映画『シビル・ウォー アメリカ最後の日』公開
映画『シビル・ウォー アメリカ最後の日』が2024年10月4日(金) より日本の劇場で公開された。本作は、19の州が離脱したアメリカ合衆国と、テキサス州&カリフォルニア州の連合である“WF”の内戦を描いた近未来SF。映画『エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス』(2022) でアカデミー賞作品賞を含む7部門を受賞したA24がスタジオ史上最大の予算を投じて製作した大作映画だ。
『シビル・ウォー アメリカ最後の日』は、舞台となった米国では4月に公開され、2週連続の全米1位を獲得した。長編デビュー作のSF映画『エクス・マキナ』(2015) でアカデミー賞視覚効果賞を受賞したアレックス・ガーランド監督が、『シビル・ウォー』では分断されたリアルな米国の未来を描き出している。
今回は、『シビル・ウォー アメリカ最後の日』のラストの展開と、米国の政治状況や歴史について解説していこう。なお、以下の内容は『シビル・ウォー』の結末に関する重大なネタバレを含むため、必ず劇場で鑑賞してから読んでいただきたい。
以下の内容は、映画『シビル・ウォー アメリカ最後の日』の内容に関するネタバレを含みます。
Contents
『シビル・ウォー アメリカ最後の日』大統領の暴挙
3期目とFBI廃止
まず『シビル・ウォー アメリカ最後の日』の舞台になった近未来の米国では、ニック・オファーマン演じるアメリカ合衆国大統領が“3期目”に突入し、FBIを廃止している。この辺りは説明がないのでピンとこない人もいると思うが、米国では大統領の任期は憲法で2期までと定められている。どんな理由であれ在職期間が3期目に突入するというのは現職大統領が憲法と民主主義を超越した存在になってしまっていることを示している。
そもそも米国大統領の任期が2期までとなった理由は、初代大統領のジョージ・ワシントンが自ら3期務めるのは“不適当”であるとして3度目の大統領選に出馬しなかったことに由来する。フランクリン・ルーズベルトは第2次世界大戦下で4期まで務めたが、その後、1951年に憲法修正22条で3選は禁止され、「2期まで」という伝統はルールに変わった。米大統領は1期あたり4年を務めるため、『シビル・ウォー』の大統領は8年以上その職に就いていることになる。
次に「FBIの廃止」だが、米国の大統領にとって最大の脅威となるのがFBI(連邦捜査局)だ。米国では州の権限が強く、警察組織の大部分は“州警察”として州知事の指揮下にある。その中で、大統領の犯罪を捜査するのは連邦組織であるFBIであり、FBI長官は時に大統領よりも大きな権力を持っているとまで言われる。
現実においては、2020年の大統領選で当時のドナルド・トランプ大統領が再選すれば3期目を目指して出馬すると表明した。また、トランプのキャンペーンでは「2024」「2028」など目標としている大統領選の年の後に「Forever(永遠に)」と掲げられることもあり、2024年7月にも宗教団体のイベントで自分に投票すれば「もう投票しなくて済むようになる」と発言した。
さらに、トランプは大統領に就任した2017年に当時のFBI長官を任期途中で解任。自身にかけられた疑惑を隠すためではないかと批判を受けた。トランプは2020年の大統領選の結果を覆そうとしたことと機密資料の持ち出しに関する容疑で刑事告訴されたが、米ウォール・ストリートジャーナルは、2024年にトランプが大統領選に勝利すればFBIの権限と規模を縮小することを検討していると報じた。
『シビル・ウォー』は明確に現実とリンクしているようにも見えるが、アレックス・ガーランド監督が脚本を執筆したのは2020年のこと。本作の大統領はトランプをモデルにしたというよりも、歴史的な独裁者の傾向、つまり憲法をはじめとする法律を超越しようとする権力者の傾向を反映したものだと言える。
WFとは
国旗に注目
『シビル・ウォー』における米大統領は「人類における最大の勝利の目前にいる」とスピーチするが、ラストの展開を見るに、大統領はこの時点で苦しい状況に立たされていたことが分かる。14ヶ月以上メディアの取材を受けず、都合のいいことだけを発信してきたのだろう。
