずだった日に、駈は駅で線路に落ちたベビーカーと赤ん坊を助けて電車に轢かれて死亡したのだった。
『ファーストキス 1ST KISS』のタイムトラベル理論
舞台制作の仕事に明け暮れるカンナは、3年待ちで楽しみにしていた冷凍餃子を焦げ付かせてしまい、仕事の呼び出しを受けて車を運転しながら「餃子を焼く前に戻りたい」と願う。するとカンナはトンネルの崩落事故に巻き込まれ、駈と出会った15年前にタイムスリップしてしまう。
映画『ファーストキス 1ST KISS』のタイムトラベル理論は独特だ。タイムトラベルものではルールが重要になるが、本作では、①過去と現在の行き来はトンネルを通ることで行う、②トラベル先は15年前の2009年8月1日で固定、③カンナが過去にいられるのは過去の自分がホテルに到着するまでの8時間、④現実の時間は経過する、⑤過去に干渉すると未来に影響を与える、⑥トンネルの補修工事が終わると過去には戻れなくなる、というルールが設定されている。
『ファーストキス 1ST KISS』の世界では、時間は流れるものではなく過去・現在・未来は同時に存在している、という“ブロック宇宙論”が採用されている。過去に影響を与えると未来も変わるのだが、戻れる過去の日時は固定されているため、カンナが過去に戻る度に前回のタイムトラベルはリセットされ、なかったことになる(ただしカンナの記憶と写真などの身の回り品は継続)。
この設定は、例えば漫画『東京卍リベンジャーズ』(2017-2022) や映画『バック・トゥ・ザ・フューチャー』(1985)、MCU(マーベル・シネマティック・ユニバース)とも異なる。
『東京卍リベンジャーズ』では戻れる過去の日時は固定されているが、「12年前の今日」という相対的な固定となっており、一度過去でやり直したことは変えられないという制約があった。
逆に『バック・トゥ・ザ・フューチャー』では制約はなく、タイムマシーンに改造したデロリアンと燃料さえあれば、好きな過去と未来に飛ぶことができる。おかげでタイムパラドックス(タイムトラベルで発生する矛盾)が起き放題なのだが、それも含めてジョークにする大らかさを持った作品だった。
MCU、特に映画『アベンジャーズ・エンドゲーム』(2019) では、過去に干渉しても時間軸(世界線)が枝分かれするだけで、自分が元にいた世界に影響を与えることはできなかった。ゆえにシリーズとしては“マルチバース”という形で物語を無限に生み出すことができる。
タイムトラベルものでは、制約が強すぎても窮屈になるし、緩すぎると矛盾が生まれてコミカル路線に走らざるを得なくなるため、絶妙なルール設定が重要になる。その意味では、映画『ファーストキス 1ST KISS』はその課題を見事にクリアしていたと言える。
カンナのタイムトラベル
過去に戻って若き日の駈と接する内に、カンナは駈を死から救えるのではないかと考えるようになる。電車事故当日の駈の行動を元に、「コロッケを買わない」「書籍を注文しない」「線路に飛び込まず緊急停止ボタンを押す」といった瑣末な行動を変えさせて未来を変えようとするが、どれもうまくいかない。
ポイントになるのは夏休み新聞を作っている小学生二人組で、二人はことあるごとにチェキで過去に戻ったカンナの写真を撮る。そして、この写真が溜まっていくことでカンナがどれだけ駈を助けようとしたかが分かるようになっている。
あんなに駈を嫌っていたカンナだが、純粋な頃の駈と接するうちにときめきを取り戻していく姿が印象的だった。とはいえ、カンナの気持ちの変化は安直な言葉で表現できるものではない。いちいちセリフで説明されるのではなく、溜まっていく写真や松たか子独特の演技と共にカンナの行動や表情で示されていく。
カンナは駈に怒りも抱いている。他人を救うために家族を置いて死んだ駈に対する怒りだ。カンナのタイムトラベルは、その思いを過去の駈にぶつけながら気持ちを整理していくプロセスでもあったのかもしれない。
博物館の意味は?
