2001年公開の映画『千と千尋の神隠し』
2001年に公開され、当時の歴代興行収入No.1となる316億円の大ヒットを記録した映画『千と千尋の神隠し』は、スタジオジブリの宮崎駿監督にとって1997年公開の映画『もののけ姫』に続く長編映画。第75回アカデミー賞では日本映画史上初のアカデミー長編アニメ映画賞を受賞、その21年後に『君たちはどう生きるか』(2023) が同賞を受賞するまで、日本で唯一の同賞受賞作品だった。
今回は、公開から四半世紀が経つ『千と千尋の神隠し』について、今一度ネタバレありで解説し、感想を記していこう。以下の内容は結末までのネタバレを含むため、必ず本編を視聴してから読んでいただきたい。
以下の内容は、映画『千と千尋の神隠し』の内容及び結末に関するネタバレを含みます。
Contents
『千と千尋の神隠し』ネタバレ解説&考察
神隠しと湯屋
映画『千と千尋の神隠し』は、10歳の主人公・荻野千尋が引っ越し先に向かう途中、森の中のトンネルを抜けると両親と共に“神隠し”に遭うところから幕をあける。神隠しというのは、人が行方不明になった時に原因がわからず、それを神などの超自然的存在による仕業だと考えることである。
ちなみに『千と千尋の神隠し』の英題『Spirited Away』は「迅速に消える/連れ去られる」という意味で、原題のようなスピリチュアルな要素はない。「Spirit」という語は、主体を伴なわず、見えない力で、素早く消えた、という意味を与えているだけだ。
思いがけず神々の世界に入り込んでしまった荻野一家だったが、千尋の両親は食堂街の食べ物を勝手に食べてしまい、後に豚になってしまう。千尋もまたこの世界の食べ物を食べて適応しなければ自分の身体が消えてしまうことを知ると共に、千尋を助けてくれた少年・ハクから、仕事を持たない者は動物に変えられてしまうと教えられ、「油屋」という湯屋を営む湯婆婆に仕事をもらいに行くことを決意する。
湯屋というのは、江戸時代まで存在していた公衆浴場のことで、人々がコミュニケーションを行う社交の場でもあった。当時は自宅にお風呂がないのが一般的だったため、湯屋は社会のインフラの一部だったのだ。
『千と千尋の神隠し』でも描かれるように、大きな釜風呂や従業員が住む場所も設けられていたため、湯屋の施設はそれなりの大きさが必要だった。湯屋では混浴が行われていたこともあったが、その後、混浴が禁止され、自宅に風呂があることが主流になり、男女の浴場を分けて入浴機能に特化した銭湯が主流になる。湯屋の社交の場としての機能は、温泉旅館や現代におけるスパ施設などが担うようになった。
つまり、千尋が迷い込むのは、人間がいないだけでなく、現代っ子の千尋にとっても馴染みのない世界だ。なぜ神々が油屋に集まるのか、社会インフラ上のどんな機能や役割を担っているのかも理解できず、千尋はただ動物にならないために働き始めるのである。
ジブリでは異例の主人公像
『千と千尋の神隠し』の主人公・千尋は、スタジオジブリで描かれてきた少女の主人公としては異質な存在で、冒頭から気だるさがある現代的な子どもとして描かれる。さらにその両親も、母は千尋にくっつかないように言い、父も千尋の言葉に全く耳を貸さない、なんとなく嫌な両親として描かれる。
『千と千尋の神隠し』では、当時ジブリの若手のエースであった安藤雅司が『もののけ姫』に続いて作画監督に起用されており、安藤は千尋をリアルな現代の子どもとして描き出した。故にその両親も理想化されていない。そうして、宮崎駿作品の特徴でもある凛とした主人公ではない、猫背で伏し目がちで気だるそうな千尋という主人公が生まれたのである。
しかし、制作しながら構想されたストーリーの後半部分では、千尋は宮崎駿監督が求める凛とした主人公へと成長していくことになった。安藤雅司と宮崎駿監督の方針は一致していなかったが、その方向性の違いが、序盤にどこにでもいる子どもだった千尋が後半に向けて成長していき、画面の中の躍動感も増していく、『千と千尋の神隠し』の独特な魅力を生んだと言える。
なお、『もののけ姫』後の退職を慰留されていた安藤雅司は、『千と千尋の神隠し』を最後にジブリを退職することになる。当時スタジオジブリが抱えていた後継者問題は解決せず、ジブリは13年後の2014年に制作部門を解体することになる。
2022年公開の映画『鹿の王 ユナと約束の旅』では、安藤雅司は『千と千尋の神隠し』で監督助手を務めた宮地昌幸と共同で初監督を務めた。そして、2023年に公開された『君たちはどう生きるか』では、安藤雅司が22年ぶりに宮崎駿監督の作品に参加している。
二つの名前と二つの側面
『千と千尋の神隠し』では、千尋は労働を通して変化していく。この世界のものを食べないと消えてしまう、仕事を持たない者は動物にされてしまう、生きるためには食べて働かなければならない。それがこの社会の根源だという宮崎駿監督の価値観が大いに反映されており、序盤だけでも「仕事」という言葉が頻出する。
