映画『ブラック・ショーマン』公開
東野圭吾原作、福山雅治主演の映画『ブラック・ショーマン』が2025年9月12日(金) より公開を迎えた。「ガリレオ」シリーズに続く二人のタッグとなるが、本作の主人公は東野圭吾が福山雅治が演じることを想定したいわゆる“当て書き”(=演じる俳優を想定してお話を作ること)で執筆されたことが明かされている。
映画『ブラック・ショーマン』では、「コンフィデンスマンJP」シリーズの田中亮が監督を務め、ドラマ『119エマージェンシーコール』(2025) などの橋本夏が脚本を手がけた。「ブラック・ショーマン」は「ガリレオ」に続く人気シリーズになるのか、今回はそのラストを中心にネタバレありで解説し、感想を記していこう。なお、以下の内容は結末に関する重大なネタバレを含むため、必ず本編を劇場で鑑賞してから読んでいただきたい。
以下の内容は、映画『ブラック・ショーマン』の結末に関するネタバレを含みます。
Contents
映画『ブラック・ショーマン』ネタバレ解説
「ガリレオ」とは一味違う主人公
映画『ブラック・ショーマン』の舞台は原作の副題にもある“名もなき町”だ。結婚を間近に控えた神尾真世は父が死んだという報せを受けて地元に帰るが、そこで父の弟である叔父の神尾武史と再会する。武史は10年前にはアメリカで活躍するマジシャンだったが、今では恵比寿でバー“トラップハンド”を経営していた。“つかみどころのない元マジシャン”というのが、今回の福山雅治の役どころだ。
「ガリレオ」シリーズの物理学者・湯川学からは一転して、神尾武史は金にうるさく、嘘とハッタリを使いこなす人物だ。湯川が仮説・実験・実証を大事にしていたのに対し、武史は相手の心理を巧みに読み取り、ブラフで真相を引き出すのである。
『ブラック・ショーマン』で武史と真世が追うのは、首を絞めて神尾英一を殺害した犯人だ。教師だった英一の教え子で、真世の同級生だった面々を中心に容疑者が絞られていく。同時にドラマシリーズからのスタートではないため、武史と真世の人間像と二人の関係も同時に深掘りされていくことになる。
複雑に絡み合う登場人物の背景
映画『ブラック・ショーマン』で少々厄介になるのが、登場人物の多さだ。中学3年生の時に亡くなった津久見直也も合わせると、真世の同級生だけで8人の大所帯。苗字を言われても誰が誰だか分からなくなりそうになる場面もあるが、個性的な若手俳優陣の活躍によって、なんとかついていくことができる。
人気漫画家の釘宮克樹、広告代理店で働く九重梨々香、IT企業社長の杉下快斗、建設会社副社長の柏木広大、地方銀行の行員の牧原悟、旅館で働く池永桃子、酒屋の原口浩平と、東京で働く前者3人に地元に残る後者4人からなる42期生の同級生たち。ここに桃子の夫で37期生の池永良輔と、英一の教え子で牧原を探していた森脇敦美を加えて少なくとも9人が容疑者として浮上する。
しかも全員に秘密があり、今回の事件に関係しているというのが『ブラック・ショーマン』の見どころだ。誰がどの場面でどんな嘘をついていたかを見返したくなるような工夫がなされている。そこに神尾武史がハッタリをふっかけ、武史から学ぶようにして真世も駆け引きが巧くなっていく。
同級生のキャストの中でも特に光っていたのが、九重役の岡崎紗絵、柏木役の木村昴、釘宮役の成田凌、牧原役の秋山寛貴といった面々だ。木村昴は“実写版ジャイアン”とも言える横暴な柏木を、お笑いトリオ・ハナコの秋山寛貴はその子分で矮小な牧原を、岡崎紗絵は人を食ったような九重をそれぞれ見事に演じ、クライマックスで成田凌が新境地を見せる釘宮の存在をうまくカモフラージュするヴィランとして存在感を見せていた。
映画『ブラック・ショーマン』ラストをネタバレ解説&考察
神尾武史のハッタリ
映画『ブラック・ショーマン』のラスト1時間は、神尾武史による“ショータイム”が描かれる。人物の掘り下げに十分に時間を割いた『ブラック・ショーマン』はその積み重ねを開花させるべく、学校の教室という舞台を用いて“推理パート”をショーとして見せていく。
繰り返しになるが、神尾武史の謎解きを特徴的なものにしているのは、嘘とハッタリで真実を引き出し、相手の嘘を暴くという手法だ。真世の同級生7人が集められた教室で、「誰が神尾英一を殺したのか」という問いの答えに近づくために、武史はわざと誤った推理を展開するのである。
