ネタバレ感想レビュー『We Live in Time この時を生きて』非線形の物語が生む「予期」、ラストで見える「時間の形」 | VG+ (バゴプラ)

ネタバレ感想レビュー『We Live in Time この時を生きて』非線形の物語が生む「予期」、ラストで見える「時間の形」

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『We Live in Time この時を生きて』6月6日より公開中

2025年6月6日(金)公開の映画『We Live in Time この時を生きて』は、アカデミー賞®︎作品賞ノミネート作『ブルックリン』(2015) のジョン・クローリー監督最新作。『サンダーボルツ*』(2025) などのMCU作品で知られるフローレンス・ピューと、「アメイジング・スパイダーマン」シリーズなどで知られるアンドリュー・ガーフィールドが出演している。

北米での配給権をA24が獲得したことでも話題となった本作は、気鋭の一流シェフであるアルムートと離婚を経験して失意の中にあるトビアスの出会い、アルムートの余命がわずかだと知った二人の人生が描かれる。また、時間軸がシャッフルされて物語が進行する“非線形の語り口”と呼ばれる構成でも注目を集めている。

今回は、「ベルを鳴らして」で第77回日本推理作家協会賞短編部門を受賞、「海岸通り」で第171回芥川龍之介賞候補入り、『箱庭クロニクル』で第46回吉川英治文学新人賞を受賞した気鋭の作家・坂崎かおるによる、『We Live in Time この時を生きて』の感想レビューが到着した。以下の内容は本作の結末に関するネタバレを含むため、劇場で本編を鑑賞してから読んでいただきたい。

ネタバレ注意
以下の内容は、映画『We Live in Time この時を生きて』の内容及び結末に関するネタバレを含みます。

『We Live in Time この時を生きて』感想レビュー by 坂崎かおる

時間はどんな形をしているのだろう。

この「非線形」のギミックを採用する『We Live in Time この時を生きて』を観ながら、私はそんなことをずっと考えていた。開始後すぐに観客は気づくことになるのだが、『We Live in Time』は、時間軸がバラバラに描かれている。男女の幸福そうな朝の場面が始まったと思ったら、突然孤独な男性の早朝の薄暗い部屋に場面が移る、といった調子だ。そして、冒頭に主人公の一人であるアルムート(フローレンス・ピュー)が卵巣がんが再発したことを告げられるシーンが挟まれ、彼女の運命について早々に私たちは理解させられることになる。

この物語では、トビアス(アンドリュー・ガーフィールド)とアルムートが出会う前から、子どもが生まれ、彼女が亡くなる数年の期間を、「非線形」に、シームレスに、私たちは体験する。つまり、私たちは、この家族の来たるべき未来を予め知った上で、バラバラになった時間軸を繋ぎ合わせながら観ることになる。そしてそれは、空白を埋める作業でもある。

古典的な因果律に支配される私たちは、物語の中にも原因と結果を求める。どちらかが欠けると、そこに物足りなさや不安定さを感じる。しかし、この映画のようなギミックの場合は、そうとは限らない。例えば、アルムートが妊娠していることは序盤に早々に明かされる。だが、物語の途中、付き合い始めのころの彼女は、子どもを望んでおらず、それが原因で二人は重大な諍いを起こすことが描かれる。けれども、どうして彼女が子どもを持とうと決断したのか、そのシーンは観客には知らされない。そのため私たちは、おそらくこうだろう、と空白を埋めるようにして物語を観続ける。

なぜなら、これから先、そのシーンが描かれるかもしれない、という予期があるからだ。これは、通常のタイムラインの映画では、不自然な「ジャンプ」として受け入れにくいだろうが、このような「非線形」のギミックにおいては有効に作用している。つまり、私たちは映画を受動的に観ながら、能動的に物語の創造にも参画しているのだ。

