アメリカのマンガ賞“ハーベイ賞”
2020年8月31日に2020年ハーベイ賞のノミネート作品が発表された。ハーベイ賞はアメリカで最も権威のあるマンガ賞のひとつで、10月に開催されるニューヨーク・コミコンで受賞作が発表される。
アメリカのマンガ賞と言えばアイズナー賞が有名だ。ハーベイ賞のノミネート作品にはアイズナー賞受賞作と重複するものも多々あるが、ハーベイ賞はよりオルタナティブ・コミック寄りの作品がノミネート、受賞される傾向があるように思う。
それでは2020年のノミネート作品をみていこう。
Digital Book of the Year(デジタルマンガ部門)
2020年アイズナー賞でBest Digital Comicを受賞した『Afterlift』、Best Webcomicを受賞した『Fried Rice』をはじめ、ハーレイ・クインの電子コミックシリーズ『Harley Quinn: Black White & Red』を含む5作品がノミネートされた。
Best Children or Young Adult Book(子ども・ヤングアダルト部門)
日本語訳が2020年に発売された『アメリカン・ボーン・チャイニーズ』(花伝社)の作者ジーン・ルエン・ヤンが自身のスポーツ嫌いだった少年時代を描いた自伝マンガ『Dragon Hoops』をはじめ、全5作品がノミネートされた。
『アメリカン・ボーン・チャイニーズ: アメリカ生まれの中国人』
注目は2020年11月に日本語訳が小学館集英社プロダクションから発売予定の『Superman Smashes the Klan』。前述のジーン・ルエン・ヤンが脚本、大人気の日本人アーティスト、グリヒルが作画を担当し、中国系アメリカ人の子どもが直面する人種差別問題を描いた作品となっている。
Best Adaptation from Comic Book/Graphic Novel(コミックの他メディア展開)
ハーベイ賞の特徴ともいえるのがこちらのカテゴリー。グラフィックノベルの映画化、ドラマ化など他メディアに展開された作品を表彰している。2020年は、日本でも大ヒットとなった映画『ジョーカー』(2019)をはじめ、全10作品がノミネートされている。
ドラマ化作品としては、シャーリーズ・セロン主演が話題となった、歴史の裏で暗躍する特殊部隊の物語『オールド・ガード』(2020)や、原作から34年後の世界を描いた『ウォッチメン』(2019)、シーズン2に突入した『アンブレラ・アカデミー』、原作が飛鳥新社で日本語訳されシーズン2も決定した『ロック&キー』(2020-)などが挙がっている。
また興味深い作品としては、大人気バンド・デシネ「ブラックサッド」シリーズのコンシューマー・ゲーム版『Blacksad: Under the Skin』や、ニール・ゲイマン原作のグラフィックノベル『サンドマン』のオーディオ・ドラマ版もノミネートされた。
Best Manga (日本のマンガ)
日本のマンガ部門は、田辺剛『狂気の山脈にて』(2016-2017)、つげ義春『無能の人』(1985)、萩尾望都『ポーの一族』(1972-)、おおのこうすけ『極主夫道』(2018-)、白浜鴎『とんがり帽子のアトリエ』(2016-)の5作品だ。
田辺剛のクトゥルフ傑作集は世界的に評価が高く、フランスで開催される漫画界のカンヌと名高いアングレーム国際漫画祭で、2020年に『時を超える影』(2018-2019)が連続作品賞を受賞したばかりだ。『狂気の山脈にて』は2020年アイズナー賞Best Adaptation from Another Mediumにもノミネートされた。
『狂気の山脈にて ラヴクラフト傑作集』
また、おおのこうすけ『極主夫道』は2020年アイズナー賞Best Humor Publicationを受賞、白浜鴎『とんがり帽子のアトリエ』はBest U.S. Edition of International Material—Asiaを受賞している。5作品とも納得のノミネートだ。
『極主夫道』
『とんがり帽子のアトリエ』
Best International Book (海外マンガ)
