『劇場版TOKYO MER〜走る緊急救命室〜南海ミッション』公開
TBS日曜劇場の人気ドラマ「TOKYO MER〜走る緊急救命室〜」の映画版最新作『劇場版TOKYO MER〜走る緊急救命室〜南海ミッション』が2025年8月1日(金) より全国の劇場で公開された。江口洋介、生見愛瑠、宮澤エマ、高杉真宙ら新キャストと共に、鈴木亮平、菜々緒、石田ゆり子らドラマからお馴染みのキャストも続投している。
今回はその中でも、賀来賢人演じる音羽尚に注目してみよう。『劇場版TOKYO MER〜走る緊急救命室〜南海ミッション』では、音羽にはどんな変化があったのだろうか。なお、以下の内容はネタバレを含むため、必ず本編を視聴してから読んでいただきたい。
以下の内容は、映画『TOKYO MER〜走る緊急救命室〜南海ミッション』の内容及び結末に関するネタバレを含みます。
Contents
『劇場版TOKYO MER〜走る緊急救命室〜南海ミッション』音羽の変化を解説
これまでの音羽尚
そもそも音羽尚とは、ドラマシリーズで東京で試験運用が始まったTOKYO MERに厚生労働省から派遣された若手官僚で、当初は当時厚生労働大臣であった白金からの指示でTOKYO MERの解体に向けて動いていた。TOKYO MERは赤塚都知事直轄のチームであり、赤塚と白金は女性初の総理大臣を目指すライバルであったため、白金大臣は赤塚都知事の邪魔をしようとしていたのだ。
しかし、音羽は医師免許を持つ医系技官であり、TOKYO MERでセカンドドクターとして喜多見チーフと共に活動する間に、医療従事者としてMERを支える気持ちが芽生えてくる。元々経済的な理由で十分な医療を受けられず母を失ったという背景も明らかになった。加えて音羽は想いを寄せていた喜多見の妹・涼香を失うが、最後にはTOKYO MERの存続を進言した。
ドラマ版の半年後を舞台にしたスペシャルドラマ『TOKYO MER 隅田川ミッション』(2023) ではMERの全国展開に向けてチームを去る。ドラマの2年後を舞台にした『劇場版TOKYO MER〜走る緊急救命室〜』では、音羽は厚生労働省のMER統括官としてMERの全国展開を推進するとともに、元恋人の鴨居がチーフドクターを務めるYOKOHAMA MERと喜多見のTOKYO MERと共にランドマークタワーでの火災への対応にあたった。
前作のラストでは、喜多見に子どもが生まれたことを写真の涼香に報告すると共に、鴨居とは復縁せず、MER統括官としての仕事に注力する道を選んだ。そこから2年後を舞台にした『劇場版TOKYO MER〜走る緊急救命室〜南海ミッション』では、どんな変化と活躍が描かれたのだろうか。
『南海ミッション』での音羽の変化
前作では自身もTOKYO MERのユニフォームに袖を通して現場に出向き、喜多見チーフを助けるなど大活躍を見せた音羽統括官。『劇場版TOKYO MER〜走る緊急救命室〜南海ミッション』では、一転して東京の会議室から指示を出す役割に終始した。
『南海ミッション』での音羽の肩書きは、前作から2年が経った現在もMER統括官(正確にはMER計画推進部統括官)となっている。だが、大きな変化はこれまで医政局局長という立場だった上司の久我山が官僚から政治家に転向し、厚生労働副大臣となったことだ。
これまで音羽は、白金や蒲田、両国といった厚生労働大臣の指揮の下、医政局局長の久我山を通して指示を受けていた。当初、音羽は地域医療計画課長という肩書きで、政治家と官僚の上司からの圧を受ける場面も多かった。
『南海ミッション』では、音羽の肩書きは変わっていないが久我山が政治家になったことで、官僚の中に直属の上司が存在せず、音羽の権限は大きくなったように思われる。それに、本作では新たな厚生労働大臣として「千駄木」という人物の名前が挙がっているが、少なくとも南海MERについては政治家の後輩である久我山副大臣に責任を押し付けているようで、久我山は千駄木のことを「クソだぬき」と呼んでいる。
久我山は半年間の試験運用で南海MERの出動が一度もなかったことから、南海MERの解体を進めようとする。音羽には、早めに南海MERを切り捨てればキャリアにつく傷も浅くて済むと助言。これまでに音羽や喜多見に感化されて徐々に熱い気持ちが芽生えていた久我山だが、政治家に転向したことで『南海ミッション』では改めて保身に走る姿も描かれている。
一方で、久我山は音羽のキャリアのことを気にかけてくれているということも伝わる。今回の久我山の動きは基本的に自分と音羽を守ろうとしているものだったと考えられる。すでに4年以上活動を共にしてきた久我山にとって、音羽は切り捨てられる若手という立ち位置ではないのだろう。また、政治家の右腕として働いていた、かつての自分の姿を重ね合わせている部分もあるのかもしれない。
喜多見からの影響も?