一方で本作は、そのような「予期」がただの舞台装置に終わらないように慎重につくられている側面もある。友人のベイビーシャワーの場面で、アルムートとの仲直りを試みるトビアスが、「間違った方を見てた。前を見すぎてたんだ。僕が見るべきだったのは、目の前の君だった(I was guilty of focusing on the wrong thing, aspect; looking ahead instead of right in front of me at you.)」と言うシーンが挟まれる。これはまるで、予定調和的に予測されるアルムートの死のラストを考える観客を、物語の本質はそこではないと引き戻し、二人とその家族の人生そのものを観てほしいのだ、ということを訴えかけるようにさえ思える。そして、ビューとガーフィールドの好演が、ともすればありきたりになってしまうこの物語の魅力をさらに増している。

他方、気になる点がないわけではない。このような愛する者の死を扱う映画において、子どもが絡む場合、その責を負うのは母親である立場が多い。キャリアと出産、病気、家族関係。トビアスは誠実で理知的であり、非常に協力的に家族関係を築こうとしているが、最終的な決断を結局はアルムーットが行っている。ある種の「母親の物語」という体裁であり、誤解を恐れずに言えば、典型的な物語として消費できてしてしまうことには違和感が残る。

時間はあぶくの形をしている。

観終わったあと、私はそのような仮説を立てた。本作はシーンの切れ目に装飾的なフラッシュバックなど挟まれることなく行われるが、全くその関連が無いわけではない。二人の目覚めと一人の目覚め、出産のあとの死の予告。時間として繋がりはないが、象徴してどれも繋がりがある。ひとつのあぶくが別のあぶくを呼び起こすように。時間、そしてそれを構成するひとつの記憶は、そのように、線形な時間軸を跳び越え、相互に関連付けられている。その意味で、この映画は、誰かがある時間をゆっくりと回想的に思い出しているような物語でもある。

そして、本作の最大の象徴は卵だ。冒頭、アルムートはひとりキッチンに立ち、卵を割っている。ラスト、トビアスと娘のエラも、二人、キッチンで卵を割る。卵は死と再生の象徴だ。映画はそこで終わるが、物語は二人の行く末さえも私たちに「予期」させる。


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映画『We Live in Time この時を生きて』は2025年6月6日(金)より、TOHOシネマズ 日比谷ほか全国公開中。

『We Live in Time この時を生きて』公式サイト

『We Live in Time この時を生きて』
監督:ジョン・クローリー(『ブルックリン』)
出演:フローレンス・ピュー、アンドリュー・ガーフィールド
2024年|フランス・イギリス|英語|108分|カラー|スコープ|5.1ch|字幕翻訳:岩辺いずみ|映倫区分:G
配給:キノフィルムズ 提供:木下グループ
© 2024 STUDIOCANAL SAS – CHANNEL FOUR TELEVISION CORPORATION

先に公開した坂崎かおるのネタバレなしの感想インタビューはこちらから。

『We Live in Time この時を生きて』メイキング映像はこちらから。

坂崎かおる

2020年、十数年ぶりに書いた小説「リモート」で第一回かぐやSFコンテストの審査員特別賞を受賞。「リモート」は、Toshiya Kameiによる英訳がDaily Science Fictionに掲載された。2021年2月にVG+バゴプラにSF短編小説「パラミツ戦記」を寄稿。2021年、2022年には、「電信柱より」「噓つき姫」で、第3回・第4回百合文芸小説コンテストのSFマガジン賞・大賞を続けて受賞。「電信柱より」は大森望編『ベスト SF2022』(竹書房) に収録された。 2021年には「ファーサイド」で第1回日本SF作家クラブの小さな小説コンテストで日本SF作家クラブ賞を受賞、2022年には「あたう」で第28回三田文学新人賞の佳作に入賞してる。新作は、井上彼方編『SFアンソロジー 新月/朧木果樹園の軌跡』(Kaguya Books) に寄稿したロボットをめぐる裁判を描いたSF短編小説「リトル・アーカイブス」。
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