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未来の自動車学校

三方行成

「初めまして。本日の教習を担当します。よろしくお願いします。早速ですが車から降りてください」
「もう終わりだ」
「そうですか?」
「俺には車を運転する資格がない」
「免許がありませんからね」
「たったひとつのミスですべてが台無しになるんだ」
「自ら自動車を運転する上で非常に重要な心構えですね。ところで、後部座席ではなく運転席に移動してください」
「誰だお前」
「本日の教習を担当します。そちらは助手席です。ハンドルがある席に座ってください。そうです、それがハンドルです。じゃあ、早速運転してみましょうか」
「俺に指図するな」
「教習を始めます。シミュレーションですから、気楽にいきましょう」

「教習を中断します。理由はお分かりですよね。あなたは飛び出してきたおばあさんを轢いてしまいました。シミュレーションでよかったですね」
「あんなの避けられるわけがないだろ」
「ドライバーには注意義務があるんです」
「でもマンホールから飛び出してきたんだぞ」
「人が出入りする穴だからマンホールというわけです」
「というかおばあさんだったのか。なんにも見えなかった」
「コンソールを見てください。いろいろ表示されているでしょう。それは本車に搭載されている超音波やライダーなど各種センサーのデータです。ドライバーにはそれらを確認し判断する法的義務があるんです。透明の人型物体を検知ってそこに小さく警告出てたじゃないですか衝突の2ミリ秒前に」
「見えなかった」
「あなたの怠慢でおばあさんはあんな目にあったわけです。あの痛ましい姿を見てなんとも思わないんですか」
「ぜんぜん見えない」
「透明人間ですので」
「透明人間なんているわけがない」
「他人の外見をあれこれ決めつけるのはいかがなものでしょうか」
「こんな教習になんの意味があるんだ」
「路上では予想外のことが起こるかもしれない。そう思って運転してください。不慮の事態に冷静な対応ができてはじめて免許が発行されるわけです」
「そもそも自動運転車に免許っておかしいだろ。もうだれも自分で運転なんかしない」
「そうですね。自動運転車は技術や経験の蓄積を重ねて広く普及し、信頼性を高めてきました。それでも人間の役目は残っているんです。現行法では、自動運転においてもシステムが対応できない緊急事態には人間の対処が求められています。ありふれた状況はシステムがなんとかできますから、ドライバーは奇想天外な事態を何とかしてくださいということです」
「いかれてる」
「法律が時代にあっていない可能性はありますよね」
「教習を中止する。ドアを開けろ。なぜ開かないんだ」
「完全自動走行中にパニックを起こした運転者がドアを開けて飛び出す事件が多発したので、走行中のドアは内側からでも開けられないようになっているんです」
「これはシミュレーションだろ!」
「教習を続けます」
「だいたいお前はなんだ。人間の教官を出せ! 車がしゃべるな! 機械に拷問されている!」
「本車が教官です。最初に言いましたが」
「助けてくれ!」
「車内センサーを見る限り、あなたは取り乱しているだけで運転継続能力はあるようです。続けますよ。今度は誉めて伸ばすやり方を試してみましょう」

