映画『クレイヴン・ザ・ハンター』公開
映画『クレイヴン・ザ・ハンター』が2024年12月13日(金) より全国の劇場で公開された。ソニーが手がけるSSU(ソニーズ・スパイダーマン・ユニバース)最新作となる本作では、ソニーが映像化の権利を有する「スパイダーマン」シリーズのヴィランが贅沢に投入されている。
『クイレイヴン・ザ・ハンター』では、主人公セルゲイ・クラヴィノフの弟ディミトリ・クラヴィノフが中心的な役割を果たした。原作コミックでは”カメレオン”と呼ばれるヴィランになるディミトリは、実写映画でどのように描かれたのだろうか。
今回はカメレオン/ディミトリについてネタバレありで考察していこう。なお、以下の内容は結末に関するネタバレを含むため、必ず劇場で本編を鑑賞してから読んでいただきたい。
以下の内容は、映画『クレイヴン・ザ・ハンター』の結末に関するネタバレを含みます。
『クレイヴン・ザ・ハンター』ディミトリはどう描かれた?
原作コミックからの改変
映画『クレイヴン・ザ・ハンター』では、前半部分で主人公セルゲイと弟ディミトリの少年時代が描かれ、狩りでライオンに襲われ、カリプソの秘薬を飲んだことでセルゲイがスーパーパワーを得たことが明かされた。父ニコライはセルゲイを後継ぎにさせたいと考えていたが、弟ディミトリは愛人の子であまり愛を注がれていない。
父ニコライは自ら命を絶った妻のことを「弱い人間」と考えており、弱さを憎んでいた。この世界から消えることは支配された者の最後の抵抗だ。父権主義の権化のようなニコライは、自分の思い通りにならなかった妻に憎しみを抱いていたとも考えられる。妻の死を「弱さ」と定義することで、「自分たちは強いから生きている」という論を立てたニコライは、弱さを抱えるディミトリを愛することができなかったのだろう。
原作コミックにおけるディミトリは、ディミトリ・スメルダコフという名前で、旧ソ連のロシアで生まれた。両親はセルゲイの父とメイドのサーニャ・スメルダコフで、母の苗字を名乗っている。ディミトリは父から顔を見るのを嫌がられ、母からも愛されず、唯一セルゲイだけがディミトリを無視しなかった。
コミックでは、実はディミトリはセルゲイにもにいじめられていたのだが、その経験がディミトリの記憶を抑圧し、セルゲイを良き友人だったと思い込むようになった。同時に自尊心を失ったディミトリは自己を嫌悪し、自分を“無”だと信じるようになり、映画とは逆にディミトリが家から去ることになる。
原作でも兄セルゲイを喜ばせるためにモノマネに励んでいたディミトリは、スカウトを受けて変装の達人を養成する学校に入った。そこには他にも無視されて育ってきた子ども達が入れられており、その学校は自分を決して役割に徹する“カメレオン”を育てていた。
このように、原作コミックのディミトリは映画版よりもかなり可哀想な幼少時代を過ごしている。映画版では、むしろ兄のセルゲイがディミトリに執着しており、それによってストーリーが駆動していく。一方でセルゲイが父から離れるために家を出て、ディミトリを“見捨てた”という要素も上手く練り込まれている。
映画『クレイヴン・ザ・ハンター』でもディミトリはセルゲイを喜ばせるために父セルゲイのモノマネを披露するが、仲の良かった兄が弟を“捨てた”という思いはセルゲイとディミトリの双方の心にしこりを残すことになった。
誕生日の悲劇
映画『クレイヴン・ザ・ハンター』では、セルゲイは母の形見である山に住み着き、動物達と共に生活していた。密猟業者とその関係者に裁きを下し、「ハンター」として報じられるようになったセルゲイは、私たちの前に再び現れたときにはすでに「クレイヴン」になっているのだ。その点をとっても、『クレイヴン・ザ・ハンター』は実はクレイヴンのオリジンというよりは、ディミトリがカメレオンになるまでを描いたオリジンストーリーだと言える。
そんな暮らしをしているセルゲイだが、ディミトリを見捨てたという罪悪感から、毎年ディミトリの誕生日には山から降りて行って、誕生日を祝っていた。ディミトリの方はお店を持ってピアニストになっていたが、この店も父ニコライの“シマ”だった。
