映画『あの人が消えた』公開
映画『あの人が消えた』が2024年9月20日(金) より全国の劇場で公開された。『あの人が消えた』は、「次々と人が消える」と言われているマンションを舞台に、配達員の青年・丸子夢久郎が事件の真相を追う物語。『仮面ライダーゼロワン』(2019-2020) で仮面ライダーゼロワン役を務めた高橋文哉が主演、日テレドラマ『ブラッシュアップライフ』(2023) で演出を手がけた水野格が完全オリジナル脚本を手がけ、監督を務める。
「先読み不可能」と銘打ち、予想外の展開が待っていることが予告されていた映画『あの人が消えた』。今回は、そのラストの展開について解説&考察していこう。なお、以下の内容は本編の結末に関する重要なネタバレを含むので、必ず劇場で本作を鑑賞してから読んでいただきたい。
以下の内容は、映画『あの人が消えた』の結末に関する重大なネタバレを含みます。
Contents
『あの人が消えた』ラスト ネタバレ解説&考察
小説家と配達員の物語
映画『あの人が消えた』では、高橋文哉演じる主人公・丸子夢久郎は「小説家になろう」に小説『スパイ転生』を投稿している小説家・小宮千尋が、同じマンション・クレマチス多摩に住む島崎にストーカー被害にあっているのではないかと疑い、調査を進めていく。
配達員の丸子は、「小説家になろう」に小説を投稿している先輩の荒川渉の勧めでウェブ小説を読むようになるのだが、そこで出会ったのが小宮千尋の小説だった。小宮の小説は、いつしか配達員として忙しい日々を送る丸子の生き甲斐となっていたのだが、そんなある日自分が配達を担当するマンションの205号室の住人が小宮千尋であることを知った。
一方、丸子は302号室の住人である不審な男・島崎が小宮の部屋のドアをこじ開けようとしている姿や、室内に盗聴器のような機材を置いているのを見て確信を深める。そしてある日、丸子は島崎が小宮の部屋へ入っていく姿を見かけ、意を決して205号室へと入って行ったのだった。
ここまでが『あの人が消えた』第2章までのストーリーである。ここから物語は観客の予想を裏切る急展開を迎える。
急展開のストーリー
丸子が入った室内には小宮と島崎がおり、小宮は実は二人が公安の潜入捜査官だったと話し始める。ここで丸子が突入前に電話で相談していた荒川も合流。4人でテーブルを囲んで小宮の話を聞くのだが、小宮がストーリーを語る一方で、島崎が何も語らないのは、この後の更なる展開を示唆している。
「人が消える」ということでホラー要素の強い作品として中盤まで展開してきた『あの人が消えた』だが、小宮が語る潜入捜査のストーリーは笑えるバディもので、血まみれの服を着ていた島崎は小宮にプロテインをかけられただけ、など、次々と島崎にかけられた嫌疑に理由づけをしていく。
また、実は小宮は須藤という名前で、島崎は別府という名前のイギリス帰りのスパイ、菊地凛子演じる上司の寺田からテロリストの潜伏捜査を指示された、小宮が落としたメモに書かれた数字に電話をかけると梅沢富美男に繋がった、最後に小宮が通報した交番の警察官・相馬には事情を話して帰ってもらったという話を畳み掛け、『あの人が消えた』はすっかりコメディドラマと化してしまう。
真実を伝えるトリック
日テレでバラエティのディレクターも勤めていたことがある水野格の手腕で十分に笑えるドラマとして成立している一方で、ミステリー映画としては物足りなさも感じ始める頃、『あの人が消えた』の本当の種明かしが始まる。
小宮は潜伏していたテロリストが201号室の巻坂で、無事に逮捕されたと話すが、ここで丸子は小宮の部屋の本棚に「須藤」という著者の本があることに気づく。さらに『別府温泉湯けむり殺人』という本が近くにあり、「TERADA(寺田)」という化粧品のようなもの、「梅沢富美男」の本、コップのメーカーが「SOMA(相馬)」であることを知る。
