2012年公開の映画『おおかみこどもの雨と雪』
2012年に公開された映画『おおかみこどもの雨と雪』は、細田守監督の長編映画第4作目で、原作を持たないオリジナル長編としては第2作目にあたる作品だ。奥寺佐渡子と共に初めて細田守監督自身も脚本を手がけた映画でもある。
細田守監督作品としては『ONE PIECE THE MOVIE オマツリ男爵と秘密の島』(2005)、『時をかける少女』(2006)、『サマーウォーズ』(2009) に続く長編で、前作の2.5倍にあたる興行収入42.2億円というヒットを記録した作品でもある。今回は映画『おおかみこどもの雨と雪』について、ネタバレありで解説し、感想を記していこう。以下の内容は結末のネタバレを含むので、必ず本編を視聴してから読んでいただきたい。
以下の内容は、映画『おおかみこどもの雨と雪』の内容に関するネタバレを含みます。
Contents
『おおかみこどもの雨と雪』ネタバレ解説
子と母の物語
映画『おおかみこどもの雨と雪』は、大学生時代に“おおかみおとこ”の“彼”との出会いを経て、娘の雪と息子の雨を授かり、彼の死後に二人の子育てに奮闘する花の姿を描く物語だ。細田守監督の映画作品としては、『デジモンアドベンチャー ぼくらのウォーゲーム!』(2000) 以来初めて子どもを中心に置いているが、同時に母親に焦点を当てている点も特徴となっている。
“彼”は、現在では絶滅したとされるニホンオオカミの末裔で、オオカミと人間の間で自由に姿を変えることができた。だが、彼はある日川で亡くなっているところが発見され、花は一人で雪と雨を育てることになる。
彼が狼人間としてどのように育ったのかという知識を手に入れないままシングルマザーとなった花は、狼と人間の両方の顔を持つ子ども達の子育てに苦労する。結果、花たちは世間の目を気にせずに暮らせる、自然に囲まれた地域へ引っ越すことになる。
ジブリを想起するポイントも
『おおかみこどもの雨と雪』で自然の中を跳ね回る雪の姿は、『となりのトトロ』(1988) のメイのような、ジブリ的な活発な子ども像となっている。また、「そんな掘り方じゃダメだ!」と厳しくも一から畑の作り方を教えてくれる韮崎のおじいちゃんは、スタジオジブリの宮﨑駿監督のようでもある。
『おおかみこどもの雨と雪』の細田守監督はスタジオジブリの採用試験を受け、最終選考まで残ったことで知られる。その後、東映に入社して実績を積んだ後、2000年に『ハウルの動く城』の監督としてジブリに出向したが、2002年には細田守版の製作中止が発表され、宮﨑駿が新たに同作を作り直している。
また、韮崎役の声を演じた菅原文太はジブリの『千と千尋の神隠し』(2001) に釜爺役、『ゲド戦記』(2006) にハイタカ役で参加している。菅原文太は2014年に逝去し、『おおかみこどもの雨と雪』が遺作になった。
『おおかみこどもの雨と雪』の韮崎の存在は、かすかに細田守監督とスタジオジブリ、延いては宮﨑駿との関係を想起させるような存在になっている。
社会のふたつの顔
『おおかみこどもの雨と雪』では、韮崎の助けを得た花は、徐々に地域社会の人々に助けてもらえるようになり、生活の基盤を整えていく。猪の被害が出ない花の畑では野菜がよく採れ、おすそ分けを受けた地域の人々も花をありがたがるようになる。猪の被害が出ないのは好戦的な雪が猪を怖がらせていたからで、おすそ分けが出来たのは花が韮崎に言われた通りに自分たちが必要な分以上に畑を広く耕していたからである。
一方で、韮崎が花の面倒を見るようにと地域住民にけしかけていたことも明らかになる。ぶっきらぼうで不器用で、だけど弱い立場にある花を助けてくれるお爺さんの存在は、『おおかみこどもの雨と雪』では美談にはなっているが、サバイブするためにはその地域の長に認められることが求められる、家父長制の象徴的なエピソードでもある。
『おおかみこどもの雨と雪』のハイライトの一つは、雪の中を親子三人で駆け降りていくシーンだ。『バケモノの子』(2015)、『未来のミライ』(2018) でも細田守監督作品の劇伴を担当することになる高木正勝の音楽と映像の相性が抜群で、ここまでの苦しい展開からの解放に伴う爽快感をもたらすシーンになっている。
雪が小学校に上がると共に花は自然観察のボランティアを補佐する仕事に就く。“彼”の貯金を切り崩し、自給自足と地域の人々との互助で子育ての大変な時期を乗り切ったのである。一時的に仕事から離れ、周囲の協力を得てまた社会に戻っていくという展開は、キャリアを直線的なものとしない、理想的な生き方であるようにも思える。
先生と桃
『おおかみこどもの雨と雪』の語り部である雪に転機が訪れたのは、転校生の藤井草平と出会った時だった。草平に「獣臭い」と言われた雪は、おおかみこどもであることがバレるのを恐れ草平を避けていたが、ついに二人は取っ組み合いとなり、狼の爪を出した雪は草平に怪我をさせてしまう。
花は保護者として責任を問われ、自責の念に駆られた雪は引きこもってしまう。だが、草平が毎日雪のもとへ通うと、雪は再び学校へと戻っていったのだった。罪と赦しという人間的な営みを経て人間社会へ溶け込んでいく雪に対し、弟の雨は学校に行ったり行かなかったり。だが雨は、山で出会った野生の狐を「先生」と呼んで、森について教わっていたことが明らかになる。