この店でライノ一派からの襲撃を受けたニコライは、改めてディミトリの“弱さ”(とセルゲイの不在)に激怒するが、ディミトリもまた父の支配のもとでピアニストをやれているという厳しい現実も提示されている。『クレイヴン・ザ・ハンター』の物語が優れている点は、単に父を乗り越えるという話ではなく、その強さを否定することの難しさをも示している点だ。
ディミトリに後ろめたさを抱いているセルゲイは、ディミトリが住んでいるマンションの壁を登って忍び込み、サプライズでディミトリを驚かせる。この場面では、セルゲイの誕生日なら「ふれあい動物園 (petting zoo)」に行っていたとディミトリが指摘する一方で、セルゲイはディミトリを「baby brother」と呼んでおり、セルゲイの人間性とセルゲイがディミトリをどう見ているのかということが示されている。
それでもディミトリは自分の誕生日だからと、この日くらいは兄にスーツを着てもらい、自分の店に連れていく。そこでディミトリはより強い自分になりたいと主張するのだが、セルゲイはそのままのディミトリでいいと諭す。こうしたセルゲイの“優しさ”は、ディミトリにとってはむしろお節介になっていたのかもしれない。
二人は酔って家に帰ると、ディミトリはセルゲイがディミトリを見捨てて家を出たことに罪悪感を抱いているのだろうと指摘する。その上で、ディミトリは「許すよ、全部」と伝える。ディミトリは、セルゲイが毎年誕生日に自分の元へやってくることに赦しを与えたかったのだろう。同時に、もはやセルゲイの「可哀想な弟への償い」に付き合うことに疲れてしまっていたのかもしれない。
セルゲイはディミトリのマンションのソファーで寝ようとするが環境に慣れなくて寝付けず、野外で夜を過ごしたことで、その隙にライノの部下にディミトリを攫われてしまう。自然児となってしまったセルゲイ、そして法が裁けない悪党のハンターとなったその生き方によってディミトリが危険にさらされるという展開。弟ディミトリを巡ってセルゲイがどんどん追い込まれていくのだ。
ライノとの出会い
ライノことアレクセイ・シツェビッチの部下達に攫われたディミトリは指を切断され、その指は父ニコライの元へ送られることになる。2,000万ドル=約20億円という身代金を要求されたニコライは、ディミトリはどうせ殺されたとして支払いを行わない意思を示すが、ニコライは端からセルゲイがディミトリを助け出すと考えてこの計画を仕組んでいたことが、最後に明らかになる。
注目は、セルゲイがニコライから「ディミトリを捨てたのはお前だ」と指摘されることだ。これだけ敵から正論に晒される主人公というのも珍しい。この言葉はセルゲイの罪悪感を刺激するには十分で、セルゲイはディミトリを助けるために動き出すのだった。
一方、ディミトリはライノからの誘惑を受ける。ライノはニューヨークのマイルズ・ウォーレンという人物から処置を受けて、サイのような皮膚を手に入れていた。弱かった自分にメスを入れて力を手に入れたライノことアレクセイの話を聞いて、ディミトリがアレクセイの方に身体を少し傾けたことが印象的だった。
アレクセイはディミトリの心の傷を見抜いたのだろう、自分の組織に加わるよう誘うが、ディミトリは家族を裏切れないとしてこの誘いを断っている。一方で、科学の力によって強くなれることを知り、ディミトリの心境が変化したことは想像に難くない。ステーキも食べさせてくれたアレクセイとの出会いは、ディミトリに大きな影響を与えたはずだ。
カメレオンへ
映画『クレイヴン・ザ・ハンター』のラストでは、セルゲイはライノを倒し、ディミトリはライノにトドメを刺そうとするが、セルゲイは「お前はそんな人間じゃない」とこれを止める。ディミトリがどんな人間かということをセルゲイが勝手に決めることもディミトリの主体性を奪う行為であり、ディミトリのその後の行動に影響を与えることになっただろう。