カンナの挑戦は、吉岡里帆演じる天馬里津(りっちゃん)の登場によって転機を迎える。院生時代の駈に想いを寄せていた里津は、駈が死んだ日に偶然駈と出会っており、幸せそうに見えない駈の姿を目にしていた。
自分が結婚していれば……と悔やむ里津を前に、カンナは過去に戻り駈と里津がくっつくように行動する。駈を突き放し、駈が大学教授の娘である里津と結婚して研究者になるよう仕向けるのだ。
この一連のシーンについては明確な説明はなく、博物館を訪れるカンナの姿が描かれるが、おそらくカンナの作戦は成功しており、駈は里津と結婚して考古学者になったものと思われる。だが、カンナは駈と出会わない人生では満たされず、また過去に戻ってリセットしたのだろう。もしくは、駈を忘れられなかったカンナは博物館でまた駈と出会ってしまったという線も考えられる。
映画『ファーストキス 1ST KISS』ラスト ネタバレ解説
対照的なカンナと駈
映画『ファーストキス 1ST KISS』のラストでは、トンネルの修復工事の完了が迫る中、カンナは最後のタイムトラベルに挑む。最後のトラベルからの物語に30分ほどを割く大胆な構成だ。
だが、カンナは最後のタイムトラベルで駈が2024年7月10日に死亡する旨を記したポストイットを落としてしまい、それを駈に見られてしまう。駈は未来のカンナの目の前で過去のカンナの姿も目にし、ついにカンナを問い詰めてカンナは本当のことを話さざるを得なくなってしまうのだった。
ホテルの一角でカンナが駈に思いをぶつける名シーン。結婚してモラハラして離婚する相手を目の前にして動揺する駈の姿もリアルだ。それでも、駈は目の前にいる15年後のカンナに出会うために、やり直したいと訴えかける。
「生きるとか死ぬとかより大事なこともある」という駈の論はいかにも考古学者らしい。確かに、生きるのが善いことで死ぬが悪いことという価値観は人間が後から考え出したことだ。もっとも、その論を受け入れられるほど人間の心は強くできていないのだが。
そして、駈はやり直すことがあるとすれば15年の結婚生活だと言い、「死んでもいいからやり直したい」とカンナにプロポーズする。泣いて顔を上げられないカンナの姿は『ファーストキス 1ST KISS』の中でも最大の泣きポイントの一つだ。
カンナは照れもあってか、あまり直接的な表現をしない。その代わり表情やリアクションが豊かで、行動的だから共感できるキャラクターになっている。過去の駈の心が動いたのも、カンナの挑戦の現れであるいくつもの写真や、カンナが15年後も自分の靴下を履いていた姿を見たからだった。
一方で、駈は最初のプロポーズの「好きだ」「一生一緒にいたい」という言葉や、「これ以上、僕をどきどきさせないでください」という言葉など、ストレートな言葉を相手に伝えられる人物だ。カンナは自分とは違う、そんな駈に惹かれたのだろう。
2回目のプロポーズを受けたカンナは、駈とデートをして、教会で口づけを交わす。駈が言う「僕にとっては初めて」という言葉が、本作のタイトルの意味を示している。このファーストキスを機に、駈は未来へ向かって日々を生きていくことになる。
改変後の未来、ラストの意味は?