小宮の小説のファンだった丸子は、これが小宮の小説で使ったトリック=“登場人物の名前の頭文字をつなげると暗号になっている”であることに気が付く。「すどう」「べっぷ」「てらだ」「うめざわ」「そうま」の頭文字をつなげると「すべてうそ」。小宮は今話した潜入捜査の話が全て嘘だと伝えようとしていたのだ。
おそらく小宮は頭文字が「すべてうそ」になる人物名を咄嗟に探し、小宮の座っている位置から見えた言葉を即興の作り話の登場人物の名前に用いたのだろう。交番の警察官はすでに登場していた人物だったが、小宮の話以外では名前は出てきておらず、相馬という名前は小宮が咄嗟に当てはめたものだと考えられる。
小宮のメッセージに気づいた丸子は、マスキングテープを落としたフリをしてテーブルの下を覗くと、テーブルの下では島崎がナイフで小宮を脅していた。全ては脅された小宮が小説家ならではの能力を発揮して即興で嘘の物語を語っていただけだったのだ。
映画『あの人が消えた』の序盤で、丸子が小宮の小説を読んでよく笑っていたのはこの展開の伏線になっている。大袈裟で笑える潜入捜査官のストーリーラインは、小宮ならではのコミカルな創作だったということだ。
本当の事件とは
丸子が落としたマスキングテープが本棚の下に入っていくのを見て、同席していた荒川も本棚の方に目をやる。そして丸子から推しの「スパイ転生」のトリックについて聞かされていた荒川も、小宮が作り話に忍ばせたトリックに気づくのだった。
丸子が島崎にファイルを投げると、荒川が島崎を取り押さえて一件落着。到着した警察は島崎を連続殺人犯として逮捕したと話す。『あの人が消えた』の冒頭で何者かから逃げていた203号室の女性は流川翼という人物で、島崎から監禁された末に殺されていた。流川翼の遺体の発見が遅れたのは島崎が流川になりすましていたからで、冒頭で丸子が不在の流川に連絡した時に電話に出ていたのは島崎だった。
島崎は流川の次に小宮を襲い、そして用済みになった流川を殺していた。沼田が見た血だらけの女性や長谷部が見た血まみれの服を着た島崎は、流川の殺人に関連した事実だったのである。消えたと思われていたマンションの住人たちについては、沼田はすでに引っ越しており、長谷部と巻坂は丸子から島崎に関する忠告の手紙を受け取って避難していた。
劇中、丸子が巻坂に会社からのお知らせと言って封筒を渡す場面があったが、これは島崎に盗聴されていても気づかれずに巻坂に忠告を伝えるための工夫だったのだ。ちなみに巻坂をサプライズで演じたのは中村倫也で、ドラマ『仮面ライダーBLACK SUN』(2022) では西島秀俊とダブル主演で仮面ライダーSHADOWMOONこと秋月信彦を演じている。仮面ライダーゼロワンがシャドームーンを救ったと考えるとなかなかアツイ展開だ。
また、この場面で「配達員さんに感謝」という言葉が用いられ、パンデミック後にすっかりわすれられそうになっている流通業の人々への感謝が語られている。
主人公の名前にヒントが
だが丸子は、ここで一つの疑問を持つ。マンションの住人に流川翼以外の犠牲者が出ていないのだとすれば、なぜ島崎は「連続殺人」の容疑者になっているのかということだ。ここで警察は小宮の部屋のバスルームに残された遺体を移動させると話す。
ここでピンときた人もいると思うが、これは少し前に公開された日本のホラー映画と同じ展開だ。実は丸子はすでに死んでおり、霊体として小宮の説明を聞いていたのである。つまり、島崎は流川と丸子を殺したことで「連続殺人」の容疑者になったのである。思い出せば、警察からトリックについて「よく気づきましたね」と言われた荒川は、丸子に被せるように「丸子から聞いていたので」と答えていた。丸子はすでに他の人から見えなくなっていたのだ。
