グラフィックノベル版『侍女の物語』の魅力を解説。“色”が伝えるマーガレット・アトウッドの警告 | VG+ (バゴプラ)

グラフィックノベル版『侍女の物語』の魅力を解説。“色”が伝えるマーガレット・アトウッドの警告

さまざまなメディアに展開された傑作SF『侍女の物語』

カナダの巨匠でノーベル文学賞の有力候補としてたびたび名前が挙がるマーガレット・アトウッド。彼女が1985年に発表し、いまなお色褪せることのないディストピアSF小説の傑作が『侍女の物語』(1990, 新潮社、2001, ハヤカワepi文庫) である。

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舞台は21世紀初頭のアメリカ、クーデターにより政権を奪取した独裁国家ギレアデ共和国。環境汚染などが原因とされる出生率の激減に対応するため、女性たちは仕事や財産を奪われ、子供のいない権力者のもとに「侍女」としてあてがわれる。子供を産むための道具「侍女」のひとり、オブフレッドが本作の主人公だ。

『侍女の物語』は、1990年にドイツのフォルカー・シュレンドルフ監督によって映画化、2017年にはHuluによりドラマ化されている。ドラマ版は2017年第69回エミー賞の主要部門を制覇し、2018年第75回ゴールデングローブ賞テレビドラマ部門で作品賞と主演女優賞を受賞しており、『ハンズメイド・テイル/侍女の物語』として現在シーズン3まで配信されている。2021年にはシーズン4がスタートする予定だ。

映画・ドラマと多メディアに展開された『侍女の物語』が、2019年にマーガレット・アトウッドと同じカナダのイラストレーターであるルネー・ノールトの手によりグラフィックノベル化された。発表されるや評判となり、2020年にはアメリカで最も権威のある漫画賞のひとつであるアイズナー賞や、カナダのSF文学賞であるオーロラ賞にもノミネートされている。そんなグラフィックノベル版の日本語訳が2020年9月17日に早川書房より発売された。

早川書房
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私もさっそくこの作品を読み、衝撃を受けた。当店、書肆喫茶moriのYoutubeチャンネルでも動画でご紹介しているので、よかったらご視聴いただきたい。

【YoutubeLive】海外マンガ紹介#26「『侍女の物語』グラフィックノベル版を読んで思ったことアレやコレや」

Youtubeライブを配信したときは、実は原作小説を読んでいなかった。だがその後、原作小説を読んで、この物語の奥深さに心を揺さぶられるとともに、グラフィックノベル化したルネー・ノールトの手腕に改めて感銘を受けた。

今回は、日本語版発売記念としてカナダ大使館主催で9月22日に開催されたオンライン・ライブドローイング・イベントでの作者ルネー・ノールトの言葉なども引用しながら、本グラフィックノベルの魅力について語っていきたい。

「赤」が鮮烈な、全ページアナログ水彩で描かれたグラフィックノベル

本グラフィックノベルを開いて、真っ先に目に入るのが「赤」の美しさだ。

作者ルネー・ノールトはこの色について「血の色であり、咲き誇る花の色」、そして「日本の神社でもよく見た色」と語る。何十本の赤のインクを使った、と言っていたように、この作品にはあらゆるところで「赤」が印象的に紙面を占める。加えて目に付くのが、妻が着るドレスの色の「青」、女中や兵士が身に付ける「緑」……。この世界には目に刺さるような原色が満ち溢れている。

一方、主人公が過去を回想するシーンでは、原色は鳴りを潜め、柔らかな輪郭線と色彩豊かな中間色が選ばれている。仕事をする、友だちと過ごす、恋人をつくる、という少し前には当たり前だった生活が、支配者に奪われた自由が、温かみのある筆致で描かれる。

このように鮮やかな対比で「過去」と「現在」とを明確に区別して描くことができるのは、グラフィックノベルならではといえよう。

「アート作品のようにしたい」という思いから、本書の制作には3年という月日をかけ、250ページ近い全ページをアナログの水彩で描いた。

オンラインイベントでルネー・ノールトは、すでに映画・ドラマ化されている『侍女の物語』をグラフィックノベル化するにあたって、ほかのメディアでは到達できない何かがあるのではないかと語った。それはグラフィックノベルの特長とも言える、「読書のようにパーソナルな経験をもたらしつつ、映画のようにビジュアルで強い影響を与えること」。そして一番の強みは「継ぎ目なしにシュールリアルとリアルをつなげていける」ことだと言う。

その言葉どおり、原色と中間色という彩色に工夫を凝らし、読者が混乱しないようにしながらも、私たちの現在の生活に近いリアルな「過去」と、シュールなディストピア世界である「現在」をシームレスに繋いでいく。

主人公が思いつくままに「現在」と「過去」を語っていく原作小説の魅力をそのままに活かしながらも、視覚的に同一ページで表現されることで、「現在」から「過去」へ、そして「過去」から「現在」へと急激に脳がスライドされる。「現在」と「過去」を行き来する主人公の思考をそのままなぞるような、特異な感覚に襲われる。

なお、作者のウェブサイトで試し読みができる。こちらもぜひご覧いただきたい。

Renee Nault ウェブサイト

『侍女の物語』で描かれる警告。グラフィックノベルで多くの方の元に。

グラフィックノベル版は原作小説と同じく全15章プラス「歴史的背景に関する注釈」という構成を踏襲しながらも、エピソードの順番を入れ替えたり、原作には描かれなかったシーンを敢えて描いたりと、独自の編集が施されている。文庫版で500ページに及ぶ原作小説のエッセンスを抽出しながら、その魅力をビジュアルを駆使しながら最大限に表現している。

原作小説に手を出すのはハードルが高い、という方にもぜひおすすめしたい作品である。

作者ルネー・ノールトはイベントでこう話していた。

この小説が訴えている警告を、これまで小説を手に取ることがなかった新しい読者にグラフィックノベルを通じて知ってもらいたい。グラフィックノベル版が世界中で愛され、多くの若い人々がファンになってくれているのが嬉しい。

日本社会でも少子高齢化と言われて久しい。そんななかで、子供を産むことを「生産性」という言葉で表現し、あたかも女性が子供を産む道具かのような発言をする人もしばしば見受けられる。『侍女の物語』で語られる世界、ギレアデ共和国の支配者たちと同じような思考は、決して遠い国の遠い未来のはなしではなく、すぐそばで起こりうるかもしれないものだ。

『侍女の物語 グラフィックノベル版』は10言語以上での翻訳が決定されているという。

日本で紹介される海外マンガの数がまだ少ないなか、この作品を日本語で読むことができる喜びをかみしめつつ、これまで原作を読んだことのない多くの若者の手に届くことを切に願う。

そしてグラフィックノベル版を読んで『侍女の物語』の世界に興味を持たれた方は、ぜひ原作小説を読んでみていただきたい。言葉のみの世界である小説ならではの、ときにシニカルでエッジの効いた表現によって、グラフィックノベル版とは一味違った主人公オブフレッドの心情が垣間見れるだろう。

また、原作小説や映画・ドラマでこの作品を知っている方にとっても、このグラフィックノベルはじゅうぶんに新しい体験をもたらしてくれると思う。

ルネー・ノールトの『侍女の物語 グラフィックノベル版』は早川書房より発売中。

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マーガレット・アトウッドによる原作小説『侍女の物語』はハヤカワepi文庫から発売中。

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森﨑 雅世

大阪・谷町六丁目にある海外コミックスのブックカフェ書肆喫茶moriの店主。海外のマンガに関する情報をTwitter、Instagram、Youtube、noteなどで発信しています。
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