2008年公開の『崖の上のポニョ』
映画『崖の上のポニョ』(2008) は、宮崎駿にとって『ハウルの動く城』(2004) に続く作品。本作の公開後、宮崎駿監督の長編監督作品は2013年公開の『風立ちぬ』、2023年公開の『君たちはどう生きるか』のみとなっており、一定のスパンで宮崎駿作品が公開されていた時代の最終盤の作品とも言える。
『崖の上のポニョ』が公開された年、宮崎駿は67歳だった。2025年に84歳を迎えた宮崎駿監督は本作でどんな物語を描いたのか、ネタバレありで解説&考察し、感想を記していこう。以下の内容は結末までのネタバレを含むため、必ず本編を視聴してから読んでいただきたい。また、本作には津波に関する描写があり、本記事内でもそれに触れているのでご注意を。
以下の内容は、映画『崖の上のポニョ』の内容に関するネタバレを含みます。
Contents
『崖の上のポニョ』ネタバレ解説
海を描いた作品
映画『崖の上のポニョ』は、海沿いの小さな街を舞台としたコンパクトな物語でありながら、不思議かつハラハラする展開が続くスリリングな作品だ。ある日、宗介という名の少年は魚の女の子と出会い、地上で共に過ごすことになるが、ポニョの父であるフジモトに追われることになる。
次第にことは大きくなり、宗介の母でデイケアサービスセンター「ひまわりの家」で働くリサや、ひまわりの家の老人たち、宗介の父で船乗りの耕一、そして街の人々を巻き込んだ騒動に発展する。そのほとんどが海の中や迫り来る波といった水が関わるシーンになっている。
後にジブリで『借りぐらしのアリエッティ』(2010) と『思い出のマーニー』(2014) の監督を務め、スタジオポノックを設立した米林宏昌が手がけた『崖の上のポニョ』における水の表現は圧巻。アニメにおける水の表現をワンランクあげた作品と言っても過言ではないだろう。そして、海という存在は後で述べるように『崖の上のポニョ』の重要なテーマにもなっている。
『崖の上のポニョ』注目の声優陣
スタジオジブリではお馴染みの豪華声優陣も『崖の上のポニョ』の見どころの一つだ。特徴的な喋り方のポニョの声を演じたのは奈良柚莉愛。映画公開当時、ポニョと同じ5歳だった。2019年からは神月柚莉愛の名義で活動している。
宗介役の声優も当時5歳だった土井洋輝が演じた。土井洋輝は当時子役として活躍し、2008年公開の映画『ホームレス中学生』で幼少期の田村裕を演じたが、その後は芸能活動から退いている。
大人のキャラクターたちは、リサ役を山口智子、耕一役を長嶋一茂、フジモト役を所ジョージ、グランマンマーレ役を天海祐希と、著名な俳優・芸能人がズラリと並ぶ。なお、主題歌「崖の上のポニョ」を歌った大橋のぞみも「ひまわり園」の園児であるカレン役で本作に出演している。
死のモチーフ…?
映画『崖の上のポニョ』は、互いに「好き」という感情を抱いた宗介とポニョの間の絆と、リサを探しに出かける二人の冒険を描いているという意味ではポップな要素が並ぶ。ポニョの動きや喋り方といった愛らしさも相まって、宮崎駿監督が意識的に子どもも楽しめる作品として作った意図が見えるようでもある。
一方で、大人の視点で見ると『崖の上のポニョ』は常に死が隣り合わせにあるような緊張感のある作品でもある。宗介が海に入っていくシーンや迫り来る津波、眠って起きなくなるポニョ、海に沈んだひまわりの家、耕一が遭遇した「船の墓場」に至るまで、ほとんどのシーンに危なっかしさと死の匂いを感じるのだ(その中でも食事のシーンは安心と満足感を与える、分かりやすい例外となっている)。
『崖の上のポニョ』には、映画『千と千尋の神隠し』(2001) でも象徴的な場所だったトンネルも登場する。トンネルを抜けようとするとポニョの力がなくなっていき、人間の姿から魚の姿に戻ってしまうのだ。
宗介はこのトンネルで嫌がるポニョを押し切って母リサの元へ向かおうとする。トンネルは生と死の境界線といった単純なものではなく、何かを失ってでも何かを得たいかという選択を迫る場所として機能しているように思える。宗介はここで確かに変化と成長を経験しているのである。
このように、『崖の上のポニョ』はただ“死”を描くというより、“生と死”という対になるものを描いていると言える。宗介は冒険を経験して成長し、“魚の子”だったポニョは“人間の子”へと生まれ変わる。その過程において死は常に隣り合わせであり、安全圏に佇んだまま生まれ変わることなど有り得ないというメッセージを読み取ることができる。
『崖の上のポニョ』ラストを解説&考察
ポニョの魔法の力
映画『崖の上のポニョ』のラストでは、ポニョの母であるグランマンマーレが登場。ポニョは「海の母」であるグランマンマーレの娘であるが故に強い魔法の力を持っており、更には宗介の指の傷口を舐めたときに人間の血液が体内に入り、半魚人となっていた。
それに加え、ポニョはフジモトに捕まった後に浄化した海水を貯めていた「命の水」を溢れさせ、その水を浴びたことで人間に変身できるようになっていた。そしてポニョが人間になったことで、洪水が起き、人工衛星が落ち、月が地球に引き寄せられるという大混乱が引き起こされてしまう。ちなみに月が地球に近づくと月の引力によって潮が満ちるため、月の動きと洪水は関連があるものと考えられる。
フジモトはポニョが「世界に大穴を開けた」ことに焦っていたが、グランマンマーレはポニョを人間にして魔法を失わせるという解決策を提案する。ただし、その条件は宗介の気持ちが揺らがないこと。宗介がポニョを好きだという気持ちが試されることになるのだ。
ラストの意味は?
