“空想科学コミュニケーション”って何? 教育や研究でも注目されるSF思考の新たな使い道 | VG+ (バゴプラ)

“空想科学コミュニケーション”って何? 教育や研究でも注目されるSF思考の新たな使い道

注目集まる“空想科学コミュニケーション”

“SFプロトタイピング”という言葉を耳にするようになってから久しく、今ではさまざまな企業や行政組織などがその手法を活用するようになった。SFプロトタイピングとは、SF(サイエンス・フィクション)的な発想を活用して未来を思考し、新たな製品や事業の方向性を導き出す手法で、リコーやNTT、清水建設、ソニーなど多種多様な業界で採用されている。

そして2026年現在、にわかに注目を集めているのが“空想科学コミュニケーション”だ。SF思考を用いた新たな対話の手法は、どのようにして今の社会に浸透しつつあるのか。今回は、2026年4月にSFカーニバル2026内で開催されたイベント「空想科学コミュニケーションはじめました」でのトークをもとに、“空想科学コミュニケーション”の現在地とこれからについて紐解いてみよう。

イベント概要
空想科学コミュニケーションはじめました
日時 :2026年 04月11日(土)
場所 :代官山 蔦屋書店 3号館2階 SHARE LOUNGE/Zoom配信
登壇者:宮本道人、宮田龍、玖馬巌、堀川夢
主催 :慶應義塾大学サイエンスフィクション研究開発・実装センター/ムーンショット型研究開発事業 目標1 金井プロジェクト Internet of Brains
協力 :株式会社アラヤ/VGプラス合同会社/株式会社SF実装研究所
後援 :日本学術振興会「課題設定による先導的人文学・社会科学研究推進事業」ポストヒューマン社会のための想像学

空想科学コミュニケーションとは何か

そもそも空想科学コミュニケーションとは何を意味するのだろうか。

株式会社アラヤのサイエンスコミュニケーションチームのリーダーで、空想科学コミュニケーターとしても活動する宮田龍は、空想科学コミュニケーションを、「フィクションの要素が入っていて、科学や社会との接点を一緒に考えるきっかけを作るコミュニケーション」と定義する。つまり、フィクションを活用して、人々が科学周辺の事柄について考えたり、対話したりするきっかけを作るコミュニケーションということだ。

後で事例を紹介していくが、多くのケースでは小説などの形で特定の未来を提示し、それを題材として未来について考えるワークショップなどが実施される。フィクション作品は作家によって制作される場合が多いが、ワークショップやディスカッションは空想科学コミュニケーターがリードすることになる。

SFプロトタイピングとの違い

気になるのは、今では企業活動の一環として浸透した感もあるSFプロトタイピングとの違いだ。SFプロトタイピングでは、SF作家などのSFの専門家が企業や団体と共に作業に取り組み、構築したストーリーや世界設定をもとに、その組織のビジョンを具体化していくという手法が取られる。

SFプロトタイパーとしても空想科学コミュニケーターとしても活動する宮本道人は、このSFプロトタイピングのプロセスを「サイエンス・フィクションを使って、複数人で未来ビジョンを作る」とまとめた上で、その特徴については「合目的的なことが多い」と指摘する。SFプロトタイピングにおいてもコミュニケーションは重要なパートを担っているが、課題解決あるいは課題発見といった“成果”に重きが置かれがちで、実際の取り組みとしてはビジネス領域で活用されることが多かったという。

一方、空想科学コミュニケーションは、空想=フィクション=物語を活用したコミュニケーションを用いて未来について考える活動を指し、より広い領域で活用される。慶應義塾大学 SFセンターの空想科学コミュニケーショングループは、その趣旨を以下のように記している。

すでにある科学技術ではなく、今後起きうる科学、空想科学におけるビジョンを検討し、確立していない不確実な状況における思考を促す物語コミュニケーションの可能性を探る。

宮本道人はこれを「不確実な状況やどうなるか分からないものについて考える時に、空想を使う」と要約する。こう聞くと、あらゆる分野で活用できる手法のように聞こえるが、実際にはどのような場面で空想科学コミュニケーションが活用されているのだろうか。

