ネタバレ解説&感想『ミッキー17』ラストの意味は? ポン・ジュノ監督が込めたメッセージを考察 | VG+ (バゴプラ)

ネタバレ解説&感想『ミッキー17』ラストの意味は? ポン・ジュノ監督が込めたメッセージを考察

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映画『ミッキー17』公開

エドワード・アシュトンの小説をベースにした映画『ミッキー17』が2025年3月28日(金) より日本で公開されている。映画『パラサイト 半地下の家族』(2019) で第92回アカデミー賞®作品賞、監督賞、脚本賞、国際長編映画賞の4部門を受賞したポン・ジュノ監督の最新作として注目を集めている。

『ミッキー17』には、『ザ・バットマン』(2022) のロバート・パティンソン、MCUでハルク子とブルース・バナーを演じるマーク・ラファロら豪華キャストが出演。『スノーピアサー』(2013)、『オクジャ/okja』(2017) に続く英語作品として公開された。

今回は、映画『ミッキー17』のラストの展開について、ネタバレありで解説&考察していこう。以下の内容は結末に関する重大なネタバレを含むため、必ず劇場で本編を鑑賞してから読んでいただきたい。

ネタバレ注意
以下の内容は、映画『ミッキー17』の結末に関するネタバレを含みます。

映画『ミッキー17』ネタバレ解説

ミッキーの罪悪感と勤勉さ

映画『ミッキー17』では、ロバート・パティンソン演じる主人公ミッキー・バーンズが新たな惑星を目指す入植船の“使い捨て労働者”に志願。ミッキーは地球で借金取りに追われる生活を送っており、なんとか一発逆転を目指して宇宙に飛び出したのだ。

そこでミッキーはナオミ・アッキー演じるナーシャと恋に落ち、一面的には幸せを掴む。しかし、ミッキーは使い捨て労働者としての仕事を果たさなければならず、治験や船外に出ての活動で命を落としながら、翌朝には記憶を引き継いだ新たな身体が“プリントアウト”されるという日々を過ごしていた。

ミッキーをそこに押し留めるのは幼少の頃の記憶だ。母と車に乗っていた時、ミッキーは車内の“押してはいけない”ボタンを押してしまい、それが原因でミッキーの母は事故死してしまっていた。「自分は罪を背負っている」「酷い目にあってもしょうがない」という罪悪感と自罰感情が、ミッキーの根底には存在しているのだ。

一方、マーク・ラファロ演じるケネス・マーシャルはこの植民船の指導者で、地球では落選した議員だったが、この船の中では熱狂的な支持者達に支えられている。ケネス・マーシャルは米国のドナルド・トランプ大統領を思わせる振る舞いで労働者に餌をチラつかせて鼓舞し、植民惑星を目指す。

ケネス・マーシャルの背後には巨大な宗教団体がついており、今回のプロジェクトの資金もその教団から出ているようだ。だがマーシャルは「教会」を「会社/企業」と言い直すなど、その事実に後ろめたさを抱いている様子を見せている。

労働者をこき使って一部の豊かな者がより豊かになっていくという資本主義と、宗教と政治の結びつき、そして、労働者であるミッキーが抱える罪悪感。この設定は、プロテスタンティズム(カトリックから分離した新しいキリスト教の教義)と資本主義が結びつき、資本主義が発展したというマックス・ヴェーバーの理論をベースに置いたものだろう。

資本主義を発展させるために求められるのは勤勉さで、プロテスタントの禁欲的な教義と行動規範はそれと合致した。資本を蓄積して豊かになるという資本主義の目的は、底辺の労働者達の勤労によって達成されるものだが、労働者たちがミッキーのように志願して資本家に従属する自主性が重要になる。資本家と労働者は同じ目的を持っているようでいて、実際には労働者の“内心”を利用した搾取の構造の中にあるのだ。

