映画『8番出口』ネタバレ解説&感想 ラストの意味は? 二宮和也の名演、ゲームとの違い、小説版の背景を考察 | VG+ (バゴプラ)

映画『8番出口』ネタバレ解説&感想 ラストの意味は? 二宮和也の名演、ゲームとの違い、小説版の背景を考察

©️2025 映画『8番出口』製作委員会

映画『8番出口』公開

KOTAKE CREATEが一人で開発し、累計販売数190万本超を記録した大ヒットゲーム『8番出口』(2023) を実写化した映画『8番出口』が2025年8月29日(金) より全国の劇場で公開された。元はストーリーのない“間違い探し”を主体としたゲームだが、新海誠作品のプロデュースや『百花』(2022) の監督で知られる川村元気が本作を映画化。『百花』に続き平瀬謙太朗が共同で脚本を手掛け、主演は嵐のメンバーで数々のドラマ・映画での主演で知られる二宮和也が務めた。

実況配信でも人気を集めた『8番出口』は、どのように実写映画化されたのだろうか。今回は、そのラストについてネタバレありで解説&考察し、感想を記していきたい。なお、以下の内容は結末の重大なネタバレを含むため、必ず劇場で本編を鑑賞してから読んでいただきたい。また、以下の内容は津波に関する描写及び地震災害に関する解説を含むのでご注意を。

注意
以下の内容は、津波および地震災害に関する内容を含みます。
ネタバレ注意
以下の内容は、映画『8番出口』の内容および結末に関するネタバレを含みます。

映画『8番出口』ネタバレ解説&考察

矮小な男の物語

映画『8番出口』は、地下鉄の通路で「異変」を見つければ引き返し、異変がなければ進む、この判断が正しければ「0番出口」から番号が一つずつ増えていき、間違えれば「0番出口」に戻る、このループから脱出するためには「8番出口」から外に出なければならない、という原作ゲームのルールをベースにしたストーリーが描かれる。

ゲームではプレイヤー自身が主人公であり、キャラクターにバックグラウンドは存在していなかったが、映画『8番出口』では二宮和也演じる主人公の“迷う男”は人生の岐路に立っている。冒頭の電車の中では、SNSのタイムラインに流れる災害や紛争、感染病に関するニュースをスワイプし、赤ちゃん連れの若い母親を怒鳴るサラリーマンのことを見て見ぬふりをする。そんな中、別れたばかりの彼女から妊娠していたことを告げられるのだ。

そんな状況になっても主人公は煮え切らない。すぐに彼女がいる病院に向かわず、とりあえず派遣の仕事を休めるかどうかを確認するという。スマホの画像フォルダに入っている電車の乗換案内のスクショは、主人公が毎日違う時間、違う場所へ移動していることを示唆している。

不安定な生活を送る日々の中、彼女に寄り添うことにも、父になることにも、ましてや見ず知らずの赤ん坊と若い母を助けることにも、踏み出す勇気を持てない。映画『8番出口』は、そんな矮小な中年男性の物語として幕をあける。

彼女との電話シーンの意味

映画『8番出口』で起きる「異変」は、ポスターの目が動く、おじさんが笑顔になっているなど、原作ゲームを彷彿とさせる内容も残されている。一方で映画オリジナルの異変も登場。特に赤ん坊の泣き声やSNSのタイムラインで見ていたネズミの画像にまつわる異変は主人公の意識を反映したものと考えることができる。

つまり、映画『8番出口』の地下通路で起きる異変の多くは、二宮和也演じる主人公の経験に基づくものになっているのだ。その最たる例が、小松菜奈演じる恋人から電話がかかってくるシーンである。

主人公は通話を通して、サラリーマンに絡まれる母子を見て見ぬふりをして電車を降りたこと、そんな人間が父親になっていいのかと葛藤を抱えていることを吐露する。二人はようやく「待ってる」「すぐ行く」という会話を交わすが、主人公が進んだ先の通路には「0番出口」の文字があった。

彼女からの電話は本物ではなく、異変だったのである。電話のシーンでは、初めて電車と駅、通路以外の場所が映し出され、彼女が病院にいると錯覚させる演出は観客に安心感を与える。しかし、そのぼやけた背景にピントが合うと、白を基調としたその施設は主人公がいる地下通路であったことが明らかになる。安心から絶望、恐怖へと観る者の感情を誘う見事な演出だった。