空想科学コミュニケーションの事例

事例1:Neu World/研究開発と市民との対話

宮田龍が、AIとニューロテックをテクノロジーに応用するスタートアップ・株式会社アラヤで取り組んでいるのが、サイエンスコミュニケーションプロジェクトの“Neu World”だ。Neu Worldは、“ムーンショット”と呼ばれる国の研究開発プロジェクトの一つで、SFプロトタイピングを科学コミュニケーションに応用した取り組みが行われている。

ムーンショットでは、2050年に社会実装を目指す10個の挑戦的な目標が掲げられており、その内の“目標1”が「2050年までに、人が身体、脳、空間、時間の制約から解放された社会を実現」となっている。金井プロジェクト「Internet of Brains(IoB)」では、この目標1の社会実装に向けてニューロテック(脳に関わる科学技術)の研究開発が進められており、Neu Worldはその中で、空想科学コミュニケーションの手法を用いている。例えば脳と機械を接続するBMI(ブレイン・マシン・インターフェイス)を社会実装する際に、人々にどのような期待や不安が生じ得るかを、空想科学コミュニケーションを用いて捉えていく。

そこで実行されるのが、①作品を作る、②発信する、③共創する、という三つのステップだ。まずはSF作家が特定の未来を描くSF作品を制作し、それを広めて作品に対する反応をもらった後、ワークショップ等を通してより良い未来を一緒に作っていく——。Neu Worldでは、2026年4月時点ですでに16の作品が公開されているが、その作品群は未来のビジョンを予測したり、あるべき未来を提示したりするものではないという。

「その作品は『こういう未来を目指してますよ』ってものではなくて、『こういう未来の可能性があった場合、この未来は良いですか? 嫌ですか?』って(問いかけるもの)」と宮田龍は説明する。「嫌だとかも全然言ってもらいたくて、じゃあそこから現実の未来はどういう風にしていくか、みたいな、そういったコミュニケーションのきっかけになるような作品を作っていく活動です」。

特に脳と科学技術に関連する分野では、ユーザーが不安や警戒心を抱くのは自然なことだ。あらかじめ用意した製品やサービスを体験してもらうのではなく、どのような未来があり得るかを一緒に考えていくという手法は、科学が飛躍的に進歩する時代においては特に重要なプロセスになる。

Neu Worldでは、中学校の探究や総合、国語の時間でSF作品を使ったワークショップを行うなど、教育の現場でも空想科学コミュニケーションを活用した取り組みを実践している。2050年を舞台にした玖馬巌の「カラフル」などを教材に用いて、未来を描いた小説を読んだ上で、描かれていなかったところでは何が起きているか、未来社会の課題は何かといった内容をディスカッションして考えていくという。

あり得る未来を空想の物語として提示した上で、フィードバックを受け、どういう期待があるか、どこで不安を感じるかを反映しながら、現実の未来のビジョンを作っていく——トップダウンではない、こうした丁寧な取り組みでプロジェクトを進めることが当たり前となる時代が、すぐそこまで来ているのだ。

事例2:南澤PJ Cybernetic being/リスクの想像

同じくムーンショットの“目標1”に取り組む“南澤プロジェクト サイバネティック・ビーイング”では、“もう一つの身体”であるサイバネティック・アバター技術の開発に取り組む。サイバネティック・アバターとは、自身の代わりになるロボットや3D映像によるアバターと、人の身体・認知・知覚能力を拡張する技術を含む概念を示す。

このプロジェクトでは、2050年までに一人の人間が10体以上のアバターを同時に操作し、様々な社会活動に参加できる技術開発が中間目標として掲げられている。宮本道人は、サイバネティック・アバターの活用へ向け、SF思考を用いてリスクの想定に取り組むワークショップに取り組んだ。

SF的な想像力を用いて対象に深く潜り込み、潜在的なリスクを想定するこの取り組みは“ディープリスク・ダイビング”と呼ばれ、その概念や実践例をまとめた書籍『ディープリスク・ダイビング』が、宮本道人監修の〈SF思考ハンドブック〉シリーズの第一弾として2026年8月7日にKaguya Booksから刊行される。同プロジェクトのワークショップを通してSF作家の揚羽はな、葦沢かもめ、麦原遼が執筆した短編小説も、同書に収録される予定となっている。

