映画『爆弾』公開
呉勝浩の小説を映画化した『爆弾』が2025年10月31日(金) より全国の劇場で公開された。監督を務めたのは『恋は雨上がりのように』(2018)、『キャラクター』(2021) の永井聡で、脚本を八津弘幸、山浦雅大が手がけた。
映画『爆弾』の主演を務めたのは山田裕貴で、伊藤沙莉、染谷翔太、坂東龍汰、寛一郎、渡部篤郎、夏川結衣、そして佐藤二朗という豪華キャストが勢揃いしている。今回は映画『爆弾』の特にラストの展開に注目して、ネタバレありで解説し、感想を記していこう。以下の内容は結末のネタバレを含むので、必ず劇場で本編を鑑賞してから読んでいただきたい。また、以下の内容は性暴力、自殺に関する描写および性的な内容を含むので、ご注意を。
以下の内容は、映画『爆弾』の結末に関するネタバレを含みます。
Contents
映画『爆弾』ネタバレ解説
スズキタゴサク vs 警察
映画『爆弾』は、スズキタゴサクと警察の戦いを描く物語で、東京の各地に仕掛けられた爆弾を巡ってスリリングな取調と捜査が繰り広げられる。佐藤二朗が演じるスズキタゴサクは、あくまで自身が実行犯ではなく「霊感」によって事件が予知できるとして、爆弾が仕掛けられている場所のヒントを与えていく。
最初の爆発は秋葉原で発生し、器物破損と傷害で取り調べていたスズキタゴサクに気に入られた野方署の刑事・等々力(とどろき)は、警視庁の刑事と取調を交代した後も、スズキタゴサクの背景を探るべく捜査に乗り出す。警視庁の強行犯捜査係・清宮と類家が取調を引き継ぐ一方、交番勤務の倖田と矢吹も爆弾の捜索を現場で進めながら、伊勢からのタレコミをきっかけに独自に捜査を進めていく。
諦観と冷笑で警察を翻弄するスズキタゴサクに近いものを抱えた等々力と類家、制度と建前を信じる清宮、出世欲に取り憑かれた矢吹、負傷した矢吹を想う倖田。取調を行う警視庁の刑事、被疑者の捜査を行う所轄の刑事、爆弾の捜索にあたる交番の警察官、それぞれの立場での戦いが群像劇的に描かれる点が映画『爆弾』の特徴だ。
そして何より、そのすべての警察を翻弄するスズキタゴサクの底知れぬ脅威、それを実写で演じる佐藤二朗の怪演。クイズ形式でヒントが示される爆弾の在処と、スズキタゴサクの動機、その裏にある自殺した刑事・長谷部有孔と残された家族をめぐる事件。『爆弾』では、その全てが絡み合い物語が進んでいく。
五つの“爆弾”
映画『爆弾』でスズキタゴサクは、五つの形の“爆弾”で警察に勝負を挑んだ。最初が秋葉原、東京ドーム、九段下の新聞配達バイクの時限爆弾だ。東京ドームについては「ドームの試合」や「プロ野球ニュース」をヒントに、九段下では「九つの尻尾ゲーム」の内容をヒントに爆弾の位置を警察に伝えていく。
第二回戦は二つのトラップ。スズキタゴサクは子どもの話とホームレスの人々の話をするが、警察は児童施設の爆弾のみを捜査し、炊き出しに並んでいたホームレス状態の人々とボランティアが爆発に巻き込まれる。取り調べに当たっていた清宮が「命の選別」を指摘される一方、伊勢もまたスズキタゴサクの術中にハマり、手柄を欲しがっていた矢吹と、それに同行した倖田がシェアハウスに行き着き、矢吹が爆弾のトラップにかかってしまう。
シェアハウスで爆弾が仕掛けられていたのは、長谷部有孔の息子である石川辰馬の遺体だ。長谷部は4年前に事件現場で自慰行為に及んでいたことがスキャンダルとなり自殺。残された妻・石川明日香と娘の美海は一緒に暮らしていたが、辰馬は行方知れずとなっていた。
ベテラン刑事の清宮が敗れ、いよいよ取り調べ役が類家に交代して迎えた第三回戦では、正午になると事前に仕込まれていたスズキタゴサクの動画が公開される。そこでは、タゴサクが都内にいくつも仕掛けた爆弾で、「浮浪者」「妊婦」「フェミニスト」「外国人」「政治家」などを殺すと予告していた。