千尋は理由を問う間もなく労働の世界に飛び込み、ボイラー室を仕切る釜爺や、同じく油屋で働くリンといった労働者の仲間に助けられながら仕事をこなしていく。そこでは「なぜ私たちは働くのか」という問いかけは許されない。
釜爺は、右も左も分からない千尋に「手ぇ出すんなら終いまでやれ」など、働き方も教えてくれる。ボイラー室で釜爺の手伝いをしているススワタリは『となりのトトロ』(1988) に登場した通称「まっくろくろすけ」と同じ生き物(妖精)である。ディズニープラスで配信された短編『禅 グローグーとマックロクロスケ』(2022) では「スター・ウォーズ」の人気キャラであるグローグーとも共演している。
湯屋を取り仕切る湯婆婆のもとへと到達した千尋は、湯屋で働くことを認められる一方で、「千尋」という名を「贅沢な名前」とされ、「千(せん)」という名前を与えられる。元の名前を忘れると元の世界には帰れなくなるといい、ハクはすでに元の名を忘れてしまったという。
名前は『千と千尋の神隠し』の主要なテーマになっていて、おそらく人間の不法投棄や環境汚染によって「名のある河の主」が腐れ神とされていたことも、名前を失くすと神ですら変容してしまうという現実が示されている。
この名前を通した二面性、二重性とも言えるテーマは、実は千尋、ハク、湯婆婆の3人ともに適用されている。千尋は「千」として労働に従事するが、10歳の子どもとして親の庇護の下で生きている世界に戻るには、「千尋」に戻らなければならない。けれど、千尋は千として客や上司、同僚と向き合い、労働の中で成長していく。
ハクは湯婆婆の弟子として働いており、公の場では千尋に対して冷たい態度を見せる。千尋がハクは二人いるのかと問うシーンが印象的だ。ハクは、本来ここでは客として扱われる神様としてのアイデンティティを失ってしまっている。
湯婆婆には姉の銭婆がいる。経営者の妹に対し、姉は片田舎で穏やかな暮らしを享受している。二人の名前についている「銭」と「湯」を合わせると「銭湯」になるのだが、銭婆は「二人で一人前」とも話しており、“仕事”と“家”を中心に置く二人の二面性は、本来は両方存在していなければならないと言っているようにも聞こえる。
千尋にとってもまた、子どもとしての千尋も、労働者としての千も大事なアイデンティティなのだろう。二者択一ではなく、変わっていくことだけが正解ではない、戻ること、帰るところも大事にするという、宮崎駿監督のメッセージが読み取れる。
『千と千尋の神隠し』ラストをネタバレ解説&考察
カオナシの正体は?
千尋は河の神を助けてダンゴをもらうが、竜の姿をしたハクが傷だらけで帰還した後、湯婆婆の部屋へと飛んでいくのを目撃する。湯婆婆の部屋に現れたのは姉の銭婆で、湯婆婆の息子の坊をネズミに、湯婆婆の使いである湯バードをハエドリに、3体の頭(かしら)を偽者の坊に変えてしまう。
ハクは湯婆婆の命令で魔女の契約に必要なハンコを銭婆から盗み出していたが、銭婆がハンコにかけたまじないによって重傷を負っていた。銭婆が消えた後、千尋は河の神にもらったダンゴを食べさせてハンコと虫を吐き出させる。
ハンコには銭婆の守りのまじないがかけられていたが、千尋が踏み潰した虫は湯婆婆が仕込んだものだが、役割は不明である。釜爺が虫を踏んだ千尋にするように言う「えんがちょ」とは、犬の糞など汚いものを踏んだりしたときに「縁」を「ちょんぎる」という子どもの習わしである。
千尋は意識を失ったハクを助けてもらうために銭婆にハンコを返しに行くことを決意。釜爺から電車の片道切符を受け取るのだが、帰りは歩くと言い、序盤では考えられなかったほどの強い姿を見せている。
そんな中、湯婆婆が対応に当たっていた客のカオナシが暴走。自分を油屋に招き入れた千を出すよう要求する。カオナシは神ではないと思われ、行く宛もなく佇んでいたところを千尋が湯屋に招き入れたことから千尋のストーカーになった。リンはカオナシのことを「バケモン」と呼んでいる。
他者を助けるというフェーズをクリアした千尋は、今度は悪意を持った他者を説き伏せるという仕事に挑む。いずれもケア労働だ。カオナシを外に誘き出すため、油屋を駆け巡る千尋の姿は、もはや冒頭の気だるそうな子どもの姿とは全く異なっている。ハクを助けたり、カオナシに対応したり、労働を通して他者と触れ合う中で、千尋は宮崎駿作品らしい主人公へと変化していくのだ。
千尋を追う中でカオナシは飲み込んだ従業員を吐き出していき、元の姿に戻っていく。カオナシの実態は空っぽで、ゆえに多くのものを取り入れるが、消化して栄養にすることはできない。手から出した金も偽物であり、空虚さと虚栄心の象徴のような存在だと考えられる。
ラストの意味は?