武史はまず、建設会社副社長の柏木広大が酒屋の原口と銀行員の牧原を使って英一を殺させたと指摘する。地元に残り、釘宮の大ヒットSF漫画『幻脳ラビリンス』を使った町おこしを狙っていた三人である。だがこの指摘はブラフで、三人は殺人を否定するために別の秘密を認めることになる。
柏木たちは『幻脳ラビリンス』をコンセプトにした幻脳ハウスを地元に作る計画を進めていたが、コロナ禍によって頓挫。森脇和夫という老人から10億円もの資金を調達していたが、森脇和夫も新型コロナに感染した結果亡くなっていた。
10億円が宙に浮いたわけだが、その金は森脇和夫が不正に手に入れた金で、家族にも内緒にしてどこかに寄付しようとしていたものだった。その森脇和夫の娘が、葬儀に来ていた英一の元教え子だった森脇敦美(モリワキ)である。敦美は消えた金の存在に気付き、銀行員である牧原に接触しようとしていたのだ。
だが、柏木たちはその金を横領しようとしていたわけではなかった。インバウンドの波に乗るためにも、その金を使って『幻脳ラビリンス』を用いた開発を仕切り直そうとしていたのだ。そして、その“地元の期待”を一身に受けることになったのが釘宮である。
神尾武史が放った二つ目のハッタリは、IT会社を起業した杉下が英一を殺したというものだ。広告代理店で働き釘宮のマネージャーのように振る舞う九重梨々香と釘宮は、一緒にラブホテルにいたというアリバイがあった。だが、実際には九重とラブホテルにいたのは妻子がいる杉下の方であり、二人は不倫関係にあった。
殺人の嫌疑をかけられた杉下は、ラブホテルにいたというアリバイを認めざるを得なくなる。釘宮が九重に頼まれて一緒にラブホテルにいたことにしたのは、不倫という友人たちの別の罪を隠蔽するためだった。否、それだけではない。この瞬間、裏を返せば釘宮のアリバイが崩れたのである。
一人のアリバイを崩し、動機を明かすために他の人々の秘密を暴いていく神尾武史の姿は、まさにダークヒーロー。「ガリレオ」湯川学とは一線を画す真相への辿り着き方を展開していく。そして、武史はついに英一を殺した真犯人が釘宮だと指摘するのだ。
犯人の動機、「アレ」の意味
釘宮は、葬儀で英一の遺影に仕掛けられたカメラによって、遺影を直視できていなかったことを暴露され、さらに中3で死んだ津久見直也の卒業文集の作文に『幻脳ラビリンス』のアイデアが書かれていたことから、ついに真実を語りだす(この直前にラブホのアリバイが崩れていたことも決め手になったはずだ)。
ちなみに武史がこの作文の存在に辿り着けたのは、真世が津久見の母から津久見は中学生ながらにパソコンで作文の下書きを書いていたという情報を得て、その下書きのデータを見つけ出したからだった。武史と違い、父を亡くした真世は、息子を亡くした絹恵に寄り添って話を聞くことで真実に辿り着いたのだ。
釘宮が世に送り出した大ヒット作『幻ラビ』は、親友の津久見が遺したアイデアノートに書かれていた内容をもとに描かれたものだった。同窓会と津久見の追悼式に際して、元担任の英一は文集に載せずに自分だけが持っていた作文を手に釘宮にこの事実を同窓会で明かしてはどうかと持ちかけていた。
英一は津久見が釘宮に夢を託し、釘宮が夢を叶えたという美談だと思っていたのである。栄一による善意の申し出だったが、釘宮は世間から「盗作」と非難されることを恐れた。そうして釘宮は津久見の作文を英一の家ごと燃やすことにしたのだ。
釘宮は、英一が少なくとも一晩は家を留守にすることを確信していた。英一が桃子の夫で教え子である池永良輔との電話の中で、東京に行くことを示唆していたからである。この辺りは映画『ブラック・ショーマン』では少し分かりづらくなっていたが、小説では釘宮は英一が東京に出れば娘の真世にも会うだろうと予想して夜も家には帰ってこないと想定していたことが明確に記されている。
そこで鍵となるのが、英一が良輔との電話で「娘さんに会われるんですか?」という聞かれ、「いや、今回の件はアレには内緒だ」と答えたことだ。英一が「娘」や「真世」ではなく「アレ」と表現したことから、釘宮はこの会話で娘の話をしているとは思わず、英一と真世の親子関係がギクシャクしていることなど考えもしなかったのだろう。釘宮は夜に放火しようとしているところに英一が帰宅し、揉み合った末に釘宮は英一をタオルで絞殺してしまったのだった。
ラストの意味は?
