直視するしかない光、想像が増殖する暗闇……時代を超えた不安をあぶりだす、映画『落下音』感想レビュー | VG+ (バゴプラ)

直視するしかない光、想像が増殖する暗闇……時代を超えた不安をあぶりだす、映画『落下音』感想レビュー

直視するしかない光、想像が増殖する暗闇……時代を超えた不安をあぶりだす、映画『落下音』感想レビュー

北ドイツの光は淡い。春から夏至の前後の一時期をのぞいて雨や曇りの日が多く、高緯度地帯はいわゆる「薄明」の時間が長いので、世界はいつでもぼんやりと明るく拡散した光に包まれている。晴れているときも、例えば東京のように太陽がぎらつくことはなく、いつでもほんの少し露出が高すぎるかのように白い。薄暗い家のなかから窓の外を見るとき、その光は際立つ。映画『落下音』の中で、恐ろしいことは、いつでも明るさのなかで起きる。

2025年カンヌ映画祭で審査員賞に輝いた、ドイツの新人監督マーシャ・シリンスキによる映画『落下音』は、北ドイツのとある農場を舞台に、そこに暮らす人々を4世代にわたる長いスパンで描いた映画である。それぞれの世代に、それぞれ視点人物に近い役割を担う、4人の少女がいる。

 

1910年代の大家族の一員である幼いアルマ、アルマの姪(明示されてはいないが、娘の可能性もある)で第二次世界大戦中を生きるエリカ、エリカの姪で、東ドイツとなった国に暮らすアンジェリカ、そして2020年代、長らく廃墟であった農場に家族と共に越してきた少女、レンカ。100年以上の年月をかけて、時代につれて変化する言葉や生活、あるいは家族の形を描きながら、それぞれの少女たちがアイデンティティを揺らがせ、生と性と死に惹かれていくさまを描く作品だ。

ネタバレ注意
以下の内容は、映画『落下音』の内容に関するネタバレを含みます。

太陽を直視したように焼きつく死と暴力

『落下音』のドイツ語の原題は“In die Sonne schein”という。「太陽を直視する」という意味である。死や直接的な暴力のうちいくつかは昼の明るさのさなかに発生する。徴兵を恐れる両親によって納屋の2階から突き落とされるアルマの兄フリッツや、メイドとして他の家に売られていく道中で自ら荷車から落ちる姉レア。呼んですぐ来ないからと父親に殴られながらも不敵な笑みを浮かべるエリカ。子鹿の死骸と共にコンバインに轢かれることを夢想するアンジェリカ。川遊びをしていて、水中で友人を見失うレンカと、ひとり川に転がり落ちる想像をする妹ネリー。

 

暗い室内のシーンが多い『落下音』において、これらは昼日中の出来事である。随所に、太陽の暈のようなゆれる光の映像がインサートされる。目が眩んで何も見えなくなるような強い光は登場しないが、見てしまった以上言い逃れ不可能な光によって、記憶にこびりつくようなシーンが描かれる。

4人の少女はしばしば映画の観客と「目が合う」。カメラが三人称の視点であるはずの場面で、少女たちがレンズの方向をまっすぐに見据えるのだ。カメラの位置が移動すると少女たちは頭の向きを変え、怯えたり動揺したりすることもなく、まるで何かを覗き込むかのようにその視線はブレない。「この場を、私を直視せよ」と訴えかけるような瞳。観客は不気味さや居心地の悪さを感じながらも、受けてしまった以上、彼女たちの視線を見返し見届けるしかない。

 

この視線と対照的なのが、アルマの姉レアの死後写真を撮るときの視線である。死後写真とは、19世紀から20世紀初頭にかけて流行した風習で、とくに子どもや若者が亡くなったとき、遺体を綺麗に着飾らせてまるで生きているかのようにしつらえ、家族写真をとる、というものである。死んだレアは瞼を縫い留められ、目を開かされて写真に映る。4人の少女たちの物言いたげな瞳とは対照的な、もう何をもまっすぐ見つめることのない、光をうしなったうつろな瞳。死そのものは、何を見届けることも要請しない。

薄闇のなかでは何でも起こり得る

反対に、屋内や薄暮のなかで、描かれないさまざまなことが起きている。現代よりも簡単に子どもが死に、身分によって女が道具として扱われた20世紀初頭に生きるアルマが、幼くしてさまざまな暴力を目撃しているであろうことは想像にかたくない。

第二次大戦を生きるエリカはソ連軍到達の噂(実際、本作の舞台であるアルトマルク地方は独ソ戦におけるソ連軍の進路であった)を聞く。その後起こる集団入水から生き残った、エリカの姉のトラウマ。東ドイツの小さなコミュニティで、叔父との関係について不穏な噂を立てられているアンジェリカがことさらセクシーに振る舞い、あまつさえ親戚の集まりで従兄弟を卑猥にからかうシーンは痛々しい。そして現代、レンカの物語の陰で妹のネリーは静かに孤独を深めている。この家の歴史を見届けている私たちは、薄暗いところで起きたことを、思う存分想像することができてしまう。

155分の残像

北ドイツの光は白い。光から逃げおおせることは誰にもできない。『落下音』の淡い明るさのなかでは、そこに繰り広げられる光景を、あるがままに直視するしかない。一方で、薄闇のなかで匂わされた断片からは、恐ろしい想像が増殖する。目を逸らすことも、想像をやめることもできない。太陽を直視してしまった後の残像のような余韻、この155分間に目撃してしまったものを、私たちはそのまま抱え込まされるのだ。

※映画『落下音』は、2025年のエルサレム国際映画祭のインターナショナル部門に出品された。同映画祭ではパレスチナでイスラエルが行っている虐殺と深刻な人権侵害について具体的な意見を表明していない。マーシャ・シリンスキー監督本人も意見を表明していないが、この映画のレビューはパレスチナで行われている虐殺を擁護・肯定、あるいは無視する意図で書かれたものではない。

映画『落下音』は、2025年4月3日(金)より新宿ピカデリーほか全国で公開中。

『落下音』公式

監督・脚本:マーシャ・シリンスキ
出演:ハンナ・ヘクト、レア・ドリンダ、レーナ・ウルツェンドフスキー、レーニ・ガイゼラー
配給:NOROSHI 英題:SOUND OF FALLING
©️Fabian Gamper – Studio Zentral
|2025年|ドイツ|

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堀川夢

1993年北海道出身。編集者、ライター。得意分野は海外文学。「岸谷薄荷」名義で翻訳・創作も行なう。フェミニスト。

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