「IMAGINARC 想像力の音楽」レポート
2024年6月4日から15日にかけて、小説とピアノの舞台「IMAGINARC 想像力の音楽」が開催された。ピアニストの森下唯プロデュースにより、仙台、福岡、熊本、東京の四都市で計8回、全て違うプログラムにて上演された本公演は、2台ピアノの演奏会と会場販売のパンフレットに収められた15編の短編小説からなる。
本公演は、映画やゲームなどの依頼音楽とクラシックのあいだにある溝、ひいてはさまざまなアートの断絶を超えて、音楽と小説の横断的な楽しみ方を模索するあたらしい試みだ。「天命」「魔法の庭」「異形たちの輪舞曲」「都市の墓標」「懐かしい星」という5つのキーワードから出発し、ゲーム、アニメ、映画、クラシックなどの既存楽曲と、さらに五人の作曲家による5つの新曲でプログラムが構成された。Kaguya Planetはこのうち、東京公演の第3夜「異形たちの輪舞曲」と第4夜「都市の墓標」の二公演を取材した。
楽しい百鬼夜行の第3夜
第3夜(6月13日)の「異形たちの輪舞曲」は委嘱作品の『龍ノ経 ~二台のピアノに依る異類功徳譚~』(作曲:平野一郎、演奏:森下唯・江﨑昭汰)で幕を開けた。演奏時間30分に及ぶ大長編で、動物的な緊張感を保ったまま、水底から天上まで駆け昇る龍神の身体の螺旋や虚空にぎらりと光る鱗が見えるような目まぐるしくダイナミックな展開が続く。舞台の上、2台のピアノを囲むように高さの違う照明が設られており、さまざまに色を変えるライトが場面の想像や曲想の理解を助けてくれる。現代音楽をふだん聴き慣れていない人でも楽しめるよう、心配りがなされているように感じた。
息を吐く暇もないような30分のあとは、お馴染みのメロディがさまざまなテイストに七変化する『ゲゲゲの鬼太郎変奏曲』(作曲:いずみたく、編曲:森下唯、演奏:高橋ドレミ・森下唯)、映画のシーンを思い浮かべながらゆったり聴ける『「もののけ姫」による2台のピアノのための幻想曲』(作曲:久石譲、編曲:高橋ドレミ、演奏:高橋ドレミ・榎政則)、『ゴジラ』のテーマがカタルシスをもたらす『SF交響ファンタジー』(作曲:伊福部昭、編曲:森下唯、第三番演奏:高橋ドレミ・江﨑昭汰、第一番演奏:榎政則・森下唯)など、「異形たちの輪舞曲」というキーワードに相応しい楽しい百鬼夜行のような演奏が繰り広げられた。個人的には、江﨑昭汰の独奏による、鍵盤に猫を乗せたような『野蛮人の踊り』(作曲:レオ・オルンスタイン)に度肝を抜かれたが、帰宅してからオンライン上に公開されている楽譜をみて「実はしっかり音符で記譜されており」のライナーノーツのとおりであることに二度おどろいた。
照明効果も相まって、ゲームに疎い筆者でもFFの世界観に包み込まれる壮大な『Final Fantasy Crystal Chronicles』(作曲:谷岡久美、編曲:森下唯・谷岡久美、演奏:江﨑昭汰&榎政則、高橋ドレミ&森下唯)ののち、『ラ・ヴァルス』(作曲:ラヴェル、演奏:森下唯、高橋ドレミ)の聞き覚えがありそうで掴みどころのない、どこか不気味なウィンナーワルツが終わり、第3夜は幕をおろした。
「ピアノは打楽器」の第4夜
有機的で人間や人間以外の息吹をそこかしこに感じる楽曲が多い印象だった第3夜とは打って変わって、第4夜(6月14日)「都市の墓標」は無骨でインダストリアルなピースで固められた構成。『組曲「風の谷のナウシカ」』(作曲:久石譲、編曲:大脇滉平、演奏:佐伯涼真、望月晶)で美しいアーティキュレーションを味わったら、そのあとは「ピアノは打楽器!」と宣言するような楽曲が続く。スチームパンク3連戦、とでもいわんばかりの『交響的エピソード「鉄工場」』(作曲:アレクサンドル・モソロフ、編曲:江崎昭汰、演奏:望月晶・森下唯・佐伯涼真・江﨑昭汰)、『ウィンズボロ製綿工場のブルース』(作曲:フレデリック・ジェフスキ、演奏:望月晶・江﨑昭汰)、『パシフィック231』(作曲:アルテュール・オネゲル、編曲:佐伯涼真、演奏:望月晶・佐伯涼真)で陰鬱かつパワフルな工場稼働音を黒々と響かせ、『終ワリノ音(NieR:Automataより)』(作曲:帆足圭吾、編曲:森下唯、演奏:佐伯涼真)はシンプルでアラーム的なメロディの繰り返しがピアノの音色で際立つ。委嘱作品である『東京』(作曲:浜渦正志、演奏:・江﨑昭汰・森下唯)は9楽章からなるピースで、「卒業式」「地下駐車場」「豪雨」「止揚」といった名前がつけられた各章が、「未来の廃墟の東京」のさまざまな場面・情景を短詩やスケッチのように捉えていた。
プログラムの最後には『ファイナルファンタジーVII』(作曲:植松伸夫、編曲:榎政則、演奏:江崎昭汰・佐伯涼真)、『「∀ガンダム」より』(作曲:菅野よう子、編曲:森下唯、演奏:森下唯・望月晶)という、美しくエモーショナルな2つの組曲が置かれた。
小説あっての演奏会
