ヒップホップにしてSF——2年連続ヒューゴー賞ノミネートを果たしたヒップホップグループ “クリッピング” とは誰か | VG+ (バゴプラ)

ヒップホップにしてSF——2年連続ヒューゴー賞ノミネートを果たしたヒップホップグループ “クリッピング” とは誰か

via: clipping. Instagram

初掲:2018年10月2日

ヒューゴー賞に新たな衝撃

ヒューゴー賞授章式で注目を集めたある場面

今年も8月に授賞式が開催されたヒューゴー賞。ファンによって選ばれるSF最高賞の授賞式の舞台で、ひときわ異彩を放つシーンがあったことをご存知だろうか。短編映像部門の候補作品紹介のVTRにおいて流されたそれは、“映像”というよりも静止画であった。シンプルなEP盤のジャケット画像を背景にして流れてきたのは……ラップだ。そう、ヒューゴー賞短編映像部門にラップの曲がノミネートされていたのだ。

日本語では「映像部門」だが…

実は同部門は、日本では慣例的に「映像部門」と呼ばれているが、英語での本来のタイトルは「Best Dramatic Presentation」であり、映像だけでなく演劇やラジオドラマなども対象とされてきた。SFファンが「SFである」と認めた作品であれば、ノミネートされる可能性があるのだ。

ヒューゴー賞にノミネートされたヒップホップグループの正体

気の知れた三人が集まった“クリッピング”

そして、この曲「The Deep」を制作したのはクリッピング (clipping.)。2009年に結成されたロサンゼルスのヒップホップグループだ。メンバーは、ラッパーのダヴィード・ディグス、プロデューサーのウィリアム・ハットソン、ジョナサン・スニペスの三人からなる。ハットソンはディグスと同じ小学校に通っており、スニペスはディグスの大学時代のルームメイトという、互いに気の知れた三人組だ。

ディグスはトミー賞受賞俳優

ユダヤ人の母と黒人の父を持つダヴィード・ディグスはオークランド出身。ラッパーとしてだけでなく、俳優としても活躍しており、『ワンダー 君は太陽』(2017)には教師役で出演している。

2016年には、ミュージカル『ハミルトン』でトミー賞助演男優賞を受賞。トミー賞は米演劇界における最高賞とされており、『ハミルトン』は同年のトミー賞で13部門中11部門を制覇する偉業を成し遂げている。ディグスは、映画『ズートピア』(2016)の挿入歌でもラップを披露するなど、幅広い活動を見せている。

映画音楽を手がけるプロデューサー陣

プロデューサーのウィリアム・ハットソンとジョナサン・スニペスは、元々二人組の音楽プロデューサーユニットとして活動していた。スタンリー・キューブリック監督の『シャイニング』(1980)に隠された秘密を探る映画『ROOM237』(2012)の音楽などを手がけてきた。

三人で活動を開始したのは2009年。自主制作で発表したアルバム『Midcity』(2013)が意外な人気を呼び、『CLPPNG』(2014)で全米デビューを果たした。映画/演技の世界と音楽の世界を横断する活躍を見せている三人だが、なぜ彼らの楽曲がSF界に評価されることになったのだろうか。

ヒューゴー賞にノミネートされた作品は…?

アルバムとシングルでノミネート

実は、クリッピングがヒューゴー賞にノミネートされたのは、2018年が初めてではない。前年、2017年にはアルバム『Splendor & Misery』(2016)で、ヒューゴー賞の短編映像部門 (Best Dramatic Presentation Short Form) にノミネートされている。つまり、2017年にはアルバムで、2018年にはシングル曲で2年連続ヒューゴー賞ノミネートを果たしたのである。

スペースオペラ+歴史改変SF+ディストピアSF…!?