欲望という原動力

しかし、ミッキーにはそれにあらがえる要素がもたらされる。ミッキーは、ナーシャと一緒にいる時には自分の欲望を解放することができる。宇宙船の中では性交渉にも制限が設けられているが、ナーシャとミッキーはそのルールに従っている様子はない。

階級社会、資本主義の構造にあらがうのが欲望という視点は、実は突飛なものではない。欲望はお金が欲しいといった類のものだけでないからだ。誰かを助けたい、誰かと一緒にいたい、誰かを愛したいという類の欲望は、“善い行い”の原動力にもなる。

ジャパンプレミアでのインタビューで、ポン・ジュノ監督はバゴプラに以下のように話している。

『ミッキー17』は主人公ミッキーの物語で、極限の状況で様々な困難に見舞われますが、愛の力によって彼は生き残ります。この作品はラブストーリーなんです。SFでもあるけど、ラブストーリーであるということに注目していただけたら嬉しいです。

ポン・ジュノ監督が『ミッキー17』で描いたのはラブストーリーであり、ナーシャの存在が大きかったのだということが分かる。ミッキーは、自分の死の間際にいつもそばにいたのはナーシャだったことを思い出す。自尊心を削られ自罰感情に飲み込まれたミッキーが立ち上がることができたのは、ナーシャのお陰だ。

もちろんミッキーとナーシャだけでなく、ミッキー17号と18号、先住民であるクリーパーの間の愛も、ミッキーを解放する要素になったことは確かだ。そして、①ミッキー17号が死んだかに思われたがクリーパーに助けられたこと、②17号が死んだと思われて死ぬ前に18号がプリントアウトされたこと——この二つの“バグ”の発生が加わり、ミッキーはドン底生活を強いるシステムから脱出する機会に巡り合う。

『ミッキー17』ラストをネタバレ解説

虐殺に加担した勤勉さ

映画『ミッキー17』のクライマックスでは、クリーパーが知能のある生物であったことが分かる。赤ちゃんクリーパーのルコを殺されたクリーパーのリーダー・ママクリーパーは、捕えられているゾコの解放を求めて宇宙船を包囲。一方でケネス・マーシャルは毒ガスを使ってクリーパーを一掃しようとしていた。

実は、ミッキーが16号まで受けていた実験は、この毒ガスを作るための人体実験だった。マーシャルらが“使い捨て労働者”を必要とした理由は、人権を無視して生物兵器の開発を効率的に進めるためだったのである。

労働者の勤勉さが虐殺に加担するというのは、現実にも起こることだ。工場で勤勉に働いていても、そこで作られた部品が他国の兵器に利用されているかもしれないし、働いている企業があげた収益で戦争を進める国を支援しているかもしれない。自身の従順さが他者への暴力に繋がるということを示す優れた伏線回収だ。

労働者と先住民の連帯、そしてケジメ

『ミッキー17』のハイライトの一つは、ナーシャがマーシャルに怒りをぶちまけるシーンだ。ナーシャは、この惑星の先住民であるクリーパー達はマーシャル達が来るまでは自由だった、そしてミッキーもまた“ただのミッキー”でいられたと指摘する。

ここでミッキー=労働者と、クリーパー=先住民は、同じように権力者によって抑圧されているという構図が示される。『スノーピアサー』や『パラサイト 半地下の家族』では格差社会をテーマにしてきたポン・ジュノ監督だが、『ミッキー17』では、共に抑圧されている労働者と先住民が連帯できる可能性を示している。

マーシャルは、ミッキー17号と18号に爆弾のベストを着せて、クリーパーの尻尾集め競争を行うよう指示。二人のミッキーはママクリーパーと翻訳機を使って対話するが、ママクリーパーはゾコの解放と共に殺されたルコの分として人間の犠牲を要求する。この展開には、マジョリティ側の言い分で罪が許されるわけではない、というポン・ジュノ監督のシビアな視点が窺える。

