世界に変革をもたらすキーワードは《想像学》と《マルチバーサリズム》? 日仏SFコロキアム開催 | VG+ (バゴプラ)

世界に変革をもたらすキーワードは《想像学》と《マルチバーサリズム》? 日仏SFコロキアム開催

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日仏SFコロキアム「想像学とマルチバーサリズム: SFで未来を作り直す方法」開催

「想像する力」が現実世界にどのような変革をもたらしうるかを議論する日仏SFコロキアム「想像学とマルチバーサリズム: SFで未来を作り直す方法」が2025年6月10日-11日に慶應義塾大学で開催された。哲学、アート、工学、社会科学など多様な分野でSF的な想像力を活かして活動をしている研究者・クリエイターらが一堂に会し、《想像学》《マルチバーサリズム》をキーワードに自身のプロジェクトや研究成果について発表した。

キーワードの《想像学》と《マルチバーサリズム》とは?

気候危機・食料問題・戦争・貧困や差別……たくさんの課題が交錯し、共通の基盤や未来像を描くことが難しい現代社会。その中で、社会的ツールとしての想像力を、既存の学問分野を横断して活用することで、持続可能で包括的な未来を構築することを目指した本イベントでは、《想像学》と《マルチバーサリズム》をキーワードに他分野にわたる発表が行われた。

《想像学》は、本コロキアムの主催である慶應義塾大学サイエンスフィクション研究開発・実装センターが目標としている学問の一つ。人類史の発展の中で、フィクションや物語といった「虚構」は善悪双方の面で重要な要因の一つであり続けた。近代以降には、科学技術の定着とともにSFが発展し、文学という枠組みを超えて、科学技術や広義での科学はもちろん、教育、ビジネス、アート、倫理など、様々な分野で応用されてきた。このSFの想像力の可能性を、既存の学問分野の垣根を超えて共同で探っていこうという学問だ。

《マルチバーサリズム》は、既存の哲学のあり方に限界を感じたフランスの哲学者ヴァンサン・ボントン(Vincent Bontems)氏らが、SFとして哲学を展開するために提言した概念。物理、生物学、様々な科学技術やバーチャルな世界などを拡張することで可能性の世界(あり得たかもしれない世界)を描き出し、それによって現実社会を考えようという哲学的視点である。

《想像学》の提唱者の一人であり、SFプロトタイピングの研究者でもある大澤博隆氏と、ヴァンサン・ボントン氏が、二つのアプローチの類似点に気がついたことをきっかけに交流を深め、本企画の開催が決定した。

SFの想像力が描く、脅威や希望

コロキアムでは、「SFで未来を作り直す方法」という大きなテーマのもとに、「SFが哲学をどのように(ほぼ)救ったのか」といった基調となる提起、「科学とSF」、「SFにおけるスペキュレイティブ性」、「SFのための/SFによる未来のロードマッピング」など、いくつかのトピックに沿ったセッションが行われた。

例えば、ヴァンサン・ボントン氏の発表「Web of Science のバベル化:科学のためのアルゴリズムとデータを通じた潜在的リスク進化のシナリオ」では、自身がアドバイザーを務めるフランス軍のSFプロトタイピングで、間近にある脅威をシミュレーションしている例を紹介。現代から近未来における科学へのラディカルな脅威として、生成AIによる劣悪な/疑似科学的な論文の急増などをあげ、その特徴として安価に脅威を生み出すことができ、それを防ごうとすると膨大な費用がかかるという非対称性を指摘した。

一方で、スペキュラティヴ・デザインのアーティストでもある長谷川愛氏は、SF的想像力によって希望的な未来を描くという可能性を提示。現在展示中の自身の作品、パラレルタミークリニック(Parallel Tummy Clinic)をどのように思考プロセスを経て制作したのかを発表した。現実の延長に人口子宮を想像すると、優勢思想や血縁主義、資本主義に染まったディストピア的なものになりがちだ。だが、SFが描くディストピアは時として、破滅をもたらすアイデアとしても活用できてしまう。そこで、あえて抵抗として希望を描く「ホープパンク」のように、「現実に寄り添いすぎない人口子宮を考える」ということをコンセプトに、Parallel Tummy Clinicでは民族主義・血縁主義・出生主義・優生主義・資本主義ではない人口子宮を志向したという。

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その他にも、南アフリカでのスペキュラティヴ・フィクションとアフロ・フューチャリズムの関係性を歴史的経緯を踏まえながら論じたIndiana Lods氏の発表、あそびごころと世界を広げる能力を備えた「おもちゃ」としてのSFを提言した難波優輝氏の発表、科学を民主化するための一つのコミュニケーション手段としてSFを活用する「Neu World」(ムーンショット型研究開発事業目標1金井プロジェクト)についての宮田龍氏の発表など、多方面に渡る充実した発表が展開され、哲学から情報科学、人工知能まで、社会におけるSFの将来のあり方が模索された。

日仏SFコロキアム

長谷川愛氏のParallel Tummy Clinicは、7月7日まで東京都・築地のSHUTLで開催されている。また、大澤博隆氏・長谷川愛氏らが監修を務める、最先端の合成生物学の研究をSFとともに学ぶことができる新しい形の入門書『鏡像生命学入門:すぐそこに迫る鏡の国の世界(仮)』が、慶應義塾大学サイエンスフィクション研究開発・実装センターの協力のもと2025年に刊行されるなど、SFの想像力を活かしたプロジェクトはこれからも多数展開されていく。今後の慶應義塾大学サイエンスフィクション研究開発・実装センターの活動からも目が離せない。

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