映画『ファーストキス 1ST KISS』のラストが特徴的なのは、ここから駈が主体となって物語が展開していくことだ。二人は性格が違い、だから惹かれあったのだが、歴史改変後のプロポーズの時には、駈は柿ピーの中からカンナが好きな柿の種を食べている。
カンナは柿で、駈はピーナッツ、だから二人はうまくいく、というのが冒頭で示された理論だった。Instagramで更新されている「硯カンナの備忘録」のアカウントはアイコンが柿ピーの画像になっており、IDは@kaki_to_peanut(柿とピーナッツ)になっている。
「硯カンナの備忘録」は、カンナが過去の駈との思い出を投稿しているアカウントという設定になっている。カンナがアイコンとIDに柿ピーを選んだのは、二人の違いを愛していたことの表れだと考えられる。
だが、改変後の駈はそのカンナの好意に甘えなかった。パン食とご飯食という違いは変わらないが、駈はバターを出してあげる小さな優しさを見せたり、カンナのために遠赤外線のオーブントースターを注文したりしている。それに呼応するように、カンナも駈の服をクリーニングに出していたりする。
駈が15年後のカンナを悲しませないように努力を積み重ねた結果、2024年7月10日まで二人は幸せな結婚生活を送り、二人は離婚することはなかった。カンナは、あの日言えなかった「いってらっしゃい」を駈に告げて、駈は予定されていた通り電車事故で亡くなるのだった。
駈が残した手紙には、幸せな15年だったこと、寂しい気持ちになれるのは好きという気持ちがあったからだということが記されていた。結果は変わらなかったかもしれないが、二人はより良く生きることができたのだ。駈は「どうか幸せに」とも記しており、この言葉を受けたカンナの今後の生き方は大きく変わっていくはずだ。
本作の「大丈夫、未来は変えられる」というキャッチフレーズは、15年後の7月10日の出来事をピンポイントで変えられるという意味ではなかった。そこに至るまでの15年間の一日一日を変えられるという意味だったのだろう。幸福は一朝一夕ではなく、日々の積み重ねによって生まれるものだ。
最後に、3年待ちの冷凍餃子が改変前より2季ほど早くカンナの元に届く。改変後の世界では駈が注文してくれていたのだ。駈が支払いを済ませていたようで、改変前と違って代引きでもない。こうしてカンナは、願っていた「餃子を焼く前」に戻ることになった。もちろんこの世界のカンナは、自分の願いが叶ったことは知る由もない。
映画『ファーストキス 1ST KISS』ネタバレ感想&考察
光った“丁寧さ”
映画『ファーストキス 1ST KISS』は、1話完結のタイムトラベルものとして非常に巧くできた作品だった。与えられた制限の中で問題をどうやって解決するか/目標をどうやって達成するか、というのがタイムトラベルもののテーマになるが、本作が扱ったのは“人の心”であり、そのテーマを扱う手つきの丁寧さが光った。
例えば、カンナが昔のカンナに働きかけて過程を変えさせることや、過去の駈を車に乗せて未来に連れていってしまうという展開もあり得ただろう。だが、そんな雑なやり方ではあの切なくもあたたかい気持ちになるあのラストの雰囲気は作れなかったはずだ。
時に登場人物の表情によって、時にセリフや行動によって、カンナの苦しみやときめきといった感情が丁寧に描かれていた。それを受け取る駈のリアルなリアクションによって、素直でいることの大切さを思い知らされる。
そうした丁寧さによって、映画『ファーストキス 1ST KISS』では単なる善悪や苦楽では収まらない、人生や人間関係という大きくて複雑なテーマが陳腐にならない形で物語の中に落とし込まれていた。カンナが苦悩する姿や改変前の駈の態度、改変後の駈の気遣いを見るにつけ、自分の生活と人生に引き寄せて背筋が伸びる思いがした。
タイムトラベル映画の名作誕生
大抵のタイムトラベルものでは主人公だけが全てを知っており、主体的に振る舞うことが許される。だが、『ファーストキス 1ST KISS』では未来で起きる結果が変えられないと分かると、主体は駈に移り、駈は結果ではなくプロセスを良くするために努力する。
男性トラベラーが主体となり自分に都合の良い未来を作るのでもなく、女性トラベラーが主体になり男性を救ってあげるのでもない、15年の努力で過程を良くさせるという落とし所は見事だった。その中で、柿ピー、靴下、冷凍餃子という日常のアイテムが物語を豊かにしていく。
この緩やかで温かくも繊細なSFの雰囲気は、現在の国内のSF文芸の流れとも一致している。坂元裕二による脚本も絶妙で、松たか子と松村北斗の演技も見事だったが、SF映画監督としての塚原あゆ子監督の今後にも大きな期待を抱きたくなる作品だった。タイムトラベル映画の新たな名作が誕生した。
映画『ファーストキス 1ST KISS』は2025年2月7日(金) より、全国の劇場で公開中。
胸に響くセリフの数々を完全収録した坂元裕二による『ファーストキス 1ST KISS』のオリジナルシナリオブックは発売中。
『ファーストキス 1ST KISS』オリジナル・サウンドトラックも発売中。
『ファーストキス 1ST KISS』公式フォトストーリーも発売中。
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