冒頭でも書いている通り、この演奏会の最大の特徴は、会場販売のプログラムに掲載された短編小説と一緒に楽しむことが想定されている、という点だ。各キーワードにつき3編ずつが割り当てられており、開演前や幕間、帰り道などに読むことができる。演奏会と同じように、さまざまなジャンルやキャリアの作家たちが参加しており、企画の狙い通り、文学と音楽を同じ舞台に並べて楽しむことができる。
第3夜「異形たちの輪舞曲」に割り当てられているのは、巨大な鹿の角をもつ鬼や空に浮かぶ鯨のようなものなど、「こちら」と「あちら」のあわいに現れる存在に立ち向かう人々の営みと、その秘密をごく短い文字数で描き切った藤田雅矢「空の瞳」、ポテトが大好きな主人公がハロウィンの夜の町で出会ったはしごのおばけや死神と一緒にジャガイモをめぐる冒険に出る冬乃くじの児童文学「ルッカとはしごと死神の馬」、小劇場で開演を待つ間に周りの人たちの耳がどんどん気になってしまう小山田浩子「耳」だ。それぞれの作家が考える「異形」は幅広く、演奏会の終演後に、この小説はどの楽曲の間に配置するのが相応しいか考えながら読書を楽しんだ。
第4夜「都市の墓標」には、湿地帯に暮らす主人公が、集落に現れた緑の外套をまとう不思議な人物との交流を通して世界の秘密に触れる藤沢祥「緑の縫い糸」、楽曲が人格を持つ世界と、音楽が滅びた後、再び再発見される世界を硬質に描く吉田棒一「バースデイ」、高齢化社会対策のため、特定の世代に「さなぎ化」と呼ばれる大掛かりで侵襲的な遺伝子操作が行われるようになった世界で、さなぎ化をひかえた17歳の子どもたちを描いた冬乃くじ「さなぎ計画」(冬乃は5夜すべてに作品を書き下ろしている)の3編が割り当てられている。今回は開演前に「緑の縫い糸」、幕間に「バースデイ」、帰り道、豊洲からゆりかもめに揺られながら「さなぎ計画」、という順で、演奏会の予感や余韻を引き伸ばすように小説を楽しんだ。
時間の都合で第1夜、第2夜、第5夜の取材は叶わなかったが、どの公演も、筆者が聴いた会に違わず情報量の多い、素晴らしいものであったことが、SNSでの感想などから窺い知れた。小説も、一頭の猫と転生を繰り返す無数の猫の声に満ちた第1夜「天命」の糸川乃衣「1/♾️の猫」、第2夜「魔法の庭」がテーマの、不遇の少女が水面下のダンスパーティに招かれる雛倉さりえ「群舞」、第5夜「懐かしい星」に寄せられた、地球を捨てた世代の主人公たちが、調査に訪れた地球で自らの名前の由来と思いがけず出会う菅浩江「郷愁」と、短くも魅力的な短編ばかりで、公演を訪れた人しか読めないのがもったいないくらいだ。
音楽と小説の相乗効果をめざした「IMAGINARC 想像力の音楽」。専門的な知識がなくとも違うジャンルの芸術を垣根なく楽しむことができる、素晴らしい体験だった。
東京での5公演分の音源は、ナクソスジャパンより後日デジタルアルバムの配信が決定している。また、小説作品より冬乃くじ「火星の音」はこちらから読むことができる。公演を聴きに行くことが叶わなかった人も、ぜひその一端を味わってみてほしい。
公演公式ホームページはこちら
このレポートは、マガジン『Kaguya Planet Vol.2』の転載です。
なお、書籍版に誤植がございます。
102ページ上段 誤:夜野町 正:夜の町
お詫びして訂正いたします。大変申し訳ありませんでした。
公演情報
仙台公演
於:仙台市戦災復興記念館
日時:2024年6月4日(火)19:00開演 (18:00開場)
ピアニスト:菊池亮太/蔡翰平/森下唯/江﨑昭汰
福岡公演
於:あいれふホール
日時:2024年6月7日(金)19:00開演 (18:00開場)
ピアニスト:今泉響平/森下唯/江﨑昭汰
熊本公演
於:熊本市健軍文化ホール
日時:2024年6月9日(日)14:30開演 (13:30開場)
ピアニスト:菊池亮太/森下唯/江﨑昭汰
東京公演
於:豊洲シビックセンターホール
第1夜「天命」— Heaven’s Decree
日時:2024年6月11日(火) 19:00開演(18:00開場)
ピアニスト:菊池亮太/榎政則/森下唯/江﨑昭汰
小説家:冬乃くじ/糸川乃衣/白髪くくる
第2夜「魔法の庭」— Magical Garden
日時:2024年6月12日(水) 19:00開演(18:00開場)
ピアニスト:望月晶/高橋ドレミ/森下唯/江﨑昭汰
小説家:冬乃くじ/雛倉さりえ/宮月中
第3夜「異形たちの輪舞曲」— Ronde de monstres
日時:2024年6月13日(木) 19:00開演(18:00開場)
ピアニスト:榎政則/高橋ドレミ/森下唯/江﨑昭汰
小説家:冬乃くじ/小山田浩子/藤田雅矢
第4夜 「都市の墓標」— Epitaph of a civilization
日時:2024年6月14日(金) 17:00開演(16:00開場)
ピアニスト:望月晶/佐伯涼真/森下唯/江﨑昭汰
小説家:冬乃くじ/藤沢祥/吉田棒一
第5夜 「懐かしい星」— Nostalgic Planet
日時:2024年6月15日(土) 19:00開演(18:00開場)
ピアニスト:今泉響平/榎政則/森下唯/江﨑昭汰
小説家:冬乃くじ/菅浩江/森下一仁