アルバム『Splendor & Misery』は、宇宙を舞台にしたコンセプトアルバムだ。アメリカで起きた南北戦争で奴隷制を支持する南軍が勝利した未来……という歴史改変SF+ディストピアSFとしての一面もあわせ持っている。同アルバムでは、“奴隷宇宙船”での奴隷たちの暴動から唯一生き延びた男性を主人公にした物語が描かれる。

宇宙船に搭載されたAIが感情を持ち主人公に恋をする展開は、スタンリー・キューブリック監督の『2001年宇宙の旅』(1968)を想起させる。SF作家、アーシュラ・K・ル=グウィンの小説に登場する“エクーメン”など、ヒップホップらしいSF作品からのサンプリングも随所に仕込まれている。

アルバム制作の裏側

そんな一冊の本のようなアルバムを作り上げた背景について、クリッピングのメンバーの一人であるウィリアム・ハットソンは、TOR.COM誌のインタビューに以下のように話している。

私たちは三人とも、ずっとSFに親しんできたんです。私が子どもの頃には、トールキン (J・R・R・トールキン、『指輪物語』(1954)の作者) を読んでいたし、そういうものはいつも大切な存在でした。母親はSFをたくさん読み聞かせてくれましたよ。

(中略)

(アルバム制作にあたって) ダヴィードがリリックを書き始める前に、複数の曲を構成するための一本の物語を作ることにしたんです。「もし南北戦争が違う風に決着していたら? それがSF世界に飛び出したら? もし奴隷達が歌っていた民謡が未来でも歌われ続けていたら?」、そんなアイデアをもとにして、短いストーリーを作り出しました。
それをダヴィードに渡して、ダヴィードがリリックを書き始めました。でもね、彼の言葉がすべてを変えたんです——暴動の生存者とAIのラブストーリーが付け加わえられていたんです。

by ウィリアム・ハットソン

アルバム『Splendor & Misery』につづられた小説や映画顔負けのストーリーは、SFに触れて育った三人がアイデアを出し合って作られたものだったのだ。旧知の仲である三人で共に作り上げた物語は、優れたSF作品として認められ、初のヒューゴー賞ノミネートを果たしたのだった。

シングル「The Deep」の魅力

舞台は海底…黒人史を元につづられた物語

2018年にヒューゴー賞ノミネートを果たした「The Deep」は、「Started from the bottom=どん底から始まった」というラインから始まる。「Started From The Bottom」は、著名なラッパーであるドレイクのヒット曲のタイトルとしても知られている。

貧困からスタートしたという個人史を語るドレイクに対し、クリッピングが「どん底から始まった」と語り始めるのは、黒人史だ。ダヴィードが演じるのは、奴隷船から海に捨てられた妊婦の黒人女性達の子孫。海底で独自の文明を築き上げた彼らは、海上の人間達の存在を知ることなく過ごしてきた——奴らが海底にまで侵略してくるまでは。

アフロ・フューチャリズム作品として高い評価

このプロットは、映画『ブラックパンサー 』(2018)でも話題となったアフロ・フューチャリズムの一種と捉えられ、SFファンから高い評価を受けた。アフロ・フューチャリズムは、アフリカの歴史や伝統の系譜の上に、より良い未来像を提示する作風の一つだ。

今回、ヒューゴー賞の受賞は逃したクリッピングだが、なんと、この「The Deep」は小説化されることが決定している。黒人女性SF作家のリバース・ソロモンがノベライズを担当する。SF作品に触れて育ってきた彼らが、音楽を通じてSF的なギミックを用いた表現活動を行い、それがSF界から称賛を受け、SF小説化が決定——“少し不思議”なお話である。

二年連続でヒップホップの楽曲がヒューゴー賞にノミネートされたこと、それ自体はSF界の懐の深さを表しているとも言える。だが何よりも、SFに触れて育った、気の知れた三人が純粋に表現した作品が、彼らと同様にSFを愛する人々に評価されたという事実もまた、忘れるべきではない。音楽業や俳優業で忙しい日々を過ごしながらも、仲間と“好きなこと”に取り組み、一つの到達点に達した彼らの姿から、学べることは多いのではないだろうか。

Source
TOR.COM / TOR.COM / NEW YORK POST

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