『TOKYO MER〜走る緊急救命室〜南海ミッション』では、音羽が推進してきたMERは横浜に加えて札幌、仙台、名古屋、大阪、福岡にも設置され、南海MERは離島地域への誘致活動が活発化したことによって試験運用を開始したことが明かされている。音羽が推進してきたMERはすっかり地域の人気案件になっているようだ。
また、南海MERの試験運用にあたっては、チーフドクター候補に牧志を選んだのが音羽であることも指摘されている。牧志は熊本の小さな病院で働いていたが、過去に噴火で妻と子どもを亡くしていた。
音羽が牧志を選んだ背景には、赤塚都知事からTOKYO MERのチーフドクターに抜擢されて成功した喜多見の存在があったのかもしれない。喜多見は幼少期に銃乱射事件に巻き込まれて両親を失っている。牧志と同じく家族を失っているのだ。
それでも喜多見は家族の喪失を乗り越えて、ドラマシリーズでテロに直面した時も「全員を救う」という理念のもとで対応に当たった。音羽はその喜多見の姿を見ていたからこそ、火山災害が発生する可能性がある南海MERのチーフドクター候補に、喪失を経験した牧志を抜擢したのではないだろうか。やはりここでも喜多見と過ごした時間が音羽に影響を与えたのだと想像できる。
『南海ミッション』での音羽の活躍
枠組みを超えた連携を実現
『TOKYO MER〜走る緊急救命室〜南海ミッション』では、南海MERの審議会の途中に諏訪之瀬島で噴火が発生すると、音羽統括官はすぐにその会議場を対策本部にすると宣言。必要な設備も整えると職員と県知事達の背中を押した。
こうした判断は久我山を通さずに行われており、やはり音羽には事務方としてより強い権限が与えられているように思われる。それだけではなく、音羽は久我山に自衛隊や海上保安庁との情報共有と人員の派遣を要請し、国と県と省庁の枠を超えた合同対策本部を作り上げる。途中から会議室に自衛隊の制服組が入っているのは、音羽が久我山を使って関係省庁を動かしたからだ。
前作の映画『TOKYO MER〜走る緊急救命室〜』では両国大臣からの妨害もあったが、『南海ミッション』では基本的には音羽自身の判断が通るようになっている。久我山副大臣が官僚出身であること、二人には4年間の信頼関係があるという背景もあるのだろう。
音羽は久我山から対策本部の切り盛りを任されると、赤塚都知事からも情報の共有を求められる。ここで音羽が東京都との連携を拒まなかったからこそ、あのクライマックスの展開が生まれたのである。
責任ある立場としての判断
一方で事実上、最終決定権が音羽にあるということは、それだけ大きな責任を負うということでもある。南海MERから喜多見チーフが火山が噴火している諏訪之瀬島への出動を進言した際には、音羽は上陸を許可しない。公式パンフレットでは、音羽を演じる賀来賢人がこのシーンについて「組織を守る立場」として、葛藤を抱えながら苦しい決断を下していたと明かしている。
TOKYO MERで活動し、YOKOHAMA MERやその他のMERを見てきた音羽には、経験の浅い南海MERが全滅する画も浮かんだのではないだろうか。経験の浅いチームを抱えた状態では、喜多見に被害が及ぶ可能性だってあるのだ。
それでも、音羽統括官は牧志から共有された島の住民の詳細な情報をすぐにメモに書き出し、対策本部で活用する。逆に現場には気象庁からの映像の情報を共有するなど、「会議室と現場の情報共有」という課題を見事にクリアしている。4年前の現場での経験が生きているのだ。