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宮本道人は、「海外の潮流としてはリスクを考えるのは当たり前で、研究開発においてリスクを考えたり、市民とリスクについて対話するのはセットであるべきというのが、だんだんスタンダードになってきている」と語る。フィクションの力を借りて未来社会のリスクについて深く考えるこの手法は、空想科学コミュニケーションの代表的な実践例の一つとなっていくだろう。

事例3:北海道大学CoSTEP/教育と出版

2005年に設立された北海道大学CoSTEP(Communication in Science and Technology Education and Research Program、科学技術コミュニケーター養成プログラム)は、科学と社会を橋渡しする科学技術コミュニケーターを育成するプロジェクトだ。このプログラムを受講したSF作家の玖馬巌によると、SFを活用する動きもあり、このプログラムでの経験が後にSF作家として活躍するきっかけの一つになったという。

宮本道人は特任助教としてCoSTEPに在籍した後、現在ではCoSTEPのフェローを務める。同プロジェクトの受講生と共に作った本が、2025年にKaguya Booksから刊行された『外来種がいなくなったらどうなるの? SF思考で環境問題を考える』だ。

この書籍では、一筋縄ではいかない外来種についての問題に様々な「もしも」を設定。科学知識と「もしも」のストーリーを順番に提示し、フィクションを活用しながら現実の問題を理解する入門書として人気を博している。

宮本道人は、同書が特定の答えに導く内容にならないように気をつけたと振り返る。教条的な内容にするのではなく、複雑な問題であるということを分かってもらい、読者間での次のコミュニケーションに繋げていくのだ。

また、同書のようにフィクションと科学を一緒に扱うにあたり、ストーリーとコラムを切り分けることで混同やミスリード、問題の誇張を避けるという配慮もなされている。宮田龍も、「1回で全てを包括する必要はなく、科学解説は別に記事があったり、イベントで説明したり」と、インプットや思考の場が多様であることを重視する。一冊の書籍や一つの作品で完結せず、その前後のコミュニケーションを前提としている点も空想科学コミュニケーションの特徴と言える。

Kaguya Booksの編集者として『外来種がいなくなったらどうなるの?』を担当した堀川夢は、当初は外来種のレシピ集として企画されていたが、会議を重ねる中で、様々な「もしも」を提示していくという案に落ち着いたと明かす。また、書店に並ぶ際の棚はSF小説のコーナーなのか、科学や自然・生き物の棚なのか、調査と検討を重ねたという。

出版される本づくりのプロセスには、届け方や作り方について、研究者以外の人間の視点が取り入れられるという利点がある。完成まで幾度もミーティングを重ねて制作が進められた結果、同書は発売から半年を待たずに4刷というヒット作に。学校図書館を中心に多数の注文を受けている。

同書には、ワークショップの事例も収録されており、教育現場での活用も見込まれている。読書を重要な要素に置きながら、それをプロセスとして新たなコミュニケーションへと繋げていく——。Neu Worldの事例と同様に、空想科学コミュニケーションは教育の現場で重要な役割を担うことになっていくだろう。

事例4:地域SFアンソロジー/地域課題を考える物語

特定の地域を題材にしたアンソロジーは以前から存在していたが、Kaguya Booksでは2023年に刊行した正井編『大阪SFアンソロジー:OSAKA2045』、井上彼方編『京都SFアンソロジー:ここに浮かぶ景色』以降、複数の地域を舞台にしたSFアンソロジーを発表している。

「空想科学コミュニケーションはじめました」に登壇した玖馬巌も、『大阪SFアンソロジー』に参加しており、2045年の大阪を舞台に、万博跡地にできた科学館で働く科学コミュニケーターを主人公にした短編小説「みをつくしの人形遣いたち」を寄稿している。同作では、「私がAIに教えられることなんてあるのか」と悩む主人公が、大阪の伝統芸能である文楽に触れる中でAIとの向き合い方のヒントを得ていく。