“使い捨て”ではない“自己犠牲”

マーシャルはカメラを従えて戦場へと自ら出動。ママクリーパーへの攻撃を試みるが、団結してママクリーパーを隠すクリーパーの戦術に翻弄される。ナーシャの方は、セキュリティーと協力してマーシャルの妻イルファを逮捕し、ゾコの解放に成功するのだった。

兵器を作り出してしまった科学者が作った翻訳機でクリーパーと対話し、マーシャル側のセキュリティーが寝返る展開は、革命は様々な人間の力で成就するものだということを示している。革命は一人の英雄によって成し遂げられるものではないのだ。

そしてミッキー18号は、マーシャルと共に自爆。最後の最後で「17」のスイッチを押せば自分は生き延びることが出来ただろうが、ミッキー18号はそうしなかった。その行動の理由は、17号と同じように18号にもナーシャへの愛があったからかもしれない。

だから、最後のミッキー18号の行動は“使い捨て”ではなく“自己犠牲”なのだ。同じ死でも、誰かに強いられて利用されるのではない、誰かのために自ら選んだ意義のある死。そうしてミッキー18号は使い捨ての輪廻を止めたのだった。

ラストの意味は?

映画『ミッキー17』のラストでは、マーシャル陣営は逮捕されることに。人類とクリーパーは共存し、ママクリーパーが声で人間の頭を破裂させられるという脅しはハッタリだったことが分かる。クリーパーは軍事力によって勝ったのではなく、その賢さで勝利できたのだ。

ナーシャは入植グループの新たなリーダーとなり、使い捨て労働者をプリントアウトするエクスペンダブルズ計画を終わらせるため、プリント装置を爆破することを決める。一方でミッキーは、マーシャルがプリントアウトされて帰ってくるという夢を見るが、ミッキーはそれを払拭してプリント装置の爆破を決行する。

ミッキーは長年苦しんできた母に対する罪悪感を乗り越えて、自分は「幸せになってもいい」という結論に辿り着いた。不当な扱いを“罰”だと受け入れてきた人生に終止符を打ったのである。そうして、ミッキー17号はただ一人のミッキー・バーンズとなったのだった。

『ミッキー17』ネタバレ感想&考察

時代に刺さる普遍的な物語

映画『ミッキー17』は、ポン・ジュノ監督の言う通り「ラブストーリー」だと捉えることができる。抑圧・支配といった資本主義と植民地主義の理論を乗り越える力として、“愛”が提示されているのだ。

ポン・ジュノ監督はプロダクションノートで「政治的なレイヤーを意図的に加えたわけではない」と語っており、バゴプラの取材にも「シナリオを書いたのは2021年、撮影したのは2022年でしたが、ちょうど公開されている今に重なる部分がある気がして不思議な気持ちになっています」と答えた。

一方で、プロダクションノートによると、マーク・ラファロは「この映画は、植民地主義、階級制度、人間性の喪失、優越意識、宗教と国家の融合といった大きなテーマを扱っていますが、それを辛辣な風刺として描いています」と語っている。ポン・ジュノ監督自身も、マーク・ラファロが演じた独裁者マーシャルについては「私たちが生きている時代に示唆するものがあると思います」と話した。

『ミッキー17』は、確かに2025年春現在の世界情勢を映し出すような作品になっているが、それはポン・ジュノ監督の作り出すストーリーに時代を超えて通用するメッセージ性がナチュラルに散りばめられているからだろう。

例えば、『ミッキー17』で描かれる植民地主義もその一つだ。そこでは、朝鮮が日本に植民地支配を受けた過去を含む様々な土地の歴史と、イスラエルがパレスチナへの侵略を続けている現状の両方が射程に収められている。

イスラエルによるジェノサイドに沈黙する人が多いハリウッドの中でも、『ミッキー17』ではパレスチナ支援の姿勢を明確にしているマーク・ラファロが起用された。一方で、マーク・ラファロは以前から銃規制や、トランスジェンダーの人々を含むセクシュアルマイノリティ支援などにも積極的に取り組んでいる。