このシーンには二つのポイントがある。一つ目は、二宮和也の際立つ演技力によって主人公への共感が生まれるということ。他者の問題に見て見ぬふりをして、妊娠が発覚した彼女と向き合うこともままならない矮小な男が、ついに涙を流しながら本音を吐露し、前を向こうとする。

二宮和也は、この「なんでもない男」をこのシーンまで約30分演じ、急激に感情をむき出しにした演技を見せて観客の共感と同情を引き出す。「矮小な中年男性」は「不憫な男」へと姿を変え、同じ舞台、同じルールでの展開が続く物語の中にあっても、観る人をさらに前のめりにさせることに成功している。この点については、二宮和也の演技力の賜物だと言っていいだろう。

もう一つのポイントは、そうして主人公に見えた一筋の希望が、この地下通路においては本物ではなく「異変」に過ぎなかったということだ。ループに陥り、外に出られなくなった主人公が彼女からの電話を通して救われる——というストーリーが否定されるのである。

映画『8番出口』は、迷える男性が女性との繋がりを通して道を切り拓く、という男性にとって都合の良い物語を採用しない。否、この地下通路はそれを認めないどころか、主人公を再び絶望に突き落として嘲笑う。問題から目を逸らし、決断せず、感情を露わにし、誰かに寄り添ってもらって困難を乗り越えようとする、そうした現代日本社会の男性が抱える幼稚さを扱っている点が映画『8番出口』の特徴だ。

おじさんの正体は?

それらの問題が現代人に共通の課題ではなく、“男性性”と接続するものであることは、その後の展開からも明らかだ。映画『8番出口』にはチャプターが用意されており、それぞれ「迷う男(The Lost Man)」「歩く男(The Walking Man)」「少年(The Boy)」となっている。本作では、3人の男性の視点の物語が描かれているのだ。

原作ゲームでも人気キャラクターとなった「おじさん」はドラマ『VIVANT』(2023-) でのワニズ役が印象に新しい河内大和が演じる。ゲームでは「異変」の一つとして奇怪な笑顔を見せるものの、プレイヤーを無視して歩き続けるおじさんを、河内大和が“生きた人間”として演じている。

そして映画『8番出口』では、おじさんのオリジンとも言えるストーリーが描かれる。おじさんもまた主人公の迷う男や、ゲームにおける私たちプレイヤーと同じようにこの地下通路に迷い込み、8番出口からの脱出に挑戦していた。

その途中で少年と出会うが、おじさんは8番出口への到達を待たずに現れた階段から外に出てしまう。この行動は明確に最後のルールである「8番出口から外に出ること」に反している。その後、おじさんは地下通路を歩き続ける怪異になってしまったのだった。

おじさんは少年と行動を共にする中で、この日、自分の子どもに会う予定があったと吐露している。川村元気監督が自ら書き下ろした小説版『8番出口』では、おじさんがかつて酒に溺れて自分の息子に強く当たっていたこと、少年に息子の姿を重ね合わせていたことが示されている。

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つまり、おじさんは離婚して息子と離れて暮らしており、この日がたまたま息子に会える日だったのだ。おじさんは、少年に声を荒げ、引き留めようとする少年を振り払い、見捨てて一人で外に出ようとしてしまった。おじさんもまた主人公と同じように“迷う男”だったが、考えることをやめて身勝手な行動をとってしまったがゆえに、地下通路を永遠に彷徨うことになったのだろう。

主人公=プレイヤー=迷う男は、歩く男=おじさんのようにもなり得た。父として、大人としてどのような行動をとるべきか、地下通路はそれを問うてくる。少年の方はというと、おじさんと逸れたすぐ後に主人公と出会う。地下通路に意思があるとすれば、子どもを一人にしない優しさか、それとも大人の男性への試練だろうか。

一方、主人公の迷う男は少年に助けられることになる。これは単なる考察だが、主人公が苦手としていたのは天井近くの視線を上に向けなければ発見できないタイプの異変だ。スマホばかり見て目線を上にあげなくなったのは、私たち多くの現代人に通じる共通点だ。少年は子どもの視点で、下から上を見上げる。だからか頭上の看板の異変にも気が付く。

それに、少年はちょうど子どもの視線の位置にあるドアノブの位置がおかしいという異変も発見している。歩く男は立ち止まって子どもと目線を合わせる、という営みをサボったが、主人公の迷う男は足を止めて少年が発見した異変に気がついた。主人公が大人としてとるべき態度をとり、そうして二人は8番出口へと近づいていくのだ。

映画『8番出口』ラスト ネタバレ解説&考察

なぜ津波が?