2020年からBest European BookからBest International Bookに変更された本カテゴリー。フランス語圏のバンド・デシネ作品が並ぶなか、2020年アイズナー賞 Best U.S. Edition of International Material を受賞したスペインのパコ・ロカ『家』(2018、小学館集英社プロダクション)や、日本語版も発売された韓国のキム・ジェンドリ・グムスクによる『草 日本軍「慰安婦」のリビング・ヒストリー』(2020、ころから)がノミネートされている。
『家』
『草 日本軍「慰安婦」のリビング・ヒストリー』
Book of the Year (ベスト・オブ・ザイヤー)
2020年の最優秀作品を表彰する Book of the Year には10作品がノミネートされた。
そのなかには、スケートに打ち込んだ少女時代を繊細に描いた『スピン』(2018、河出書房新社)で最年少でのアイズナー賞受賞者の一人となり、2020年のアイズナー賞Best Graphic Album—Newでも受賞を果たしたティリー・ウォルデンの『Are You Listening?』も挙がっている。アラサー女性と家出少女のファンタジック・ロードストーリーだ。
『スピン』
このなかで特に注目したいSF作品が『Invisible Kingdom』である。
巨大企業と宗教組織に立ち向かう二人の女性のSFサーガ『Invisible Kingdom』
『Invisible Kingdom』は2020年アイズナー賞 Best New Series を受賞するとともに、Top Winners のひとつに輝いた作品だ。
脚本のG.ウィロー・ウィルソンは『Ms.マーベル』(2017-、ヴィレッジブックス)の作者としても知られる。16歳のムスリムの少女カマラ・カーンという新世代ヒロインを生み出し、2015年にヒューゴー賞を受賞。小説デビュー作『無限の書』(2017、創元海外SF叢書) では2013年世界幻想文学大賞を受賞しており、注目の作家である。
『Invisible Kingdom』は、二人の女性を主人公とする壮大なスペース・ファンタジーSFだ。主人公のGrixは、Luxという巨大企業の商品を運ぶ貨物船の船長をしており、Luxがある宗教組織Renunciationと不正取引をしていることを発見する。もう一人の主人公Vessは、その宗教組織で蔵書管理を任された信者。Grixに不正取引の証拠となる文書を渡したことで、二人はLuxとRenunciationという宇宙を支配する組織に狙われることになる……。
作者のG.ウィロー・ウィルソンはあとがきで、宇宙を舞台にした修道尼の物語が書きたかったと語っている。中世の修道院の伝統を調べていくうちに、欲望に満ち溢れた物質界とそれらを放棄した先にある悟りの境地というものに魅せられた。その言葉を表しているかのように、敬虔な信者Vessのかぶる頭を覆う大きな赤いベールはとても印象的である。
また色彩豊かなグラフィックアートも秀逸だ。作画のクリスチャン・ワードは2020年アイズナー賞で Best Painter を獲得している。混沌とした宇宙空間を疾走する宇宙船や、神秘的な宗教組織内の構造物など、視覚的にも楽しませてくれる。
舞台は架空の4つの惑星が存在する小さな太陽系となっており、登場する人物の造形も多彩だ。Grixが船長を務める貨物船Sundogの乗組員たちも個性豊かで、主人公二人の脇をしっかりと固めている。
2020年9月時点で2巻まで発売されているが、今後二人の行く末に何が待ち受けているのか、Vessの不思議な能力は果たして何なのか、そもそもタイトルにある“Invisible Kingdom”とは何なのか、そして二人の関係はラブロマンスへと発展していくのか……などなど続刊への期待が高まる。
『Invisible Kingdom Volume』
2020年ハーベイ賞の発表は10月ニューヨーク・コミコンで
ハーベイ賞の受賞作品が発表される2020年のニューヨーク・コミコンは、10月8日から4日間、オンライン開催されることが決定している。果たしてどの作品が受賞するのか、発表が楽しみである。
なおここで詳しく紹介しなかった作品も含めて、ハーベイ賞ノミネート作品についてYouTube動画を公開している。よければご視聴いただきたい。