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『大阪SFアンソロジー』に収められた10編は、いずれも2045年の大阪を舞台にしていながら、描かれる物語は多種多様だ。起こり得る未来を小説として描き出すことで、物語が未来について考えるコミュニケーションの礎になる。

2026年1月にKaguya Booksから刊行された堀川夢・秋永真琴編『北海道SFアンソロジー:無数の足跡を追いかけて』では、宮本道人は草野原々、麦原遼とのユニットで「あなたは特産品です。広まってください」を寄稿した。北海道が爆発四散して世界中に散らばるという一見突飛なコンセプトを置いたSFだ。一方で、宮本道人は、センシティブなテーマを扱う手法としてフィクションが活用できると、現実の問題を扱う上での媒介としてのフィクションの機能に言及している。

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また、編者の堀川夢もSF短歌を寄せており、地軸が傾いて道北の夜が明けなくなったらという設定の連作短歌が収録されている。堀川夢は、短歌自体が歌会での発表と意見交換を前提とした作品形態であり、コミュニケーションが伴う表現方法だと説明する。

なお、地域SFアンソロジーは、Kaguya Booksから刊行された「大阪」「京都」「北海道」、なかむらあゆみ編『巣 徳島SFアンソロジー』、トウキョウ下町SF作家の会編『トウキョウ下町SFアンソロジー:この中に僕たちは生きている』以外にも、新潟SFアンソロジー作成委員会が企画した「新潟SFアンソロジー」シリーズや、阿下潮が編者を務めた『名古屋SFアンソロジー』など、有志によるアンソロジーも刊行されている。

多様な筆者が多様なストーリーを寄せるアンソロジーという形態は、空想科学コミュニケーションでの活用に適していると言える。その中でも、トップダウンではなく、一市民の視点から空想の物語を描く地域SFというジャンルは、地域ごとの課題や不安を解消していく一助になる可能性を秘めていると言える。

事例5:科学未来館、Voice of MUON/イベントや動画、多様な形態

一方で、空想科学コミュニケーションの事例は、必ずしも書籍や小説を通したものではないと宮本道人は解説する。北海道大学CoSTEPで受講生たちが開催した「サイエンス・パフェ」では、ランチョンマットやコースターに書かれた科学情報をもとに、知らない人同士がパフェを食べながらリスクについて話をする機会が設けられた。

日本科学未来館が2019年に主催した「イマジネーション×サイエンス〜人工知能がつくる未来を想像する〜」では、人気ゲーム『Detroit: Become Human(デトロイト ビカム ヒューマン)』を題材としたトークセッションが行われた。

同作は、2038年の米デトロイトを舞台に、高度に発達したAIを搭載したアンドロイドの視点で進められるアクションアドベンチャーで、プレイヤーの選択肢によって物語が幾重にも分岐するシステムが話題を呼んだ。作品内の世界では、主人公のアンドロイドが、アンドロイドに仕事を奪われた人間に恨まれる様子も描かれる。AIが高度に発達した未来に対する、不安や懸念も盛り込まれているのだ。

宮田龍は、同作の開発元であるクアンティック・ドリーム社のデイビッド・ケイジらと共に日本科学未来館のトークセッションに登壇。作品の登場人物の視点、自分と異なる価値観で未来の世界を見た時に、そこにどんな課題があるのかを考える同セッションでのやり取りを、自身にとっての「1回目の空想科学コミュニケーション」としている。

既存のSFコンテンツを活用して科学コミュニケーションを行う手法に手応えを感じた宮田龍は、当時科学コミュニケーターを務めていた科学未来館で、映画を観た後にトークセッションを行う「Cinema未来館〜SFは未来のシナリオか?〜」を開催。同イベントには宮本道人も登壇し、映画『レディ・プレイヤー1』を観た後に感想を出し合いながら、アイデンティティの拡張といったテーマについてトークが繰り広げられている。

