ラジャーは何故このキャスティングになったのか
西村義明プロデューサー、百瀬義行監督作『屋根裏のラジャー』(2023)。『屋根裏のラジャー』は子供の頃に誰もが生み出す空想上の友達「イマジナリ」に焦点を当てたA.F.ハロルドの児童小説『ぼくが消えないうちに』(2016)を原作にしている。そして『屋根裏のラジャー』ではラジャー役に15歳の寺田心、ラジャーを生み出したアマンダ役には18歳の鈴木梨央となるべく主要なキャラクターはキャラクターと年齢が近い声優をキャスティングしている。
その一方で同じくスタジオポノック作品の『メアリと魔女の花』(2017)で主人公を演じた26歳の杉咲花もキャスティングされており、他にも子供の姿のイマジナリのエミリ役に34歳の仲里依紗がキャスティングされているなど、ラジャー以外のイマジナリのキャスティングでは年齢があまり重視されていないように思える。
それでは『屋根裏のラジャー』において、何故ラジャー役に15歳の寺田心がキャスティングされたのか考察していこう。なお、本記事は『屋根裏のラジャー』のネタバレを含むため、本編視聴後に読んでいただけると幸いである。
以下の内容は、映画『屋根裏のラジャー』の内容に関するネタバレを含みます。
“そのとき”の寺田心でないといけなかった理由
イマジナリは誰かの空想から生まれる
空想上の友達であるイマジナリは、どんな容姿をしていても皆、子供の想像力の産物であることは共通している。そのため、その容姿は子供の想像力に左右されると考察できる。『屋根裏のラジャー』本編でも一龍齋貞友演じる骨っこガリガリが子供の空想ごっこに参加した際、容姿がその子供の考えるパンダに似た宇宙のヒーローに変わった。その後、その子供のイマジナリになった際には完全にパンダそっくりなイマジナリになっていた。
イマジナリはある意味で量子力学における観測者効果に近いものがあり、誰かからどう見られるかによって性格から容姿に至るまですべてが決定づけられるのだ。そのため、不安定な存在であるイマジナリの声優、特に『屋根裏のラジャー』本編で消えかかるという不安定な危なっかしさを持つラジャー役には、どっちつかずの不安定さが必要とされたと考察できる。
そこでキャスティングされたのが寺田心だ。『屋根裏のラジャー』の公開時期から考えるに、ラジャーの制作は1年以上前だと考察できる。14歳から13歳、下手をすれば12歳頃の男児の声といえば、声変わりの時期だ。その声質は女児と区別つかない甲高い声から、低い声へと変わっていく。
そのような声変わりの時期故の子供とも大人とも取れるどっちつかずの不安定さ、そして女性的とも男性的とも取れる声質がラジャーたちイマジナリの不安定さを演出する上で重要になったと考察できる。声変わりしているか、していないかの男児が周囲にいるアマンダが考えつく少年ラジャーの声質がそのような中間点になったとも考察できる。
謎のオーロラ
そして声変わりという絶妙な時期でなければならない必要性が、オーロラの存在だ。オーロラとはラジャーが入院中のアマンダに会うためにアマンダの友人ジュリアの空想の世界に入ったときの名前だ。ジュリアの考えるオーロラとはバレリーナで、観客を魅了する美少女という設定であり、性自認が男だったラジャーは当初困惑していた。
しかし、そこはイマジナリだ。イマジナリはあくまでも空想上の産物であり、性別という概念は生み出した子供の設定に過ぎない。ラジャーはオーロラを演じる内に、自分はオーロラだと思い込むようになる。容姿だけではなく話し言葉も変わり、一人称も変化する。そして最大の特徴は声が声変わり頃の少年の声だったのが、杉咲花の声にじわじわと変化していくのだ。
このオーロラへの変化を描く上で声変わりの最中にあった寺田心がキャスティングされた理由があると考察できる。声変わりの時期に声が変化するのは自然なこととも考察できるし、甲高い声から低い声へと変化するのは声変わりしていくのを反転させているとも考察することができる。声変わりの時期の寺田心の声質だからこそ、杉咲花へと声が変わっていくのが自然でありながら、ラジャーがラジャーでは無くなる演出として成り立っていたと考察できる。
もし、ラジャーのキャスティングが声変わり以前の幼い声優や女性声優だった場合、声の変化に意味がでないと考察できる。周囲から向けられる眼差しによって存在が確定するイマジナリのラジャーを描く上では、この寺田心から杉咲花への声変わりが必要不可欠になっていたと考察できる。
刹那を生きる
企画・脚本・プロデューサーを務めた西村義明は『屋根裏のラジャー』におけるラジャーについて、自分の意志で生まれたわけではなく、やがては消えていくというイマジナリの宿命を背負ったラジャーの刹那的な人生を、人間の刹那的な人生と同じと語っていた。ラジャーとアマンダの刹那を切り取ったのが『屋根裏のラジャー』という作品だとも考察できる。
ラジャーは消える覚悟で入院中のアマンダに会いに行ったが、ラジャーは消えてもアマンダは生き続けていた可能性は高い。だが、ラジャーにとってはその刹那的な瞬間にイマジナリとしての人生のすべてが詰まっている。その刹那を描く上で、寺田心という一人の人間の刹那的な瞬間である声変わりを切り取ったと考察できる。
このタイミングでしか収録できず、再現することは難しい『屋根裏のラジャー』。その刹那を詰め込んだアニメーション作品と思って再度観直してみれば、演出面で新たな発見があるかもしれない。
『屋根裏のラジャー』は2023年12月15日(金)より全国劇場公開。
『屋根裏のラジャー』で描かれるイマジナリの意味の考察はこちらから。
スタジオポノック短編集『ちいさな英雄』はこちらから。