カオナシは脅威ではなくなり、千は電車に乗って銭婆の元へ向かう。謝罪という次のステップに挑戦するのだが、自分のためではなく、先輩のために上司の行いを謝罪するという点においてもポイントが高い。
銭婆の家は意外にアットホームで、千尋の謝罪を受けた銭婆は、なおもついてきたカオナシ、ネズミ、ハエドリと一緒に紫色の髪留めを作ってお守りとして千尋に贈る。カオナシは銭婆がお手伝いとして受け入れることに。行く宛がなく、神が集う湯屋で神のように振舞って暴走したカオナシは、ようやく居場所を得ることができたのだった。
目を覚ましたハクは千尋を迎えに行き、二人は空を飛んで油屋へと帰る。その途中で千尋は小さい頃に溺れた川がハクの正体であることに気がつき、その川の名前を「コハク川」だったと教えると、ハクは竜の姿が解け、自分の本名が「ニギハヤミコハクヌシ」であったことを思い出したのだった。
ハクは川の神様だったのである。ハクが幼い頃からちひろを知っていると言っていたのは、千尋がコハク川に溺れたときに、ハクが千尋を浅瀬に運んで助けたからだった。
ハクは坊を連れ戻すことを条件に千尋とその両親を解放する約束を湯婆婆に取り付けていた。湯婆婆は抵抗してどの豚が両親か言い当てるよう千尋に迫るも、千尋はそこに両親がいないことを見抜く。そうして、千尋は両親と元の世界に戻ることを許され、あのトンネルを通って帰っていく。
ラストシーンで千尋の顔のアップが多い理由は、銭婆からもらった紫色の髪留めを強調するためだと思われる。あの経験が夢ではなかったことを示すのは、この髪留めだけだ。髪留めは一度、光が反射したように輝き、最後にもう一度縛られた髪を照らすように光を放ち、千尋のお守りとして機能していることを示唆するのだった。
エンディングで流れる歌はあまりにも有名な木村弓 「いつも何度でも」。この曲は、元は宮崎駿監督が『踊る大捜査線 THE MOVIE』(1998) を観て現代の若者がリアルに表現されていることに衝撃を受けてボツにした映画企画『煙突描きのリン』のために作られた楽曲だった。
『千と千尋の神隠し』ネタバレ感想
唯一無二の魅力を持つ名作
映画『千と千尋の神隠し』は、久石譲の印象的な音楽と、安藤雅司&宮崎駿、そしてジブリと外部のアニメーターの総力を結集したアニメーション表現、声優陣の演技が見事にマッチした怪物級の名作映画だ。間違いなくこんな作品は二度と生まれないだろうと言い切れるほどの特異な魅力を持つ作品である。
かつては社会主義者で、東映動画時代には労働組合の書記長も務めた宮崎駿監督らしく、『千と千尋の神隠し』では、労働は前向きに、肯定的に描かれる。前作『もののけ姫』でも構成員皆が労働に従事する“たたら場”が描かれたが、『千と千尋の神隠し』では、労働は社会制度の一部というよりも、生きるための手段として、より根源的なものとして描かれる。
生の一部として労働を扱うからこそ、生における労働以外の側面の重要さも描かれる。千にとっての千尋、湯婆婆にとっての銭婆、ハクにとってのコハクの側面は決して捨ててはいけないもので、常に“忘却”の危機に晒されながら、最後には“労働を通した成長”のおかげで、その側面を取り戻すことができるのだ。
千尋のケア労働について考える
一方で千尋が担う仕事の多くがケア労働である点にも注目したい。千尋が従事するのは単純作業でも技術職でもなく、客や先輩、上司を気遣うことを求められる。その役割を担わされた主人公が、少年ではなく少女であることの意味についても考えたい。
『千と千尋の神隠し』は労働を肯定的に描く作品であるが故に、少女が劣悪な環境でケア労働に従事するという設定を無条件に肯定してしまう。カオナシのようなカスタマーハラスメントに対しては毅然と対応するものの、結局のところ、このストーカーを新しい居場所へ案内する役割まで当事者である千尋が担ってしまっている。
また、生と労働を結びつけたテーマ設定は、家庭内での無償のケア労働が当たり前のことだとされるような、ケア労働が賃労働と切り離されがちである現実とも融和性が高い。「とにかく生きるために、どんな仕事であれ一生懸命働いてみる」というメッセージ自体は否定しないが、ジェンダー論を踏まえた“生と労働”の関係の描き方は、次の世代のクリエイターが更新していくことに期待したい。
『千と千尋の神隠し』はBlu-rayが発売中。
サウンドトラックも発売中。
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