映画『8番出口』のラストでは、地下通路の奥からサイレンの音が聞こえ、続いて泥のような波が押し寄せてくる。原作ゲームでは通路の奥から赤い水が流れてきた時は逃げ切らなければゲームオーバーになるが、映画版では少し様子が違う。流れてくる波が、土砂や家財が混じった津波なのだ。

川村元気監督が執筆した小説版『8番出口』では、主人公の迷う男の故郷が被災し、大津波に飲まれたという背景が詳細に描かれている。詳しくは小説を読んでもらいたいが、先に書いた映画版の異変の特徴を思い返してほしい。そう、この通路で起きる怪異の多くは、主人公の意識に関連した現象なのだ。

少年が転び、主人公は足を止めたことで波に飲み込まれてしまい、次の瞬間、静かな浜辺に立っていた。隣には彼女、そして自分のことを「パパ」と呼ぶ、地下通路の少年の姿があった。少年は未来の主人公の息子だったのである。

思えば、主人公は何度もおじさんとすれ違っていたが、その頃、少年はまだ人間だったおじさんと行動を共にしており、おじさんが“ゲームオーバー”になった直後に少年は主人公と合流している。つまり、地下通路の時間の流れは外の世界のように一定ではなく、過去と未来が入り混じっていると考えることができる。

自分が父になった未来を見た主人公は、未来の彼女からの助言を受けて息子を助けると誓い、元の地下通路で波にのまれながらも少年を助けていた。そうして生き延びた少年は8番出口へと辿り着く。だが、これで救われたのは少年であり、主人公ではない。主人公にはまだ、乗り越えなければならないことがある。

ラストの意味は?

映画『8番出口』のラストでは、主人公がたどり着いたゴールは地上に出る階段ではなく、地下へと降りていく階段だった。これは明確に原作ゲームと異なる展開である。主人公は冒頭で派遣の仕事に向かうために電車を降りていたが、今度は病院にいる彼女に会いにいくために再び電車に乗り込む。ちなみに、人々がのぼっていく出口の階段には「8番出口」という表記はなかったように思われる。

地下鉄の電車に乗り込む直前、主人公は彼女に電話をかけると、彼女は「まだ病院」にいると話す。この時点の時系列は、彼女が妊娠を告げた冒頭の直後であることが分かる。改めて問われる「どうする?」という問いに、主人公は「すぐ行く」と答え、電車に乗り込んだのだった。

このやり取りにホッとした人もいたのではないだろうか。「8番出口」の恐怖と苦難を突破し、外に出てきたように思われる主人公が、妊娠して不安を抱える彼女からの「どうする?」という問いかけに対し、父になった未来を見て少年を助けた勢いで「産もう」「育てよう」といった応答をしてしまっていたなら台無しになるところだった。

女性の主体性を奪わずに、今できることとして、最大の誠意ある行動として「すぐ行く」と伝えて動き出したことは、この瞬間においては“正解”だったと言える。映画『8番出口』はこの辺りの機微が邦画では稀なほどに丁寧で、安心して観られる作りになっていた点も印象的だった。

そうして電車に乗り込んだ主人公だったが、冒頭と全く同じ場面に出くわすことになる。またもループに陥ったかに思われたが、ここで主人公は冒頭とは違う反応を見せる。わずかに首を傾げると、母子に絡むサラリーマンの方に向かうように重心の向きを変えたところで映画『8番出口』は幕を閉じる。迷う男は、今度は「異変」を見過ごさなかったのである。

ラストで流れる曲は冒頭と同じモーリス・ラヴェルの『ボレロ』(1928) だ。だが、心なしか最初の聞こえ方とは少し違う。他者を遮断する音楽だった『ボレロ』が、新たな道を進む威風堂々とした音楽として流れてくるのだ。

映画『8番出口』ネタバレ感想&考察

主人公は出られていない?