この時点でアメリカ合衆国からは19の州が離脱している。現実の米国は50州の集まりで編成される連邦であり、作中で残されたのは31州ということになる。合衆国から離脱した組織として“フロリダ同盟”といった名前も登場するが、『シビル・ウォー』で中心的な役割を果たすのは西部勢力=WF(Western Forces)だ。
WFはカリフォルニア州とテキサス州からなる連合で、その旗は13本のストライプと二つの星からなる。現在のアメリカ国旗は、13本のストライプに州の数と同じ50個の星が象られている。13という数字は米国がイギリスから独立した際の州の数であり、1960年にハワイが50個目の州として加わってからは50個の星が描かれた国旗が60年以上にわたって使われている。
もともとアメリカ国旗は13の星とストライプというデザインだったが、南北戦争(英語では「シビル・ウォー」と呼ばれる)で奴隷制廃止派が勝利して以降、星の数が増えていき現在の50個になった(追記:独立から南北戦争までの間も州と星は増えており、南北戦争時点で星の数は33だった)。このため、米国では今でも極端な保守派は独立時の13の星の国旗を掲げることがある。
打倒大統領を目指す急進派のように見えるWFだが、米国の伝統的な国旗を二つ星バージョンで掲げているというのは、WFが自分たちこそ正統なアメリカ合衆国の系譜であると主張しているようでもある。何よりも自由を重んじる精神は、13の星から50の星、そして2つの星へと継承されるということだろう。
なぜカリフォルニア州とテキサス州なのか
『シビル・ウォー アメリカ最後の日』で興味深いのは、米大統領に挑む連合軍としてカリフォルニア州とテキサス州が手を組んでいるという点だ。テキサス州は伝統的に保守派の共和党が強く、共和党のカラーをとって「レッド・ステート(赤い州)」と呼ばれている。
一方で、カリフォルニア州はリベラルの牙城で、民主党のカラーから「ブルー・ステート(青い州)と呼ばれている。そうした政治的な傾向もあり、ドナルド・トランプを支持するイーロン・マスクのX社はカリフォルニアからテキサスに移転している。
実はカリフォルニア州もかつてはレッド・ステートの一つだったが、1992年からは民主党の牙城となった。独裁の道を歩み出した大統領に対し、保守とリベラルが手を組んだという見方が有力だが、州の政治的傾向が変化することはままあり、そうした歴史も反映されているのかもしれない。
こうした前提を踏まえておくと、映画『シビル・ウォー』はより深く理解できる作品になっている。ここからは本編のラストについて解説していこう。
『シビル・ウォー』ラストをネタバレ解説
シャーロッツビルが前線に
『シビル・ウォー アメリカ最後の日』の主人公であるリー・スミスらジャーナリストは、大統領の単独インタビューを狙ってワシントンD.C.を目指す。そのために、リーは同僚のジョエル、ベテラン記者のサミー、そして新人のジェシーと共に、まずは前線となったシャーロッツビルを目指す。
シャーロッツビルはバージニア州に位置する街で、現実では2017年に白人至上主義者と人種差別に反対する団体が衝突し女性が死亡する事件が起きた。この時に白人至上主義者が集会を開いた主な理由は、南北戦争時に奴隷制を支持した7州=アメリカ連合国のモニュメントやメモリアルを公共空間から撤去することに抗議するためだった。
集会ではネオナチの人物が車でカウンター側の群衆に突っ込んで一人が死亡。後に犯人には終身刑が言い渡された。当時のトランプ大統領は、この件について「双方に責任がある」と発言して強い批判を受けている。『シビル・ウォー』では、そんなシャーロッツビルが内戦のフロントラインとなっているのだ。
ホワイトハウス陥落作戦
旅の途中で香港から来たジャーナリストのトニーとボハイ、そしてベテラン記者のサミーを失ったリー達だが、それでもWFの従軍記者としてワシントンD.C.へ向かうことになる。リー達がシャーロッツビルのWF基地に到着した時には連邦軍はすでに降伏しており、ホワイトハウスには少数の兵と警護が残されているだけだった。
スクープには間に合わず、ジョエルはサミーの死は何の意味もなかったと怒る。一方、リーはサミーが最後までやり遂げたことをリスペクトしており、ジェシーの方はと言うと、この数週間、“命の躍動”を感じていた。
