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仮想通貨を扱った小説『アンダーグラウンド・マーケット』で描かれた、移民都市で生きる個性豊かな登場人物

近未来の若者と移民を描いた『アンダーグラウンド・マーケット』

舞台となったのは2018年

『アンダーグラウンド・マーケット』(2015)は、仮想通貨が実用的な決済手段として定着した2018年の東京を舞台に執筆された。今年、ついにその舞台に設定された2018年を迎えた。作者の藤井太洋は、東京オリンピック前、TPP締結後といった条件と、仮想通貨によって形成された新たな経済圏という舞台装置を最大限に活用して、近未来の東京を生きる若者と移民の姿を描き出した。労働力不足の余波により移民都市と化した東京で、登場人物の若者たちはトラブルに巻き込まれ、時に移民たちに助けられながら困難を乗り越えていくのだ。

移民差別に老老介護…社会問題が山積するリアルな世界観

『アンダーグラウンド・マーケット』で描かれているのは、日本人の人口の半数以上が高齢化し、オリンピック開催へ向けて労働力が不足する日本だ。政府は解決策として労働力になる移民を受け入れた一方で、世間に残る根強い差別意識は移民たちを上級職に就かせることを拒んだ。そして、高い能力を持った移民たちは、仮想通貨を用いた独自の経済圏を作り出す。税制改革は、「表の経済」に加わることを選ばなかった(選べなかった)若者には恩恵をもたらさなかった。何ら根本的な解決を講じなかった「貧困を親戚縁者に押し付ける社会」。そこに生きる巧や鎌田といった登場人物たちは、政府や世間の理論ではない、自分たちの「倫理」で互いを律し合うのだ。この記事では、『アンダーグラウンド・マーケット』で描かれた登場人物たちにフォーカスしてみよう。

2018年の東京を生きる若者たち

「フリービー」として生きることを決めた主人公

物語は、主人公・木谷巧の一人称視点で進んでいく。巧は、固定した雇い主を持たない“フリービー”と呼ばれるITエンジニアの若者だ。二年後に迫る東京オリンピックへ向けた再開発の余波で実家を失うことになり、フリービーとして生きていくことを決意する。ウェブエンジニアでありながら営業や商談もこなし、ロードバイクで自在に東京の街を駆け巡る。読者へ2018年の東京の姿を提示しながら、SF小説の主人公らしい“弱さ”も見せてくれる魅力的なキャラクターだ。

公正を求める良き相棒

そんな巧の良き相棒として登場するのが、同じくフリービーの鎌田大樹だ。人混みの中にあっても頭一つ抜け出すほど大柄な鎌田は、優秀なウェブデザイナーであり、フォトグラファーでもある。街中で撮影する被写体の人間とは、「フェアにやりたいんだ」と、写真が売れた際に相手にも利益が分配されるよう必ず電子契約書を交わす。時には、フリービーであること、経済的・社会的に弱い立場であることが、主人公・巧を“ごまかし”に誘惑する。そんな時に、「フェアにやろう」と声をかけ、巧のブレーキとなる存在が鎌田なのだ。小さなごまかしに対して鎌田が言い放った「魂が澱むぞ」は、彼の名言だ。

謎に包まれた天才ウェブエンジニア

そして、主人公チームで唯一の女性のキャラクターが、ウェブエンジニアとしてズバ抜けた能力を持っている森谷恵だ。作者の藤井太洋は、「ビジュアルが固定してしまうのは怖い」とし、見た目に関する描写をほとんどしてない。それでも、気の強い性格と、それに比例するような優秀さは十二分に伝わってくる。彼女自身のバックグラウンドはあまり語られることはないが、いつも安全靴を履いているのが特徴だ。恵の卓越したITスキルが、主人公たちの前に立ちはだかる苦しい状況を打破していく。

「大人」と「若者・移民」が分断された社会

仮想通貨が作り出した新たな経済構造

巧・鎌田・恵はいずれも、三畳ほどの「ハニカム・ネスト(蜂の巣)」と呼ばれる簡易アパートに住んでいる。(仮想通貨による税逃れが基本の)アンダーグラウンド・マーケットに生きるフリービーや移民たちが住み着いているため、いつガサが入るか分からず、外に出る時には自分の全財産を持ち運ぶ必要がある。三人とも高いITスキルを持ちながら、営業で仕事を取ってきては、ひたすらに作業をこなしていく不安定な日々だ。そこで巧は、こう思いを巡らせる。

二人には才能と努力によって培った技術がある。どうして、そんな二人がハニカム・ネストなんかに住まなければいけないんだ

現実社会に生きる若者にも共有されるであろうこの感覚。政府や世間が作り出す大きな潮流と、それに翻弄される個人。普遍的な構図ではあるが、仮想通貨というツールで経済圏を分断させることによって、逞しく生きる若者たちを描き出すことに成功したのが『アンダーグラウンド・マーケット』という作品なのだ。

“あがり”を決めた“大人”たち

そして、同作に“大人”として登場するキャラクターの存在も、主人公の若者たちを理解するキーとなる。実業家の斎藤和明は、いわゆる「表の経済」の人間だが、取引に際して名義などを貸すアンダーテイカーとして巧をサポートしている。貯金もあり、ビジネスもある。ゲームが混沌に陥る前に“あがり”を決めることができた世代の人間だ。「実家は良いよ」と嘯き、会って話すことや(メッセージではなく)電子メールでのコミュニケーションに拘る。主人公ら地下経済に生きる人間とは明らかな隔絶が存在しているが、彼に悪気はない。巧の顧客として登場するブティック店オーナーの須藤愛実は、斎藤と同世代の“大人”で、ITや仮想通貨には疎い。須藤の店では、韓国系と中国系の外国人アルバイトを雇用している。人の好いキャラクターとして描かれている須藤だが、彼女こそが日本政府が作り出した外国人の非正規労働者を基盤とする経済システムに支えられている張本人なのだ。斎藤も須藤も、老眼が始まる年齢だ。それほど年老いているわけではないが、機能以上に感覚や認識の違いが、猛スピードで進行する“今”を必死に生きる主人公たちとの距離を生んでいる。

アンダーグラウンド・マーケットはディストピアか

同じ倫理観・ルールで生きているのは、社会から疎外された若者と移民だけ。そんな大きな物語が、魅力的な登場人物を通して描かれたことで、そこに生きる人々のリアルな感情が浮かび上がってくる。そして、その“if”の世界で若者が抱える雇用や生活、延いては生き方を巡る問題は、現実世界の“それ”とは、さほど相違がないことに気がつく。仮想通貨によって“大人”と“若者・移民”の生きる世界が隔てられている分、作中の世界がマシにすら見えてくるのだ。

現実には、仮想通貨はようやく決済手段として実用化への歩を進め始めたところだ。『アンダーグラウンド・マーケット』で描かれた2018年の東京は、果たしてディストピアなのか、ユートピアなのか——。現実社会の登場人物たる私たちが、この社会をどう作っていくかで、その答えも変わるのかもしれない。

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