その反面、牧志が突入を宣言した際には、音羽は家族を失った過去を持つ牧志に、それは私情を排した冷静な判断かと聞き、牧志から「目の前の命を救いたい」という言葉を引き出している。「目の前の命を見捨てたら、俺たちはMERじゃなくなる」とは、ドラマでの喜多見の言葉だ。音羽は牧志の過去を知っていたからこそ、その行動がMERの信念に基づいたものであることを確認させたのだろう。
もちろん牧志の行動の背景には家族の喪失という経験があったことは確かだ。それでも、隊員達が牧志についていくには、国として南海MERを前に進めるには、個人的な想いとは別に人々を納得させる理念も必要になる。音羽はここでも板挟みの難しい立場に立ちながら、状況を前に進めるための立ち回りを見せていたと言える。
会議室のヒーロー
『TOKYO MER〜走る緊急救命室〜南海ミッション』の中盤では、さらなる噴火でNK1との通信が途切れ、空からの救助が不可能になると、久我山副大臣が諦めの言葉を漏らす。これに音羽統括官はブチギレ。現場で命を懸けて戦っている南海MERと島民を見捨てることを拒否する。
音羽は、南海MERを含む人命を預かる対策本部が諦めてはいけないと職員達に発破をかける。応援が間に合わないなら今ある人員と資材だけで何ができるか、知恵を絞るのが対策本部の仕事だと語るのだ。これで職員たちの士気は上がり、対策本部は継続して対応に取り組むことに。ここで音羽が諦めていれば、後半の幾つもの展開が起きなかったことになる。本作の音羽は本当に重要な立場に立っている。
音羽はここから、島民を拾うために近くの漁船を送り、「心臓と血管の損傷」「エクモ」という喜多見からのわずかな伝言を受けて、①重症患者を搬送するために港に緊急車両を配置し、②牧志を助けるために東京からT01を送るというファインプレーを見せている。
①の緊急車両からは南海MERに輸血用のクリオを提供するよう指示しており、音羽がわずかな情報だけで現場が必要とするものを理解していたことが分かる。『南海ミッション』では一度も喜多見と顔を合わせることはなく、後半は通信もろくに使えない状況だったが、現場が、喜多見が必要とするものを先回りして用意できるのは、音羽ならではの強みである。
②については、喜多見からのエクモが必要という情報を受けた音羽が、その情報を赤塚都知事に共有したのだろう。赤塚都知事は白金官房長官と交渉して自衛隊輸送機を使いT01を屋久島空港に送った。官僚と政治家、都と国が連携し、現場のたった一つの命を救う。音羽が理想とする状況は『南海ミッション』でほとんど完成したと言っていいのではないだろうか。
音羽の活躍もあり、諏訪之瀬島での大規模噴火は死者ゼロで幕を閉じた。後日改めて開かれた南海MERの審議会では、夏梅が南海MERの活躍がバズっており、海外メディアからも取材の依頼が来ていることを久我山に伝える。そして夏梅が音羽にアイコンタクトを送ると、音羽は南海MERを廃止すれば世界中から非難されるリスクがあると、保身に走りがちな久我山に刺さりそうな言い回しを選んで久我山を説得している。この辺りの立ち回りの巧さも、音羽の進化かもしれない。
考察:音羽の今後はどうなる?
課題は後継者の育成?