先のトンネルを抜けたところでポニョは魚の姿に戻ってしまい、フジモトが二人を連れていこうとするが、そこで二人を助けたのは憎まれ口ばかり叩いていたトキだった。トキは序盤で水を嫌がっていたが、このラストの場面では水を被りながらポニョと宗介を受け止めて守ったのだった。
実はトキはポニョを見た時にも「津波が来る」と発言しており、その予言は事実になった。なお、2007年に放送された『プロフェッショナル 仕事の流儀』では、トキのモデルは宮崎駿監督の母であるとされている。
フジモトが放った水魚に流されたポニョと宗介は、海にしずんだひまわり園に辿り着き、リサと再会。そしてグランマンマーレは宗介に、ポニョが魚だったこと、半魚人であったことを知りながら「好き」という気持ちが揺らがないこと、ポニョ自身が魔法を捨てて人間になるのを望んでいることを確認し、「世界の綻び」が閉じられたことを宣言、世界が元の姿を取り戻す。
世界は元に戻ったが、ひまわりの家の利用者たちが車椅子なしで走れるようになったことだけはそのままだ。耕一が船で帰還し、ポニョと宗介がキスを交わすと、グランマンマーレの予告通り、ポニョは人間の姿を手に入れて『崖の上のポニョ』は幕を閉じる。ポニョと宗介が望むものを得るために互いに覚悟を決めること、5歳での初めて経験が二人に新しい世界をもたらすことになったのだった。
『崖の上のポニョ』ネタバレ感想&考察
意外とシンプル?な物語
『崖の上のポニョ』は、耳に残る主題歌と子どもも楽しめるキャラクターや映像、“生と死”に“選択と成長”といったテーマが組み合わさった複雑な作品という印象を持つ。一方で、少女との出会いを通して変化を経験する少年の成長譚としては、グランマンマーレを通して描かれる母性神話も含めてオーソドックスなつくりではある。
この作風は『崖の上のポニョ』の19年後に公開された『君たちはどう生きるか』にも通じるところがあり、そこに宮崎駿という人物の作家性が宿っているとも言える。単純なようで難解であり、世界の話をしていながら個人の経験が根底にあるというのは、宮崎駿作品のクラシカルな特徴だ。
フジモトは何をしていた?
いくつか『崖の上のポニョ』の分かりづらい点を挙げると、①ポニョは何者だったのか、③フジモトは何をしていたのか、④グランマンマーレは誰なのか、という点だろうか。
まず、宗介に名前をもらったポニョは元の名を「ブリュンヒルデ」といい、グランマンマーレとフジモトの間に生まれた子どもである。他の小さな妹たちと比べると好奇心が強く、外に出て行ったことが宗介と出会うきっかけになった。ポニョが魔法を使えるのは、グランマンマーレの血を引いているからである。
フジモトが何をしていたのかということは、ともすれば最も疑問が残る点だ。フジモトは魔法使いだが、グランマンマーレは「海の母」であるため、フジモトは一人でポニョたちを育てている。その一方で、「海の時代」を到来させるために、「生命の水」と呼ばれる液体を井戸の中に溜め込んでいる。
フジモトによると、この井戸が溢れるくらいに「生命の水」が貯まれば「海の時代」がやってくるという。その液体は海の中の成分から作られるものであり、冒頭のシーンでは巨大なイカから成分を抜き取ったりしている。
ポニョが「生命の水」を浴びて魔法の力が強化されたことを考えれば、「生命の水」は海が持つ魔法=人間には理解も超克もできない強大な力を凝縮したものなのだろう。今や人間は開拓した海を支配しているように振る舞っているが、この未知の力が溢れれば再び「海の時代」がやってくる……フジモトの野望はそこにあったのだろう。
『崖の上のポニョ』の冒頭では、陸地に近い浅瀬の海中にゴミが大量に捨てられており、ポニョはそのゴミと共に人間の船の網にかかってしまう。一方でフジモトの住処の海底には様々な海の生物が行き来しており、それだけ海のエネルギーに溢れている。海への畏怖を失った人間社会と、そこから離れて「海の時代」を取り戻そうとするフジモトの住処は対照的に描かれているのだ。
フジモトの失敗は好奇心の強いポニョを引き止めようとしたことだった。自由を渇望する個人の志向や、互いに惹かれ合う気持ちは誰であれ止めることができるものではなく、ポニョは「生命の水」を溢れさせてしまった。フジモトは最終的に父としてポニョを引き留めておくことを諦め、宗介にポニョを託することで身を引いたのだった。
グランマンマーレの正体は?
ポニョの母であるグランマンマーレは、海と母の象徴として登場するキャラクターだ。「グラン・マーレ」はイタリア語で「偉大な海」を意味する言葉だが、これにイタリア語で「母」を意味する「マンマ」を組み合わせたグランマンマーレは、「偉大な母/海」という意味だと考えられる。
書籍『風の買える場所 続』(2013) で宮崎駿監督は、グランマンマーレの正体は巨大なアンコウであると語っている。アンコウを画面の中で描くにあたって、人間の姿に慣れて、大きさは自由自在という設定を採用したのだとか。アンコウはメスの方が身体が大きく、寿命も長い。小さなオスは大きなメスに寄生して生きる習性があり、グランマンマーレとフジモトの関係もその生態に基づいたものだったのだ。
宮崎駿作品、延いてはスタジオ・ジブリ作品の中でも屈指の不思議な作品として知られる『崖の上のポニョ』。皆さんはどう見られただろうか。
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