さらに二つ目の動画も公開され、その公開条件が1本目の動画の再生数であったと知らせると共に、自分とは無関係だとたかを括って動画を見ていた人々のせいで次の爆弾が爆発する、安全なのはタゴサクがいる野方警察署だけだと告知されるのだった。三つ目の”爆弾”は動画だったのである。
原作との違いに注目
そして映画『爆弾』はクライマックスの残り二つの“爆弾”をめぐる展開に突入するのだが、ここで少し原作との違いに触れておこう。まず、自殺した長谷部についてだが、原作小説では、被害者を悼む心と自慰行為に及ぶことが同居していたこと、それを恥じて克服しようとしていたことが地の文で描かれている。
原作小説では、被害者のいない不祥事であったこと、表と裏の感情が一人の人間の中に“同居”していることが語られているのだ。映画になるとナレーション以外で心情描写を入れることが難しいこともあってかカットされているが、この“同居”というテーマは後で述べるように作品の根幹にも関わるポイントだ。
また、スズキタゴサクが1本目の動画で名指しする属性にはギョッとさせられるが、原作では「アニメアイコン」「ユーチューバー」「冷笑主義者」「環境保護活動家」なども殺害の対象に含まれている。これらの属性がカットされた理由は不明だが、原作ではかなり幅広い属性が名指しされており印象が異なる。この点についても後述することにしよう。
映画『爆弾』ラストをネタバレ解説
事件の真相は
映画『爆弾』のラストでは、環状線の複数の駅で爆発事件が発生。これが四つめの“爆弾”だ。聞き込みをしていた等々力は、シェアハウスで遺体で見つかった山脇が自販機の補充員として働いていたこと、シェアハウスに空のペットボトルが散乱していたことから、駅の自動販売機に爆弾が仕掛けられていることを見抜いた。
しかし、時すでに遅し。現地での圧力に屈した警視庁上層部が規制を解除し、多くの人が爆発に巻き込まれてしまったのだった。さらにスズキタゴサクはまだ爆弾があることを示唆し、歌を詠みはじめる。この歌が石川啄木のものだと気づいたのは伊勢だった。
映画『爆弾』では、伊勢はスズキタゴサクから「文系」かどうかを確認されていたが、原作小説ではより詳細に「文芸部」の出身であることが示されている(映画版も公式設定では、伊勢は文芸部出身であることを買われて調書をとる係を任せられている)。また、原作では、伊勢は自分を卑下するスズキタゴサクの姿が引きこもりの弟と重なり術中にハマったことも明かされている。
スズキタゴサクのヒントは「石川」で、長谷部の元妻である石川明日香が爆弾を持っていることを示唆するものだった。そして類家は、これまでの伏線を手繰り寄せ、ついに事件の真相を明らかにする。
スズキタゴサクはホームレス状態にあったとき、夫の電車への飛び込み自殺で莫大な損害賠償を求められ、一家離散しホームレス状態にあった明日香と出会っていた。タゴサクは明日香に優しく接していたが、ある日、明日香は息子の辰馬が暮らすシェアハウスで暮らすことに。その後、明日香は娘の美海と暮らすことになるが、明日香はシェアハウスで辰馬の計画を知り、山脇と梶の遺体を発見して辰馬の本気を知ることになる。
テロを起こそうとしている息子を刺し殺した明日香は、動揺してタゴサクに助けを求めた。そしてタゴサクは辰馬のテロ計画を知ると、それを乗っ取ることにしたのである。
そして明日香は爆弾を持ってタゴサクがいる野方署を訪れるのだが、原作小説ではタゴサクが美海に危害を加えることを示唆している描写がある。一応、小説版では明日香は保身のためではなく美海を守るためにタゴサクの計画の一部になるのだ。
また、明日香が自首せずタゴサクを頼った経緯についても、原作小説では娘の美海のことを思っての行動であったことが示されている。不祥事を起こして自殺した父、テロ犯の兄、子殺しの母という重荷を背負わせて美海を独りにはできないと考えたのである。