映画『8番出口』は、95分という観やすいサイズの作品でありながら、現代社会に生きる人々に突き刺さるような強いテーマを持った作品でもあった。ラストで主人公は母子に絡むサラリーマンを見て見ぬふりをせず、「異変」であると認識して行動を起こすに至った。

異変がなければ前に進む、異変があれば見逃さない——地下通路での経験を経て、主人公はスマホとイヤホンで閉じられた世界から、一歩を踏み出した。人生の迷路の「出口」へと向かって。

だが、注目したいのは主人公が映画のラストに至ってもまだ「出口」に辿り着いていないという点である。「8番出口」の最後のルールを忘れてはいけない。「8番出口から外に出ること」というルールだ。

映画の中盤で、主人公は開いたドアの向こうに電車に乗っている自分の姿を見た。あの自分は、やはりまだループの中にいる主人公の姿だったのだろう。電車の中でもゲームは続いており、主人公はそこでも異変に気づくことができなければ、「8番出口」に辿り着くことができないはずだ。

このラストは、ゲームの続編である『8番のりば』(2024) を意識した演出だと思われる。『8番のりば』では、プレイヤーは電車の中で異変を探しながら進んでいき、「八番」の駅を目指す。映画『8番出口』では、主人公は『8番のりば』のゲームに入り、到着した先で「8番出口」から外に出て彼女の病院に辿り着くという展開が待っているのではないだろうか。

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つまり、主人公はまだループから抜け出せてはいないが、今度も間違いなくクリアできるという希望のあるラストだったと言える。人生だってなかなかゴールはやって来ず、迷い、決断して進んでいくしかないのだ。

男性性というテーマ

先に触れたように、映画『8番出口』では「父になること」が一つの要素として扱われており、同時に現代日本の男性が抱える幼稚さもあらわになる。冒頭とラストで母子を怒鳴るサラリーマン、息子に会いたくて少年をケアしきれないおじさん、子どもができることに向き合えない主人公……。いずれも感情のコントロールに難を抱えている描写があり、女性キャラクターたちとは明確に異なるキャラ造形となっている。

男性監督が男性キャラを中心に描くときに、言い訳や不満や他責的な意見をキャラクターに代弁させずに男性性の負の側面を描くというのは、難しいことではないように思えるが、本邦ではなかなか見る機会が少ない。本作は平瀬謙太朗との共同脚本で、主演の二宮和也も脚本協力に名前を連ねている。男性性というテーマを扱う手つきには、川村元気監督やプロデューサー陣を含む製作陣のバランス感覚が光っていた。

主人公の三つの負い目

その一方で、映画『8番出口』の公開前に刊行された川村元気監督書き下ろしの小説『8番出口』では、主人公のバックグラウンドがより詳細に描かれている。詳細は小説を読んでいただきたいが、ここでは劇中でも示唆された主人公の三つのトラウマを整理しておこう。

主人公が抱える一つ目の傷は、父親がいないことである。未来の息子である少年と出会ったとき、少年と同じく、自分も父がおらず母親の気を引くためにわざと迷子になったことを明かしている。二人の母は母子家庭で忙しかったのだろう、母の気を引くために二人は同じ行動を取っていたのだ。父を知らない自分が父になれるのか——主人公の一つ目の葛藤だ。

二つ目は、主人公が喘息を抱えていること。小説版では主人公は数年前に流行したウイルスに感染して、後遺症として喘息が残っていると明かされている。映画の冒頭でも感染症に関するニュースがSNSのタイムラインに流れていたが、主人公はそれを避けるように画面をスワイプしていた。

映画『8番出口』では主人公が喘息を持っていることによって、よりスリリングな展開が演出されていたが、その背景には現実における新型コロナウイルスのパンデミックを想起させる不幸な出来事が存在したのだ。感染症により突如降りかかった身体的な制約——主人公が抱える負い目の一つだ。

三つ目は、大きな地震で主人公の故郷が被災し、大津波に飲まれたが何もしなかったことに対する負い目である。これは小説で詳細に書かれている点だが、映画版でも水が流れ終えた後の通路には、ボロボロになった家財などが散乱しており、家々を飲んだ後の津波が押し寄せていたことが示されている。