セルゲイは父ニコライを見つけ、今回の事件はライノに勝てないと考えたニコライが仕組んだことだったと認めさせ、熊に殺させる。ニコライもライノもいない世界で、セルゲイとディミトリは平和に生きていくことになる……かと思いきや、ラストにどんでん返しが待っていた。
セルゲイは1年後の誕生日もディミトリの店を訪れるが、指を一本失ったディミトリはピアニストからシンガーに転身していた。このとき、ディミトリが歌っているのはブラック・サバスの「Changes」(1972) で、「一番の友を失った」「大事な女性で、心から愛してた」「私は変化の中を生きている」と歌われている。
できればセルゲイにはここで気づいてほしかったが、ディミトリはもうこれまでのディミトリではない。ディミトリは父ニコライの組織を引き継いでいたばかりか、ニューヨークで処置を受けて自在に見た目を変化させられる能力を手に入れていた。
ディミトリはセルゲイに自分はニューヨークのドクターによって生まれ変わったと明かし、セルゲイは父ニコライと変わらない、それどころか父よりも酷いと告げる。セルゲイには掟があるというが、そんなものは言い訳に過ぎず、成果(トロフィー)のために狩りをしているに過ぎないと突き放すのだ。
この「トロフィー」という表現は、男性が自分のステータスを誇示するために女性を妻にする「トロフィーワイフ」という言葉を想起させる。ディミトリはセルゲイにとってのトロフィーであり、外敵や父を倒した後にセルゲイの手元に残る“トロフィー”でしかなかった。そのためにはディミトリは弱い存在でなくてはならず、だからディミトリが自分の商売道具である指を切り落とされたライノを殺そうとした時も、セルゲイは「お前はそんな人間じゃない」と言い止めたのだ。
そんなセルゲイにディミトリは、「僕が弱ければ強い存在でいられるもんね」と、ディミトリを“弱い弟”に押し留めておくことで、セルゲイが“強い兄”でいられたということを指摘する。セルゲイはディミトリに弱くあってほしかったのだ、とも。
そして、ディミトリは父とライノがいなくなった今、自分は誰にでもなれると主張する。セルゲイが「そのままのお前でいい」「お前はそんな人間じゃない」と勝手にディミトリを定義したことを拒否する言葉であると共に、ディミトリが物理的にも姿を変えられるようになったことを示すセリフだ。ディミトリは施術を受けて、姿を自在に変えられる“カメレオン”になっていたのだ。
『クレイヴン・ザ・ハンター』のディミトリはモノマネが得意であることから“カメレオン”と呼ばれていたが、原作コミックでは、ディミトリは元々“カメレオン”という名前で登場したヴィランだった。カメレオンは1963年に刊行された『アメイジング・スパイダーマン #1』でスパイダーマンが初めて戦うスーパーヴィランとして登場したキャラクターだ。
“スパイダーマンの最初の敵”がどのように実写化されるかに注目が集まっていたが、既に記したとおり、『クレイヴン・ザ・ハンター』は、そもそもカメレオンのオリジンを描く作品だったと言える。存在を無視されたアレクセイがライノになったように、無力な者と見なされてきたディミトリがカメレオンになるに足りる背景が描かれていた。
ディミトリの苦悩と逆転
セルゲイとディミトリの兄弟関係は、例えば「ライオン・キング」のムファサとスカーや、MCUのソーとロキとも異なる結末を迎えた。弟の方が父の組織を引き継ぎ、孤独になった兄に残されたのは父が遺したモフモフノースリーブジャケットだけだった。
セルゲイが自然の中で動物たちと戯れ、目をつけた悪党を気ままに狩っていた間、ディミトリは父の帝国の中で居場所を見つけ、ピアノの腕を磨いて生き延びてきた。尚且つ父の逆鱗に触れないように“弱者”として振る舞ってきたディミトリがどれだけ苦労したかということは想像に難くない。
弱い存在だと思っていた弟が最後に逆転して全てを手に入れ、自由気ままに生きてきた兄が弟を失うというのは、主人公がヴィランであるSSUだからできた展開だと言える。セルゲイは母を失い、ディミトリを失ったことで更に色々と拗らせたお兄ちゃんになってしまうだろう。
カメレオンはどうなる?