それぞれの思いを乗せて、ワシントンD.C.でのホワイトハウス陥落作戦が始まる。リンカーン記念堂にロケット弾が打ち込まれ、ワシントンD.C.の街が戦場になる様子は圧巻だ。リーとジェシーは写真を撮り続けながら軍と共に前進。時に兵士から防弾チョッキを引っ張られ、銃弾を掻い潜って写真を撮る、命をかけたジャーナリズム活動だ。一方で、高揚するジェシーやジョエル、イギリス人記者と撮れ高を競うジョエルも、リアルな報道の姿なのだろう。
「アラスカとグリーンランド」の意味
大統領は見つけ次第射殺されるといい、軍隊と記者の間にも微妙な緊張関係が存在している。米軍は2011年に当時のアルカイダ指導者ウサマ・ビンラディンを射殺、2016年にイスラム国指導者アブイブラヒム・ハシミ・クラシを殺害するなど、指導者たちを武力で排除してきた。その銃口が米国大統領に向けられるのだ。
WF軍は、大統領のグリーンランドかアラスカへの亡命を交渉する報道官を射殺。グリーンランドはカナダの北東に位置するデンマークの自治州なのだが、2019年に当時のトランプ大統領がグリーンランドの買収に関心があると発言。デンマーク側がこれに「売るつもりはない」と反発し、予定されていたトランプのデンマーク訪問が取りやめになった経緯がある。この時、トランプはグリーンランドをアメリカの領土と交換する可能性についても否定せず、このアイデアを「不動産取引」と表現した。
また、日本への原爆投下を決定したことで知られるハリー・トルーマン大統領は1946年にデンマークにグリーンランド購入の提案を行っている。この時、共に戦略的地域であるアラスカとグリーンランドを交換する可能性も視野に入れていたといい、『シビル・ウォー』で大統領が亡命を希望した二つの地域は、追い込まれてもなお大統領が戦略的に優位な場所を目指していたことを示している。
ラストシーンの意味は?
『シビル・ウォー』のラストでは、大統領まであと少しというところで悲劇が起きる。廊下での銃撃戦で写真を撮るためにジェシーが飛び出し、それを庇う形でリーが撃たれたのだ。そしてジェシーはその瞬間を写真に収めた。ショッピングモールの駐車場に墜ちたヘリの写真を撮るシーンでは、リーはジェシーに「私が撃たれたらそれを撮る?」と聞き、リーは「どう思う?」と答えていた。
その直前にはリーはジェシーが戦場でどうなっても「あなたの選択」であることを確認していた。ジェシーは、ジェシーを守るというリーの行動が「リー自身の選択」であるという戦場での鉄則を守り、写真を撮って、リーの方を見ることなく前へ進む。ジェシーが冷たいようにも見えるが、ジェシーがリーのジャーナリズム精神を受け継いだ瞬間だ。
そしてジョエルは、追い詰められ銃を向けられた大統領に単独取材。射殺される直前にジョエルがそれを制止してコメントを取ったのだ。「一言」と聞いたジョエルに、大統領は「私を殺させるな」とコメント。ジョエルが「それで十分だ」と返すと、大統領は射殺されたのだった。
ジャーナリストのジョエルが求めた「一言」は英語で「Quote(引用、名言)」と言っている。歴史の教科書に残るような言葉を要求されたのだが、それに対する大統領の言葉はただの“懇願”だった。それでもジョエルは言い直させることなく、権力を追い求めた大統領の惨めな最後を記録に残すことにした。ジョエルは美しい物語を求めることをせず、等身大の矮小な権力者の姿を記録に留めたのだ。ここに、起きた事実をそのまま世間に知らせるというジャーナリズムの一つの形が示されていると言える。
そしてジェシーは大統領が射殺される瞬間を写真に収めた。エンドロールに写っているのは、大統領の遺体の前で笑顔で写真を撮るWF兵達だ。流れているエンディング曲はスーサイドの「Dream Baby Dream」(1979)。「夢を燃やし続け、夢を見続けよう」と歌われ、映画『シビル・ウォー アメリカ最後の日』は幕をとじる。
『シビル・ウォー アメリカ最後の日』ネタバレ考察&感想
ジャーナリズムの力
『シビル・ウォー アメリカ最後の日』は、現代のアメリカで内戦が起きたら、という「もしも」を描くSF作品としての側面と、ジャーナリズムを問う側面の二つがベースにある映画だった。
ジェシーは父からもらったカメラを使っているが、父はミズーリの農場で内戦などないフリをしていると話す。リーの家族はコロラドの農場にいるけど内戦は見ないフリをしていると言い、一行が立ち寄った平和な街では、服屋の店員が内戦について「知ってるけど関わらないようにしてる」と話していた。