映画『8番出口』の地下通路では主人公の潜在的な意識を反映した異変が起きるため、津波が主人公にとって一つのトラウマになっていることが示されているのだ。故郷が被災しても何もしなかった自分の無力さと罪悪感——主人公が抱える三つ目の負い目である。

二つの『8番出口』が描いた当事者生と男性性

映画版では、これらのバックグラウンドを示唆する描写はありながらも、上映時間の余地を大幅に残して、むしろ主人公に前を向かせて踏み出させることに注意を向けていたように思える。映画ではその工夫が、“幼稚な男性性と向き合う主人公”というストイックでポジティブなイメージに結びついたのだ。

川村元気監督が小説で描いた主人公の背景というのは、当事者の物語である。母子家庭で育ち、故郷が被災し、感染症の後遺症に苦しむ中年男性は、同情の余地がある人物だ。小説版では、主人公は喘息のせいで派遣先を転々としており、そうした経験が自信の喪失につながっているという説明もある。

川村元気監督は、父になることに葛藤があり、問題を見て見ぬ振りをする幼さを抱えた主人公の背景を、小説で丁寧に説明した。主人公が様々な社会問題の当事者として抱える苦しみをなかったことにはしなかった。そこに救いを感じた人は、きっと少なくない。

一方で、そうした“ケア”を筆者と読者のより私的な空間である小説の中でまとめたことにも意味があったように思う。主人公が抱える傷やトラウマは、現代に生きる多くの人が経験していることでもある。その背景が映画というより公的な空間で主人公の“同情の余地”として紹介されてしまうと、男性が抱える幼さを擁護する動きのように映る可能性もあっただろう。

そうした当事者性を抱える背景を完全には見せず、時には主人公を絶望に突き落としながら、最後には前を向かせるというのは、ともすればかなり“マッチョ”なストーリーだ。だのに映画『8番出口』を観ていて辛くなりすぎないのは、やはり主演を務めた二宮和也の演技力に依るところが大きい。

うだつの上がらない優柔不断な中年男性が、感情豊かな主人公になる瞬間がある。優しい父としての片鱗が見え、恋人を思いやり、自分の生き方に葛藤を抱え、自分自身への怒りを抱えた瞳を見せる瞬間がある。キャラクターへの共感や同情が、この映画を観ている自分も変われる、変わらなきゃいけないと“憑依”に昇華する場面がある。この演技の幅が俳優・二宮和也の魅力である。

小説という私的な空間を用いてケアを行なった川村元気監督、映画でその演技力によって多くの観客に対して前を向くことを訴えかけた二宮和也。そして他の出演者と音楽を含む製作陣によって絶妙なバランスを実現させた『8番出口』。ちょっと類を見ない経験をさせてもらった。小説と映画のメディアミックスという視点でも歴代有数の名作に仕上がっているように思う。

ちなみに小説版では、主人公はホームレス状態になった未来の自分と出会う場面もある。ここまで書いた小説版の要素はあくまで一部だけの内容なので、未読の方はぜひ監督が自ら執筆した小説版を読んでいただきたい。そしてもう一度映画を観ると、いくつか号泣ポイントが現れるはずだ。

映画『8番出口』は2025年8月29日(金) より全国公開。

映画『8番出口』公式

小説版『8番出口』は水鈴社より発売中。

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『8番出口』オリジナル・サウンドトラックも発売中。

田村光久による公式コミカライズはてんとう虫コミックスより発売中。

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原作ゲーム『8番出口』と『8番のりば』は発売中。

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齋藤 隼飛

社会保障/労働経済学を学んだ後、アメリカはカリフォルニア州で4年間、教育業に従事。アメリカではマネジメントを学ぶ。名前の由来は仮面ライダー2号。 訳書に『デッドプール 30th Anniversary Book』『ホークアイ オフィシャルガイド』『スパイダーマン:スパイダーバース オフィシャルガイド』『スパイダーマン:アクロス・ザ・スパイダーバース オフィシャルガイド』(KADOKAWA)。正井編『大阪SFアンソロジー:OSAKA2045』の編集担当、編書に『野球SF傑作選 ベストナイン2024』(Kaguya Books)。
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