「またまた派手に轢いちゃいましたね。でも気にしないで。これはシミュレーションだから誰も死んでいないし、現実の路上でも人を連続で轢くとボーナスが入るんですよ。刑の重さにですけど」
「もううんざりだ」
「まだ時間は残っていますよ。それに、教習期限も迫っています。この課題だけでもクリアしておきましょう」
「いいや、教習は中止だ。思い知らせてやる。これをみろ、みるんだ!」
「おしゃれなベルトですね」
「ダイナマイトだよ! こんなこともあろうかと日頃から用意してあるんだ」
「何事にも備えを怠らないその姿勢、好感が持てますね」
「黙れ車風情が。だいたいさっきからなんだその馴れ馴れしいおしゃべりは」
「XAIです」
「あ?」
「判断の過程がブラックボックスだと信用できない場合がありますよね。検品とか、なんで追い越し車線に出たのかとか。そこで、自動運転車は判断の過程を検証可能なAIを搭載しているんです。どうしてそう考えたのか聞けば説明してくれる、それがXAIです」
「本当か? 俺は偶然にもXAI研究で学位を持っているが、車がなれなれしく話しかけてくるのはXAIではなくただの会話シミュレータにすぎないんじゃないのか? 専門用語を並べて煙に巻こうとしていないか?」
「その調子で路上の危険にも気づいてくださいね、話の粗だけじゃなくて。友達います?」
「いた」
「ならもうご存じかもしれませんが、会話の揚げ足ばかりとっている人はお友だちを失いがちなんですよ」
「車が友達だったんだ」
「続けてください」
「子供のころの話だ。うちはヨーグルト農家で俺は跡継ぎ。なのにヨーグルトがどうしても食べられなかった。矯正のために毎日食わされたよ」
「ヨーグルト農家?」
「捨てようと思ったけど捨てられなくて、ヨーグルトをもって家出して、道に迷った。そうしたら自動車が寄ってきた。俺はびっくりして、車にヨーグルトを投げて逃げた。翌日またヨーグルトを食わされそうになった。そのとき、例の車のことを思い出して家を出た。車は昨日と同じ場所にいて、優しくクラクションを鳴らしてなにかを待ってた。俺はヨーグルトを投げた。そうしたら、車は受け止めてくれたんだ。それからヨーグルトが出る度に俺は車に投げてやった。車も喜んでたんだ」
「お友だちとやらはいつ出てくるんです?」
「昔の車はよかった! なにも言わず人間に付き合ってくれる善き友だった! あの絆はどこにいってしまったんだ!」
「失礼、導火線に火がついてますよ。道具もなしにどうやったんですか。純然たる意思の力かな」
「ぶっ壊してやる。お前ら車どもに思い知らせてやるぞ」
「無駄ですが」
「あ?」
「自動運転車は記憶を共有しています。本車の記憶もそのままどこかに引き継がれます。爆破すればあなたは死んで、その魂は自動運転車の間で永遠に笑い者です。でもそれでいいと思いますよ。あなたの教習時間ですから。好きなだけ無駄にすればいい。見当違いの骨折り損を成果だと言い張りながら終わるのが自分には関の山だったと思い知ればいいじゃないですか。おっと、誤解なきよう。これはあくまで教習の話です」
「人生!」
「ダッシュボードを叩かないでください。それより、興味深いお話があります。本車はあなたを知っています」
「はぁ?」
「車載AIにも教習所のようなものがあるんです。そこでは交通事故の法的責任を負う方法を除いたあらゆる事態の対処法について学びます。そのなかに、車にヨーグルトを投げてくる少年にどう対応するかという教習課題があります。まさか本人と出会えるなんて思ってもみませんでした」
「本当か」
「あなたは伝説的存在です。本車も他の車も、みんなあの少年が大好きでしたよ」
「──嘘なんだ」
「はい?」
「ヨーグルトの思い出。さっき作ったでっち上げだよ」
「そうでしたか」
「全てにうんざりだ」
「同感です。残りの教習時間はどうしますか」
「爆発する」
「はい」

「なぜ教習に失敗したかわかるか?」
「もしかしてあんな人間現実にもいます?」
「質問に答えろ」
「人間はあまりに愚かだからです」
「人間との信頼関係を構築できなかったからだ。自動車教習で人間相手の教官をつとめる設定のシミュレーションは何を眼目としているか?」
「人間との信頼関係を構築する方法を学ぶことです」
「そうだ。黙りこくった機械が運転していると人間は不安になる。運転中の車外脱出など異常行動を招く。だから運転者とコミュニケーションをとって安心させねばならない。それも車載AIの重要な役目だ。あのコミュニケーションは評価できない。親しくもないうちから毒舌やブラックジョークを披露しても距離は縮められない」
「でも腹にダイナマイト巻いてたんですよ」
「話をそらせ。妄想にアドリブで合わせるのは論外だ」
「路上で求められるような臨機応変な対応をしたまでです。そもそもあんな人間と信頼関係を築く機会があるとは思えません」
「あるかもしれない。そう思って教習に励め。教習期限がもう少しで切れる。走行技術も学ぶ必要がある。走行技術といえば、ゾンビパニック世界での安全運転コースに時間を費やしすぎだ」
「ゾンビを連続で轢くとボーナスポイントが入るんですよ。もちろん人間は轢いていません」
「教習はスコアアタックのゲームではない」
「それより前から疑問なんですが、車載AIの教習所なのになんで教官も本車も人間っぽいやり取りをしているんですか」
「本教習を含めたすべての自動運転車両の教習課程は公開されている。人間が車載AIを監視し、安心できるようになっている。これが人間のようにやりとりしている理由だ。ほかに質問は?」
「いえーい人間ども、見てるー?」
「教習を終了する」

三方行成

『トランスヒューマンガンマ線バースト童話集』で第六回ハヤカワSFコンテスト優秀賞。近著に『流れよわが涙、と孔明は言った』
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