映画版『爆弾』は当然映像化にあたって尺の関係もあるので、伊勢や明日香周辺の事情はあまり深掘りされていない。その分、タゴサクvs類家がより目立つ形でスポットライトが当てられることになる。
スズキタゴサクの事件とそうじゃない事件
類家がこの背景を見抜いた要因の一つは、後半の犯行の「不完全さ」だった。タゴサクは環状線の爆弾について詳細な計画を把握しておらず、だからペットボトル爆弾が配置された駅名をクイズにしてこなかった。
はじめ、類家はタゴサクが計画の中心におらず、情報を共有してもらえなかったのかと考えた。だが、タゴサクの能力を踏まえると後から計画を“乗っ取った”と考える方が理に適うという結論に至ったのだ。
爆弾を作ったのは製薬会社で働いていた辰馬、新聞配達のバイクに爆弾を仕掛けたのは新聞配達をしていた梶、駅の自販機に爆弾を仕掛けたのは補充員をしていた山脇。辰馬は自分の人生を破壊した世間を破壊するために計画を進めていた。
他者の怒りや計画に便乗し、自分のものとしてより巨大な悪となるスズキタゴサクは、現代社会における“匿名”の化身とも言える。多様な属性を標的にするところにもその面影が見えるが、公開した動画すらも辰馬が撮影したものを撮り直したに過ぎなかった。
タゴサクがやったことは、自身を巨悪の真犯人に見せるために計画を継ぎ足すことだ。九段下と環状線は元の計画だったが、秋葉原やドームシティ、代々木の爆発はタゴサク自身が仕込んだものだったのだ。
そして明日香に警察署まで持って来させた爆弾が「最後の爆弾」かと思われたが、類家はそれもフェイクであることを見抜いていた。最後の爆弾が爆発すれば事件は終わってしまうが、爆発しなければ警察を、世間を永遠にこの事件の中に閉じ込めることができる——それがスズキタゴサクの狙いだった。
ラストの意味は?
事件の真相が明らかになると、スズキタゴサクは類家に、自分の能力を存分に発揮したいと思ったことはないか、と尋ねる。さらに類家のことを、くだらなさにうんざりしながら従うふりをしていると見透かし、類家はそれを認めると、「こんな世界滅んじまえ」と思っていると吐露する。この時、清宮が「やめろ」と言ったのは、タゴサクと同じように類家にスズキタゴサクの片鱗を見ていたからだろう。
それでも、類家は明日香は本当にタゴサクに身代わりになってほしくてタゴサクを呼んだのだろうかと疑問を呈する。毒死していた梶と山脇に罪をなすりつけることもできたのに、もしかして明日香は、タゴサクに自主を勧めてもらいたかったのではないかと。
タゴサクはこれを「単なる想像でしょ?」と片付けようとする。「それってあなたの感想ですよね?」に近い冷笑主義を感じる。だが類家は、残酷からも綺麗事からも逃げないと宣言。タゴサクと類家の内面には世間への諦めや絶望があるかもしれないが、類家は「逃げない」ことで踏みとどまっている。
さらにタゴサクは廊下で等々力と再会すると、最初の爆発の後に自分を応援していただろうと言い寄る。等々力はそれを認めると、それでも自分はそれを「不幸せとは思わない」とタゴサクを突き放すのだった。
最後にタゴサクは、今回の類家との勝負を「引き分け」として、ようやく「類家」という名前を口にする。取り調べ中は一度も類家の名を口にしなかったが、類家の名前は覚えていたのである。
エピローグでは、明日香がすべてはスズキの仕業だと息子殺しを否認している一方で、タゴサクも警察のでっちあっげだと主張していると語られる。小説版では、明日香が持ってきた爆弾がフェイクであったことについても、明日香に嘘をつき続ける人生を歩ませるためのタゴサクの策であったことが示唆されている。