ここから読み取れることは、ワンイシューではない普遍的な人権意識、広い視野を持ったストーリーテリングとキャスティング力が現在のポン・ジュノ監督の強みだということだ。

2019年に公開された日本の『天気の子』、米国の『ジョーカー』、そして韓国の『パラサイト 半地下の家族』は、いずれも貧困を扱っており、印象的な要素だった「雨」や「地下」といった共通点も指摘された。違う場所から同じテーマの作品が生まれるのは、ツァイトガイスト(時代精神)の表れだと当時は評価されたが、ポン・ジュノ監督の時代に先駆けた物語を作る力が発揮された結果だと考えることもできる。

『ミッキー17』の楽しみ方

『ミッキー17』には欠点がなかったわけではない。最後にはハッピーエンドが待っていて、苦しい状況こそ笑いに変えるようなコミカルな展開の連続には、本作をエンタメ作品としてより広く届けようという意識が感じられた。だが、吉本新喜劇のようなドタバタ劇と、作品に散りばめられた幅広いメッセージの食い合わせが意外と良くない場面もあり、まとまりに欠ける箇所も散見された。

それでも、旅がヘビーなりすぎないように、寄り道をしながら目的地まで連れて行くという方法論は理解できる。何度か観て回収したいのはマーク・ラファロが挙げたいくつものメッセージ性の方で、エンタメとしての魅力を入り口に、ストーリーに幾重に張り巡らされた要素を確認していくというのが本作の楽しみ方なのかもしれない。

『ミッキー17』では、ナーシャ役のナオミ・アッキーの演技も見事だった。また、ロバート・パティンソンの明るい演技が観れたことは、それだけでも価値があった。『ザ・バットマン -THE BATMAN-』(2022) では苦悩するブルース・ウェインを演じたパンティンソンだったが、これまでとは一味違う演技を見せてくれた。

ゆえに、ミッキー同士のロマンスも見てみたかったと思うのはわがままが過ぎるだろうか。また、どうやらバイセクシュアルらしいカイの活躍をもう少し見てみたかった。レプリゼンテーションがテーマではなく自然に描かれるということも重要なのだとは思うが、続編が作られるならその辺りの展開にも期待したい。

ポン・ジュノ監督の新たな代表作になったと言える映画『ミッキー17』。劇場で公開されている間に、何度でも楽しもう。

ポン・ジュノ監督最新作『ミッキー17』は2025年3月28日(金)大ヒット上映中。4D/Dolby Cinema🄬/ScreenX/IMAX🄬 同時公開。

映画『ミッキー17』公式

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ジャパンプレミアでポン・ジュノ監督が語った本作のテーマはこちらの記事で。

ポン・ジュノ監督が明かした『ミッキー17』へのスタジオジブリからの影響についてはこちらから。

クライマックスシーンを描いたポン・ジュノ監督直筆の絵コンテはこちらから。

 

ポン・ジュノ監督作品『スノーピアサー』のネタバレ解説はこちらから。

ロバート・パティンソンが『ザ・バットマン』まで大役を避けてきた理由はこちらから。

齋藤 隼飛

社会保障/労働経済学を学んだ後、アメリカはカリフォルニア州で4年間、教育業に従事。アメリカではマネジメントを学ぶ。名前の由来は仮面ライダー2号。 訳書に『デッドプール 30th Anniversary Book』『ホークアイ オフィシャルガイド』『スパイダーマン:スパイダーバース オフィシャルガイド』『スパイダーマン:アクロス・ザ・スパイダーバース オフィシャルガイド』(KADOKAWA)。正井編『大阪SFアンソロジー:OSAKA2045』の編集担当、編書に『野球SF傑作選 ベストナイン2024』(Kaguya Books)。
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