このセッションでは、QRコードを読み取ってテキストベースでリアルタイムの質問や意見投稿が行えるSlidoが活用され、登壇者だけでなく、客席の参加者からも様々な感想が寄せられたという。本イベント「空想科学コミュニケーションはじめました」でもSlidoを活用したQ&Aが行われており、来場者とオンライン配信の視聴者がリアルタイムでコミュニケーションに加われる仕組みが採用されていた。こうしたイベント型の空想科学コミュニケーションは、テクノロジーの発展と共に今後より活発になっていくだろう。

Academimicのプロジェクトでは、クリエイティブディレクター、ボカロP(ボーカロイドプロデューサー)、小説家の3者がチームを組んで制作した、音楽と映像と小説を組み合わせた作品「Voice of MUON」が公開されている。玖馬巌はディレクターであるAcademimic主宰の浅井順也のリードのもと、宇宙から地球に降り注ぐミューオンという素粒子を利用して地球の内部構造を観測するという、実際の研究に着想を得たフィクションを執筆し、koheが小説と連動した楽曲とMVを制作。Academimicのウェブサイトでは、東京大学地震研究所・田中宏幸教授による作品・研究解説を読むことができる。

こうしたプロジェクトは、若い世代をはじめ、動画を見る機会が多い人たちが科学に触れる入り口にもなり得る。空想科学コミュニケーションを活用していく上で、動画という手法にも期待できるというのが玖馬巌の見立てだ。

事例6:日工/企業のSFプロトタイピングから共創へ

イベント「空想科学コミュニケーションはじめました」の最後に紹介された事例が、日工株式会社が宮本道人と共に取り組む未来共創プロジェクトだ。国内アスファルトプラント最大手である日工は、より大きな視点でインフラの未来がどうなっていくかを見据え、SF小説「明日のアスファルト」などを通して発信を行っている。

「明日のアスファルト」では、市民が自分でアスファルトの補修をできたり、ドライブレコーダーの映像が道路の老朽化に活用されたりする、“参加型インフラ”が実現した未来が描かれた。同プロジェクトの手法は、どちらかと言えばSFプロトタイピングに近いものだ。しかし、企業が取り組むSFプロトタイピングは、短期集中型で一定の成果を出して終了するものも多い。日工の取り組みの注目すべき点は、SFプロトタイピングを社外の人々も巻き込む持続的な取り組みへと発展させている点である。

2025年10月には、日工は作家の高嶋哲夫を招いたトークセッション「SF思考で考える、未来のみち・まち・インフラ 強く、やさしく、楽しい街へ!」を開催。多様なステークホルダーと共に継続的なアクションに取り組んでいる。

「空想科学コミュニケーションはじめました」が開催されたSFカーニバルの現場でも、日工と宮本道人が制作した小冊子「明日のアスファルト」を名刺がわりに、SF作家や編集者、ライターたちと交流し、意見を交わす日工の垣本の姿があった。宮本道人は、「本などを題材に、皆でアスファルトの未来を考えようとコミュニケーションを図る手法なので、空想科学コミュニケーションの一つという位置付けもできる」と指摘する。既存のSFプロトタイピングの成果を、空想科学コミュニケーションへと展開していくという手法は、今後増えていくかもしれない。

日工SFプロトタイピングプロジェクトについては、こちらの記事に詳しい。


以上が、トークイベント「空想科学コミュニケーションはじめました」で紹介された、空想科学コミュニケーションの主な事例だ。イベントではその他にも、宮田龍の「週刊文春エンタ+(プラス)」でのアニメ作品を科学的な視点で考える連載「〇〇は科学の夢をみるか?」や、宮本道人が『惑わない星』(石川雅之、講談社)、『ポスドク!』(高殿円、新潮社)、『決してマネしないでください。』(蛇蔵、講談社)といった漫画や小説で取り組んできた監修・取材協力なども、空想科学コミュニケーションの一例として挙げられている。Kaguya Booksから刊行の『SF作家はこう考える 創作世界の最前線をたずねて』では、こうした空想科学コミュニケーション的な事例を宮本道人が紹介していることにも触れられた。

