黒島結菜の新境地となった映画『夏目アラタの結婚』
ボロボロの歯に、肥満体系の特殊メイクなど俳優の黒島結菜の新境地をひらくことになった映画『夏目アラタの結婚』が2024年9月6日（金）に全国の劇場で公開された。黒島結菜は連続殺人犯の品川真珠を演じるにあたり、映画『夏目アラタの結婚』で様々なことに挑戦しているが、その中でも印象的なのがボロボロの歯だ。
本記事では、なぜ映画『夏目アラタの結婚』で歯が印象的に描かれているのかについて、解説と考察を述べていこう。なお、以下の内容は映画『夏目アラタの結婚』の重大なネタバレを含むため、劇場で本編鑑賞後に読んでいただきたい。
実写映画『夏目アラタの結婚』で重要視された“歯”
映画『夏目アラタの結婚』で原作者の乃木坂太郎が重要視していたのが、品川真珠の歯をどのように演出するかだ。品川真珠の歯は虫歯でボロボロになっており、乱杭歯という言葉が似合うように歯並びも悪い。
乃木坂太郎は品川真珠の虫歯だらけの歯を実写化でどのように演出するのか、そして乱杭歯になっても良い俳優がいるのか心配したとのことだ。それらの問題を、品川真珠を演じた黒島結菜は特製のマウスピースで解決した。
撮影の５か月前から何個も試作品が作られた品川真珠用のマウスピースは、黒島結菜が話しづらくならないようにしつつ、それでいて出っ歯にならないように気を付けられたとのことだ。そのマウスピースを付けた時の印象として、黒島結菜は「自分じゃないみたい」とパンフレットのインタビューで語っている。
なぜボロボロの歯がキーワードになったのか
品川真珠の歯並びは映画『夏目アラタの結婚』で最も重要な設定の一つだ。映画『夏目アラタの結婚』で品川真珠の母親の品川環は第一子を死なせてしまい、第二子を第一子と偽って育てたことが明らかになっている。その偽装工作により、品川真珠は幼少期より年齢を２歳も偽って生活してきた。
年齢を偽装し続けるため、品川環は高カロリーな食事を与えて品川真珠を肥満にさせることで身体の成長を誤魔化していた。そして、戸籍上の記録と身体的な特徴を隠すために行なったのが歯の治療を一切しないということだった。
歯の治療を受けずに育った子どもを演出するため、品川真珠を演じるにあたってマウスピースは必須だったのである。それでは、なぜ品川環は歯の治療記録をここまで気にしたのだろうか。それには歯科医が時に警察に協力するほどの個人情報を持っていることが関係している。
警察歯科医会という組織
日本には警察歯科医会という組織が存在している。警察歯科医は遺体が腐敗しても歯は長く残る特徴を利用する職業で、歯の治療痕や成長具合でこの遺体が誰なのかを明らかにする仕事である。歯は人間の身体の中で、最も硬度に優れ、高温にも耐えうる組織なのだ。
歯の数は乳歯で20本、永久歯は32本あり、すべての歯の状態が近似しているケースは極めて少ないため、身元確認をしやすいのである。それにより、大規模な災害などでも歯を確認することで遺体の身元を特定することができる。
警察からの依頼を受け、身元不明の遺体の歯や口の中の状態から本人を特定する鑑定を歯牙鑑定と呼ぶ。歯牙鑑定は年間2,000件ほど行なわれており、各都道府県には警察歯科医会が存在しており、歯牙鑑定の重要性はどんどん大きくなっていると言われている。ちなみに、歯牙鑑定は以下の順序で行なわれる。
- 警察が身元不明遺体を発見する。
- 警察歯科医に出動要請が入る。
- 身元不明遺体のデンタルチャートの作成、レントゲンと写真の撮影をする。
- 推定年齢、性別、居住地域などの身元を絞り込む。
- 該当しそうな地域に身元不明遺体の歯牙鑑定の照会をする。
- 提出された治療記録とデンタルチャートとレントゲンを照合する。
- 鑑定書を作成する。
ボロボロの歯が示す品川真珠のSOS
警察歯科医の歯牙鑑定からもわかる通り、歯を詳しく検査すれば推定年齢などは明らかになるのである。歯牙鑑定による推定年齢については映画『夏目アラタの結婚』でも語られていたが、乳歯から永久歯への生え変わりの時期となるとなおさら年齢ははっきりと明らかになってしまう。
乳歯から永久歯への生え変わりから、２歳分の年齢を誤魔化すために品川真珠は幼少期より歯科医での治療を受けさせてもらえず、口腔崩壊を起こしてしまったと考察できる。前述のように歯の治療記録は身元不明遺体、俗に言う“無縁仏”の正体を明らかにすることのできる数少ない手段の一つだ。
戸籍上存在しない品川環の第二子の品川真珠にとって、歯科治療を受けさせてもらえないことは社会との断絶を意味していたとも考察できる。口腔崩壊を起こしてしまった品川真珠は歯科治療という点でも社会から隔絶されてしまったのである。
映画『夏目アラタの結婚』で特徴的な要素として描かれている品川真珠の歯。そのボロボロの乱杭歯は品川真珠が社会と適切な関係を持たせてもらえず、孤立した存在だったことを証明していたのかもしれない。
品川真珠が歯を見せて笑っているとき、それは品川真珠からのSOSのメッセージも含まれていたのかもしれない。映画『夏目アラタの結婚』は単純な連続殺人犯との駆け引きだけではなく、社会から孤立した児童の姿も描いた作品だったと考えられる。
映画『夏目アラタの結婚』は2024年9月6日（金）より全国の劇場で公開。
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