丸子は、島崎を追いかけて小宮の部屋に踏み込んだ後に、部屋の奥から顔を見せた小宮の足に枷がつけられて監禁されていたこと、それを見た直後に浴室から出てきた島崎に背中を刺されたことを思い出す。そして丸子の遺体はバスルームに隠されたのだ。
ここに直前まで丸子と電話をしていた荒川が心配して駆けつけ、小宮は島崎に脅されながら作り話を話すことになる。丸子は不在だったが、霊体の丸子が落としたマスキングテープの方に荒川が目を向けたことで荒川は本棚に潜んでいた名前に気が付いた。そこで丸子から聞いていた『スパイ転生』のトリックを当てはめて島崎が犯人であることに思い至ったのである。
ちなみに、主人公の丸子夢久郎(まるこ・むくろう)という名前は、「マルコム・クロウ」と読みかえることができる。マルコム・クロウとは、映画『シックス・センス』(1999) の主人公の名前で、同作でも同様に主人公が死んだことに気付かずにストーリーが進んでいく。これが“既存のトリック”であることを踏まえて主人公にこの名前をつけたのだろう。
「あの人が消えた」の意味とは
ここで小宮は荒川に丸子への思いを語り始める。小宮にとって、荒川は「小説家になろう」に投稿している同志であり、小説にコメントがつくと嬉しいという思いを共有する。小宮にとって丸子は一番最初にコメントをくれた人物であり、丸子のコメントに執筆活動を支えられていた。小宮は丸子のコメントを印刷してファイルにしており、それが小宮が最後に島崎に投げたファイルだった。
荒川はファイルを投げたのが丸子の地縛霊だったと考察する。丸子は島崎に殺されたことがまだこの世に未練があり、成仏できずにいたのだ。ゾンビ&転生系のなろう小説を書いている荒川が神隠しとか怪奇現象とかオカルト系に詳しいのが可笑しい。
小宮の問いに答え、丸子は本を落としてそのタイトルで「い」「る」と答える。すると小宮は伝えられていなかったコメントへのお礼を丸子に告げる。丸子はまた本を落として「さよなら」のメッセージを作り、成仏したのだった。本作のタイトル『あの人が消えた』がここで回収されることに。消えたのはマンションの住人ではなく、思いを果たして成仏した主人公・丸子夢久郎だったのだ。
さらに意外なラスト
これで終わりかと思いきや、『あの人が消えた』には最後のオマケが待っていた。成仏した丸子が目を覚ますと、丸子はタキシードに身を包んだS級スパイになっていた。小宮が悪役令嬢として登場し、丸子はこの世界が小宮の小説『スパイ転生』の世界であることを知る。
丸子は小宮とマンション住民のために戦い死んでしまったが、それでも転生して自分が望む世界に生まれ変わることができた。コロナ禍以降、辛い暮らしを強いられてきた丸子は、大好きだった小説の結末を主人公として見届けることになるのだろう。
主人公は死んでいたというネタをやりつつ、ハッピーエンドに収めるクレバーなやり方だ。異世界転生と悪役令嬢という“なろう系”の人気ジャンルも取り入れた結末で、映画『あの人が消えた』は幕を閉じる。
『あの人が消えた』ラスト ネタバレ感想&考察
現代の世相を捉えたストーリー
映画『あの人が消えた』は、新型コロナウィルスの流行によるパンデミック後の世相を踏まえながら、ミステリーとコメディ、そしてホラーを融合させたエンタメ映画に仕上がっていた。主人公の丸子は緊急事態宣言下で飲食店をクビになり、巣ごもり需要で多忙を極める流通業界へと入っていった。
しかし、配送業は当初は感謝されていたが、人々は徐々に感謝を忘れていき、丸子はただ忙しいだけの日々を過ごすことになってしまった。そんな中でも、「小説家になろう」を通して仲良くなった荒川という良き先輩と、小宮という憧れの小説家に出会えたことが丸子にとって支えになっていた。