現実でも、イスラエルによるパレスチナ侵攻が数十年にわたって続いている中でも、多くの人はそれを“ないこと”にして日々を生きる。リーは劇中で、祖国に警告しているつもりだったがジャーナリズムは戦争を止めることはできなかったと語っていた。メディアが持つ力は、実際にはそう大きくないのかもしれない。
それでも、銃ではなくカメラを持ち、今起きている現実を伝え、後世に残すことは必要な作業だ。なぜなら『シビル・ウォー』で描かれたWFによる“革命”は、アメリカ合衆国にとっては突然変異的な地殻変動などではなく、歴史の繰り返しに過ぎないからだ。独立戦争、南北戦争を経て政府を作り直してきたアメリカにとっては、『シビル・ウォー』は極端な空想の物語ではないのである。
アメリカに根付く革命の権利
そもそもアメリカはイギリスの植民地であり、英国の一部だった。イギリスが植民地への支配と課税を強化したことに対し、植民地政府は「代表なくして課税なし」を合言葉に反発し、この対立は独立戦争へと発展した。州同士が手を組み、支配者を打倒するというストーリーは米国の建国時点から始まったものだ。
そうして建国されたアメリカ合衆国には、ジョン・ロックの思想に由来する「不当な政府は打倒しなければならない」という精神が根付いている。1776年のアメリカ独立宣言には、不正な政府を廃棄し、新たな保安組織を創ることは「権利であり義務」と明記された。
アメリカ合衆国憲法修正第2条は、「規律ある民兵団は、自由な国家の安全にとって必要であるから、国民が武器を保有し携行する権利は侵してはならない」として、国家ではなく国民が武装する権利を保障した*。「不当な政府は武力を使っても打倒する」。良くも悪くもこれが米国の精神なのだ。
*この文言は、「抵抗権/革命権を守るために銃規制に反対する」という論にも利用されるが、「修正第2条が認めた武装の権利は個人に対するものではなく、民兵を組織する州に認められたものである」という解釈も存在する。
そう考えれば、『シビル・ウォー』の物語というのは、合衆国憲法を蔑ろにした大統領と、米国の歴史と建国の精神に則って戦う人々の物語と捉えることもできる。リベラルなカリフォルニア州と保守派のテキサス州が手を組めた背景には、「自由こそが米国の伝統的な価値である」という共通の考えが存在していたからかもしれない。
内向きなアメリカ
『シビル・ウォー アメリカ最後の日』は、そうして米国のリベラルと保守派の両方を取り込むことに成功し、米国で大ヒットを記録することになったのだろう。一方で、イギリス人のアレックス・ガーランド監督が作った作品とはいえ、やっぱりアメリカ国内の革命を描いているという意味では、“いつもの米国映画”という印象は拭えない。
イラク戦争の失敗を経て、フィクションの世界ではスーパーマンは空を飛ぶのをやめ、キャプテン・アメリカは殺され、スパイダーマンは星条旗を背負わなくなった。米国内の内省的な空気は孤立主義と排外主義の台頭につながり、トランプ政権の4年間は米国に大きな分断と傷跡を残した。
一方で、目下、米国はイスラエルのパレスチナ侵攻においてイスラエルを利する立場で積極的な役割を果たしており、今米国に問われるべきは“他者に対する正義”のはずだ。“自由と民主主義の輸出”という名の侵略戦争を続けてきたアメリカだからこそ、その反省を生かし、同盟国であればこそ積極的に侵略と虐殺を止める役割を担わなければならない。
アメリカは分断を乗り越えられる、アメリカは不当な政府に打ち勝つことができる——『シビル・ウォー』のストーリーからはそんな激励のようなメッセージも感じ取れた。であれば、今も戦火の最中にある市民との連帯も不可能ではないはず。不当な侵略を支持する政府こそ、“不当な政府”だからだ。
それは米国の外に住む自分たちにとっても他人事ではなく、幸い、私たちには投票や直接行動、そして報道という手段が残されている。報道は戦争を止めることはできないかもしれないが、人類は残された記録から学ぶことはできる。『シビル・ウォー』のような未来が来る前に、過去から学び、今できる限りのことをやっていこう。
映画『シビル・ウォー アメリカ最後の日』は2024年10月4日(金) よりTOHOシネマズ 日比谷ほか全国公開。
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