『TOKYO MER〜走る救急救命室〜南海ミッション』では、音羽はMERを担当する官僚として理想的な動きを見せた。喜多見チーフからは、ここぞというところで「音羽先生」と呼ばれ、内なる情熱を呼び起こされそうになる場面もあったが、それでも音羽は終始ブレずに事態に対応していたように見えた。
『南海ミッション』における音羽と喜多見の関係は、言うなれば「踊る大捜査線」シリーズで、会議室から指示を出す室井慎次と現場で動く青島俊作の理想系とも言え、会議室と現場が理想的な連携を繰り広げる様子には爽快感すらあった。自然災害という人智を超える脅威が相手であっただけに、人間側もまとまっている必要があったのだろう。
一方で、今回映画第2作目で音羽が現場に出ず事務方として理想的な活躍を見せたことで、今後の展開について気になる点も出てきた。今回は喜多見も一歩引いた立ち位置にいたし、音羽もMERの事務方トップとして理想的な動きができているのであれば、今後の二人はどうなっていくのだろうか。
音羽が全国に20ある政令都市への設置を目指すMERは、すでに全国7都市に設置されており、残りは14都市。神奈川には横浜を含む政令都市が三つ、大阪には大阪市と堺市の二つの政令都市があるため、都道府県単位で考えれば残り9府県にまで絞られる。一方で『南海ミッション』では大規模都市ではなく県を跨いだ離島地域へのMER設置が実現したため、今後は政令都市以外へのMER設置が進む可能性もある。
そうすると、音羽統括官一人でMER計画を支え切れるのかということが心配になってくる。南海MERの牧志やTOKYO MERでジェシー演じる潮見が出てきている喜多見と違って、音羽には後継になるような人材がいない。42歳になった喜多見と比べると、音羽は35歳とまだ若いが、官僚組織内に音羽を支えるような人材は必須だ。この辺りのストーリーはスピンオフでも観てみたい。
政治家転身もある?
一方で、後継となる人材が見つかった暁には、「誰もが平等に医療を受けられる世の中にする」という夢を実現するため、音羽も久我山のように政治家に転身する可能性もあるだろう。久我山ルートで順調に厚生労働副大臣、大臣と上り詰め、最後に音羽総理が誕生すれば胸熱だ。
MERの直近の理想図は、赤塚都知事か白金官房長官が総理となり、久我山が厚生労働大臣になるという構図だ。仮に赤塚が総理となった場合、空位となった都知事の座に音羽が立候補し、TOKYO MERを直轄で監督するという展開もあり得るかもしれない。
けれど音羽のことだから、官僚であることは辞めず、MER計画の実績を引き下げて官僚のトップポストである事務次官を目指す方が現実的ではある。だが、いずれにしても喜多見チーフはしばらく現場にいるだろうし、音羽の肩書きがどう変わっても二人の関係は変わらないだろう。
余談だが、前作では蒲田大臣がアメリカから招集した鴨居を音羽と結婚させようとする試みも描かれた。『南海ミッション』では、完全に仕事に没頭する音羽の姿が描かれており、しばらくこのモードは続きそう。音羽統括官にはとりあえず行けるところまで行ってもらって、亡き母への弔いとして日本の医療を改革する姿が見られることに期待したい。
映画『劇場版TOKYO MER〜走る緊急救命室〜南海ミッション』は2025年8月1日(金)より、全国の劇場で公開。
百瀬しのぶによる『劇場版TOKYO MER〜走る緊急救命室〜南海ミッション』のノベライズ版は宝島社文庫より発売中。
『TOKYO MER~走る緊急救命室~ 南海ミッション』オリジナル・サウンドトラックは配信中。
前作『劇場版 TOKYO MER 走る緊急救命室』はBlu-rayが発売中。
『TOKYO MER〜走る救急救命室〜南海ミッション』ラストの解説&感想はこちらから。
前作における音羽の活躍と、音羽の過去についての解説&考察はこちらから。
前作『劇場版TOKYO MER』ラストの解説&感想はこちらの記事で。
前作における白金&久我山についての解説&考察はこちらの記事で。