なお、イベント「空想科学コミュニケーションはじめました」の模様は、全編がムーンショット金井IoBプロジェクトのYouTubeチャンネルで配信されている。

これからの空想科学コミュニケーション

“もしも思考”で広がる地平

ここまで見てきて分かるように、空想科学コミュニケーションの射程はかなり広い。宮本道人は、「将来の技術だけじゃなく、並行世界的に現在の“もしも”というものも考えられる」とも話している。玖馬巌がイベント中に指摘した通り、アスファルトのように私たちの生活の中で当たり前の存在となり、“技術の透明化”が起きている状況では、SF的な想像力で「もしも、それがなかったら」といった問いを立てることで、日常で活用されている科学技術について再認識することもできる。

宮田龍は、空想科学コミュニケーションを未来だけでなく現在にも適用する利点をこう語っている。「空想っていう言葉の良いところって、何度でも失敗できることだと思うんですよね。現実って失敗できないじゃないですか。でも、空想だから失敗してよくて、その失敗ってなんで失敗したのか、現実でそうならないために、(教訓を)持って帰ってこれるんで、そういった意味では、未来だけではなくて現在のあり方も何度でも思考した上で話せるコミュニケーション手段として、すごく良いんじゃないかな」。

行政・学問と実社会を接続する力

筆者の印象では、特に空想科学コミュニケーションと相性が良いのは、実社会との結びつきが強い分野だと感じた。日工のケースも、インフラという多くの人に関係がある分野だ。“技術の透明化”が起きている分野、学問や行政の世界を実社会と接続させようと試みる時、そこに横たわる溝を埋める力が、空想(フィクション)にはある。

宮田龍は、パブコメ(パブリックコメント)のような“意思決定のプロセス”により多くの人々が参加するきっかけとして、フィクションが活用できるのではないかと語る。物語を通して多くの人にアプローチすることで、空想科学コミュニケーションが行政と市民を結びつけるのだ。

一方で、空想科学コミュニケーションは、特定の未来へ人々を導くためのプロパガンダになるべきではない。不安や否定を含む人々の多様な意見を、意思決定を行う側がこれまで以上に丁寧に掬い上げるための手段として活用されるべきだ。

東京科学大学の「宇宙時代における社会モデルを考える」プロジェクトでは、月での生活についてより広い視野でアイデアを取り入れるべく、月での生活を描いた短編小説を募集する「月の暮らしコンテスト」をVGプラス合同会社と開催する。他のSF小説コンテストと同じように、そこで描かれるのは明るい未来でもディストピア社会でも構わない。多様な発想を起点として、宇宙時代について考えていくことが重要なのだ。

今回のイベントの終盤には、Slidoを通じて「社会における物語の役割が、徐々に転換するポイントなのではないか」というコメントも寄せられた。現代と未来の多様なニーズとリスクに対応するために、現実逃避ではないフィクションの活用方法が一層求められていくことになるだろう。

継続的なコミュニケーションを

トークイベントの最後に宮田龍は、「一度に全部できるわけがない」として、空想科学コミュニケーションでは継続的なコミュニケーションが鍵になると話す。実際に、株式会社アラヤはムーンショット事業の一環として、SFカーニバルでは毎年継続してブースを出している。SF作品の展示や脳波ゲーム体験を通して、子どもを含む多くの人々がプロジェクトに触れるきっかけを作り出している。

本記事も、空想科学コミュニケーションのあり方を網羅できているものではない。今後、新しい空想科学コミュニケーションの形も生まれていくだろう。フィクションと科学と対話によって、どんな社会が形作られていくのか、そのコミュニケーションの輪に加わりながら、引き続きその行方を見守っていこう。

齋藤 隼飛

社会保障/労働経済学を学んだ後、アメリカはカリフォルニア州で4年間、教育業に従事。アメリカではマネジメントを学ぶ。名前の由来は仮面ライダー2号。 訳書に『デッドプール 30th Anniversary Book』『ホークアイ オフィシャルガイド』『スパイダーマン:スパイダーバース オフィシャルガイド』『スパイダーマン:アクロス・ザ・スパイダーバース オフィシャルガイド』(KADOKAWA)。正井編『大阪SFアンソロジー:OSAKA2045』の編集担当、編書に『野球SF傑作選 ベストナイン2024』(Kaguya Books)。
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