原作コミックでの展開
では、『クレイヴン・ザ・ハンター』公開時点で25歳、『グラディエーターII 英雄を呼ぶ声』(2024) にも出演した今をときめくフレッド・ヘッキンジャーが演じるカメレオンは、今後どうなっていくのだろうか。『クレイヴン・ザ・ハンター』が属するソニーのSSU自体が打ち切られるというリークを元にした報道はあるが、ソニーからは正式な発表は出ていない。今後、ソニーとマーベル・スタジオが共同で制作するトム・ホランド主演の「スパイダーマン」シリーズへの合流という可能性もあるだろう。
原作コミックのカメレオンは初登場時の設定は産業スパイであり、ミサイルの設計図を盗み出してその罪をスパイダーマンに着せようとしていた。計画が失敗したカメレオンは、クレイヴン・ザ・ハンターにスパイダーマンを狩るよう焚き付け、クレイヴンとスパイダーマンを引き合わせることになる。
カメレオンは、それでもなかなか打倒できないスパイダーマンに執着を強めるようになり、兄セルゲイの死という決定的な事件を経験する。スパイダーマンを恨んだカメレオンは、スパイダーマンの正体を突き止めると、ピーター・パーカーに偽の両親を用意して数年過ごさせ、もう一度家族を奪うという何とも残酷な罠を仕掛けたこともある。
1999年に発表された『Webspinners: Tales of Spider-Man Vol.1 #11』では、カメレオンは橋の上で人質をとる事件を起こすが、これはスパイダーマンの気を引くためだった。スパイダーマンはカメレオンに人生をやり直せると説得したが、カメレオンは「I love you, Peter」と自身の想いをピーターに告白した。
しかし、ピーターはこれに対して爆笑するというリアクションをとってしまい、カメレオンは「君の笑顔が見れて良かった」と言い残して橋から飛び降りてしまった。スパイダーマンの最初の敵として誕生したヴィランは、スパイダーマンへの愛を受け入れられずに去ってしまったのだ。
とはいえ、2000年代以降もカメレオンはスパイダーマン作品に度々登場している。願わくば、実写版での兄クレイヴンとの愛憎は序章に過ぎないと信じたい。『クレイヴン・ザ・ハンター』公開時点で28歳のトム・ホランド演じるスパイダーマンと、25歳のフレッド・ヘッキンジャー演じるカメレオンは良いライバルになるだろうし、マーベルを代表するようなカップリングにもなるはずだ。
奇しくも、MCUのピーター・パーカーは全ての人間の記憶から消え去ったばかり。「何者でもない」が「何者にでもなれる」スパイダーマンとカメレオンが出会い、新たな因縁が誕生することに期待したい。まぁ、その時にはセルゲイもちょっと絡ませてあげてもいいかも。
映画『クレイヴン・ザ・ハンター』は2024年12月13日(金) より全国の劇場で公開。
『クレイヴン・ザ・ハンター』オリジナルモーション・ピクチャーは配信中。
『クレイヴン・ザ・ハンター』ラストのネタバレ解説&考察はこちらから。
『ヴェノム:ザ・ラストダンス』ラストの解説はこちらの記事で。
『ヴェノム4』について監督が語った内容はこちらから。
トム・ホランド版『スパイダーマン4』についての情報はこちらから。
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