そして注目のセリフ、「最後の爆弾は見つかっていない」という言葉で映画『爆弾』は幕を閉じる。これは原作と同じだが、映像化にあたっての特徴は、トイレで類家の背中を映し出していることだ。
つまり、最後の爆弾は類家の心の中に植え付けられていると読み取ることができる。それは元々あったものかもしれないが、スズキタゴサクによって起動され、いつか時限式でか、衝撃を受けてか、社会で爆発するかもしれない爆弾。警察は真相にたどり着いたが、一人ひとりがスズキタゴサクの最後の“爆弾”と向き合い続けることになる。
映画『爆弾』のエンディングで流れるのは宮本浩次による主題歌「I AM HERO」。
映画『爆弾』ネタバレ感想&考察
映画『爆弾』の魅力と課題
映画『爆弾』は、映画一本分という限られた時間の中で原作小説の要素から重要な部分を取り出し、登場人物の心情表現が困難であるというハードルと戦いながら、それらの課題をYaffleの音楽や俳優陣の熱演によって乗り越えていくような作品だった。特にスズキタゴサク役の佐藤二朗と類家役の山田裕貴の演技が素晴らしく、純粋に二人の対決を再び見たいと思わされた。
映像表現については、やや露悪的な表現は個人的に辛いところがあったが、本作の空気作りには必要だったのかもしれない。ちなみにクレジットロールを見ても分かるが、本作にはインティマシーコーディネーター(性的なシーンなどの撮影時に出演者の安全と尊厳を守るための専門スタッフ)が参加しており、「ミノリ」のシーンは男性スタッフが退出して撮影が行われたという。
そうした細かな配慮があっただけに、映画全体でテーマの扱い方が男性目線になっていたことは残念でもあった。原作小説から削ぎ落とした部分もあるのだろうが、性欲や出世欲など男性的な欲望のあり方は深掘りされることがなかった。『8番出口』や『秒速8メートル』など、男性監督が男性性と向き合う実写邦画が続いている中では、物足りなさを感じてしまった。
『爆弾』のテーマとその後
一方で、『爆弾』の本来のテーマ自体は現代社会に訴えかける力強いものだった。実写化にあたっての改変として、スズキタゴサクの数々の標的の中から「冷笑主義者」が消えていたことが挙げられる。それにより、タゴサクと類家の中の冷笑的な側面がより際立つことになったように思える。今の社会で大きな問題となっている冷笑主義までタゴサクに相対化させてしまうと、何が何だか分からなくなってしまうところを、改変によって踏みとどまった例だと言える。
根源的には、人間の中には光と闇があり、タゴサクと類家の中に同じ性質があろうが、人間は踏みとどまれるというメッセージが『爆弾』のテーマだと考えられる。自分の中に悪が「同居」していようと、人間は選択し、それをしまっておける。同時に、その蓋を開けて呼び起こそうとするからスズキタゴサクは恐ろしい存在なのである。
スズキタゴサクは、名もなき者から何者かになり、「欲望」されることを求めた。東野圭吾の「探偵ガリレオ」シリーズなどで描かれるような身代わり劇を、事件の乗っ取りというもう一つ先の段階まで描いたという点で『爆弾』はやはり面白い作品である。
『爆弾』の続きはすでに『法廷選挙 爆弾2』で描かれている。『爆弾』の1年後、スズキタゴサクの裁判で起きた事件とは——。『爆弾』がヒットを記録すれば、こちらも実写映画化されることだろう。今のところは映画『爆弾』を噛み締め、ヒットの行方を見守ろう。
映画『爆弾』は2025年10月31日(金)より公開。
原作小説『爆弾』は講談社文庫より発売中。
続編『法廷占拠 爆弾2』も発売中。
さの隆によるコミカライズ版も発売中。
漫画第2巻は11月20日発売。
映画『爆弾』のサントラは11月5日発売。
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