ちなみに花が先生に挨拶に出向いた時に桃を持って行っているが、桃は細田守作品に共通して登場するモチーフの一つだ。これは桃が夏に採れる果物であり、細田守作品は夏休み公開が多かったこと、「桃源郷」という言葉に代表されるように、桃が異世界に通じる果物/植物であるという言い伝えがあることに依るものである。
『おおかみこどもの雨と雪』ラストをネタバレ解説
人間でも一匹狼
自然の知識や自然での生き方を身につけていく雨に対し、雪は雨に学校へ行くよう迫る。狼の姿で人を傷つけてしまった雪は、狼として生きようとしている雨を否定してしまったのである。
二人の初めての大喧嘩を経て、雨は狐の先生の死を前に山を守る役目を引き継ぐことを決意。大雨のある日、避難が進められる中で雨は自然を治めるために山へと向かう。それを追った花は遭難する一方、学校で花の迎えを待っていた雪も孤立することになる。
一方の草平も、母が新しい父との間に新しい子どもができ、迎えが来ない状態だった。二人は共に学校で一夜を過ごすことを決めると、草平は「一匹狼で生きていく」と覚悟を決める。そうして雪は、人間でも“一匹狼”で生きていかなければならないこともあるのだという現実を知ることになる。
そして雪もまた自分の秘密を明かし、草平に狼の姿を見せる。かつて狼姿の雪に引っ掻かれた草平は、以前から分かっていたことを明かし、雪の本当の姿を受け入れるのだった。このシーンは、雪が“彼”を受け入れた序盤の展開の反転となっている。
雪の父は長らく社会に出ることができず、花と出会うまでは、人間界にいながら文字通り一匹狼で生きていた。雪が小学生の時点で本当の姿を受け入れてくれる人と出会えたことは、今後の雪にとって大きな支えになるだろう。
ラストの意味は?
『おおかみこどもの雨と雪』のラストでは、雨を探した遭難した花は、代わりに亡き夫の“彼”の姿を見つける。そして彼は、雨はもう自分の世界を見つけたと花に伝えるのだった。雨は花を抱えて人里まで連れて降りると、山へと帰っていく時には完全に狼となった姿を見せる。
「まだ何もしてあげられていない」という親の想いを背に、雨は自然界へと姿を消し、雄叫びをあげる。それでも「しっかり生きて」と最後の言葉をかける花の姿は、子離れのプロセスを表現したものと読み取れる。
雨が山で生きていくことを決めた一方で、雪は中学校の寮に入り、雪もまた花から離れて人間社会で生きていくことに。子育てがひと段落して、大きな家でのんびりと過ごす花は、彼にお供え物をすると、山から聞こえる雨の雄叫びを耳にして、笑顔を見せて『おおかみこどもの雨と雪』は幕を閉じる。
エンディングで流れる曲はアン・サリー「おかあさんの唄」。細田守監督が作詞を、映画の劇伴を担当した高木正勝が作曲を担当した曲で、子を身篭り、生み、育てていく母の視点の歌詞が歌われている。
『おおかみこどもの雨と雪』ネタバレ感想&考察
母の物語…?
映画『おおかみこどもの雨と雪』は、人間社会で生きていくことを決めた雪を語り部として、花の13年間を描く作品だった。エンディングも母親視点の曲であり、懸命に子どもを育て、最後には子どもの意思を尊重して手を離す母の姿が描かれている。
この物語に共感し、感動する人も多いと思われるが、一方で『おおかみこどもの雨と雪』で描かれる花の姿や、主題歌「おかあさんの唄」で歌われる母親像は、細田守監督が理想とする母の姿、こうあってほしいという欲望が投影されたものである。
改めて本作を観てみると、本当の意味で韮崎の爺さんに逆らうことは許されなさそうだし、自由に生きていそうな草平の母のような母親像もありだなと思えてくる。細田守監督作品の特徴である大衆性は遺憾なく発揮されているものの、これが息苦しいと感じる人もいるだろう。花が父の思いを尊重して笑顔を絶やさないという設定も含め、どうしても“男性監督が描く良き母の物語”という押し付けがましさを感じてしまう。
『おおかみこどもの雨と雪』は作画や音楽演出が素晴らしいだけに、雪はそれによって花たちが押しつけられた苦しみは“漂白”されている。小学校に入ると“女の子らしく”振る舞うことを意識するようになり、人間社会に溶け込もうとする。これは社会が抱える課題だが、本作では社会の方が変化するという展開にはならない。あくまで個々人の成長と心情の変化によってハッピーエンドを迎えるのだ。
この辺りは自然と人間社会を対のものとして描いているがゆえに、社会を変えるということよりも、どちらの世界を選ぶかという二者択一になってしまうという事情もあるのだろう。その点も踏まえて、細田守作品の中でも特に本作は、社会よりも家族のようなより小さなコミュニティーに焦点を当てた作品だったと言える。
2025年11月21日には、細田守監督最新作『果てしなきスカーレット』が公開される。『おおかみこどもの雨と雪』から13年が経ち、細田守監督はどんな物語を描いたのか。こちらも注目だ。
細田守監督による小説版は角川文庫より発売中。
優によるコミカライズ版も発売中。
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