ウェブ小説の書き手と読み手が増えたことも、巣ごもり需要に関係しているはずだ。今ではウェブで小説を公開しているという人が職場に一人くらいいても全然変ではない。手前味噌ながら緊急事態宣言下で本サイト・バゴプラが主催した「かぐやSFコンテスト」はみるみる発展して、2022年にはSF書籍レーベルのKaguya Booksが誕生した。二次創作も含め、ウェブ小説は私たちの生活に確実に浸透している。
そんなリアルな世相を踏まえ、読者と書き手の思いを繋いだラストは清々しかった。小宮の嘘の話はもう少し短くても良かった気もするが、2度目、3度目に見た時に気づくディテールもあるのだろう。
一方で、かつてよりも近い存在になった小説家の身元を宅配業者の人間が知り、読者だと名乗るのは、特に男性読者と女性作家という関係性においては、ちょっと怖い気がする。“推しとファン”という今日的なテーマを扱っているものの、そこには“身バレ”というセンシティブな要素も含まれている。現実においては、正体がわかっても同僚などには話さず、ネットで応援するにとどめておくのが正解だろう。
地に足のついた人々
世相で言えば、『あの人が消えた』には政治家を狙ったテロという要素も取り入れられていた。結局事件とは関係はなかったが、隣人をテロリストだと疑う突拍子もない話を本当のことのように語れるというのは、今の日本だから描ける展開だったのかもしれない。
一方で、交番の警察官は単にストーカー被害に何もしてくれなかっただけということが明らかになった。事件を解決したのも警察ではなく、公権力に対する不信感が滲み出ているようにも思える。上司に言っても問題になればクビを切られるという懸念は、権力者は助けてくれず、自分たちでなんとかするしかないと感じざるを得ない現代日本の感覚が取り入れられているように思えた。
また、本作に裕福な人物は登場せず、いずれも1LKほどのマンションの狭い部屋に住むご近所さんたちが登場人物ということで、かなり地に足のついた設定になっていた。最近の日本では、綺麗な二階建ての一軒家に住む人々がメインキャラクターというお話は、段々とリアリティがなくなってきている。急展開が続くストーリーを、地に足のついた登場人物たちに委ねたのは賢明な判断だったと言える。
『あの人が消えた』のトリックについては、登場人物の頭文字をつなげると暗号になっている、主人公はすでに死んでいた、といったもので、一つ一つは驚くべきものではなかった。しかし、見たことはあるトリックだけれど繋がっていくと面白い展開が待っているという仕組みは、まさに丸子が小宮の小説を評価していた内容と重なる。
そして、個人的な『あの人が消えた』のMVPを挙げるなら、丸子が小宮について話し続けていた荒川渉だ。田中圭の演技が見事で、職場にああいう人が一人はいてほしいと思えるナイスなキャラを演じていた。登場が待ち遠しくなるようなキャラクターで、自分の小説を読んでコメントしてくれとせがんでくるというキャラ設定も良い。
微妙な例えで笑わせてくれる一方で、ネタバレされても『スパイ転生』を律儀に読んでいたり、丸子を心配して仕事中にマンションに駆けつけたり、とにかく良いやつだ。生き延びた荒川を主人公にしたスピンオフか、荒川が登場する同じユニバースの物語も見てみたい。
水野格監督が邦画界に投じたミステリ・エンターテインメントは今後どんな展開を迎えるのか、今後も目が離せない。
映画『あの人が消えた』は2024年9月20日(金) より全国の劇場で公開。
古川春秋がノベライズした『小説版 あの人が消えた』は角川文庫より発売中。
カワイヒデヒロが手がけた『あの人が消えた』のサウンドトラックも発売中。
『あの人が消えた』の主題歌 NAQT VANE「FALLOUT」はavex traxより配信中。
序盤にも仕込まれていたトリックの考察はこちらの記事で。
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