警察も到着し、追い詰められた釘宮は津久見に導かれるようにして屋上に飛び出すと、そこから身を投げる。しかし、先手を打っていたのは神尾武史だった。豊かな紅葉の落ち葉の下にクッションを仕掛けており、釘宮は命拾いしたのだった。
神尾は釘宮の性格なら追い詰められた時に極端な選択を取ると予想していたのである。人の心を読むことに対する圧倒的自信。そして、英一と津久見のために、死ぬより苦しい人生を生きろと釘宮を突き放す姿もダークヒーローたる神尾武史らしい締め方だ。
その後、武史はエピローグとして、タオルを凶器として使っていた時点で元の目的は放火だったこと、犯人が被害者を殺して放火せず立ち去ったことから被害者しか存在を知らないものを燃やしたがっていたことも見抜いていたと明かす。
それだけでなく、武史は教室での推理で使った目を瞑る釘宮の映像がフェイク映像であったことも明かす。つまり、柏木グループと九重グループへのハッタリに加え、真犯人の釘宮にももう一つのハッタリをかましていたのである。全ては真実に辿り着くために。
そして、武史は生前の英一に「真世への電話の練習」として喋らせていた内容を真世に聞かせる。武史は練習中に盗聴器を仕掛けていたのである。この展開は“担任の娘”であった真世が同級生から「神尾先生の盗聴器」と呼ばれて避けられていたことを逆転させた展開だ。作中には武史が真世を盗聴器として使う場面もあったが、最後には武史は真世の盗聴器となって生前の英一の言葉を伝えたのだった。
ラストでは真世の婚約者である健太も登場。武史は、真世にリークされた健太の真偽不明の過去について、二人に話し合いの場を作ったのだ。なんだかんだ面倒見が良い。武史は最後にショーの料金を請求することは忘れていないが、現時点で唯一の肉親として真世を気にかけているのである。
ラストで流れるのは福山雅治によるインストゥルメンタル曲「幻界」だ。
映画『ブラック・ショーマン』ネタバレ感想&考察
『ルックバック』と『ドラえもん』
映画『ブラック・ショーマン』は自然豊かな村を舞台に豪華キャストと共に推理を進めていく作品で、「コンフィデンスマンJP」シリーズを手がけた田中亮監督らしいカラフルな演出が特徴的だった。ただし、映画としては派手なシーンを作りづらい内容でもあり、登場人物が多いことから連続ドラマや5話程度のミニシリーズで見たいようなストーリーではあった。
クライマックスの見せ場には、中学生時代の釘宮と津久見の青春が回想として盛り込まれた。2024年に映画版が公開された藤本タツキの『ルックバック』を想起する設定とシーンもあったが、『ブラック・ショーマン』の原作は書き下ろしの単行本が刊行されたのが2020年11月で、『ルックバック』は2021年7月に公開されたため、内容としては『ブラック・ショーマン』の方が先に出ている。
また、映画『ブラック・ショーマン』で柏木広大を演じた木村昴はアニメ『ドラえもん』のジャイアンこと剛田武役の声優として知られるが、『ブラック・ショーマン』の原作小説では真世の同級生たちが『ドラえもん』の登場人物に重ね合わせられることに触れられている。九重梨々香=しずか、杉下快斗=出木杉、柏木広大=ジャイアン、牧原悟=スネ夫、釘宮克樹=のび太であり、のび太にひみつの道具/アイデアノートを与えた津久見直也がドラえもんだと考えることができる。
広告代理店に勤めるしずかとIT企業の社長になった出木杉が不倫をして、地元に残ったジャイアンが建設業副社長、スネ夫が地方銀行の行員として町おこしを試み、ドラえもんが去った後ののび太は……。『ブラック・ショーマン』は“『ドラえもん』のその後”として見ても面白い作品になっている。
交差する現実
『ブラック・ショーマン』におけるポイントの一つは、釘崎の動機だ。地元の旧友たちとSNSを通した世間の声がプレッシャーになり、釘崎は津久見の原作について明かすことができず、真実を知った英一を殺してしまった。しかし、ありがちだが「キャンセル・カルチャー」とやらを憎む人間ほど、忘れ去られたり捨象されたりして「キャンセル」された津久見や英一のような被害者のことは考えず、自身の保身しか考えていないのだ。
映画『ブラック・ショーマン』は製作に入っているフジテレビの再編が進む中での公開となった。主演の福山雅治も、ハラスメント行為は確認されなかったもののフジテレビの「不適切な会合」に参加していたことが後になって公表された。第三者委からのヒアリングで否定した懇親会での性的な発言も一転して認め、謝罪している。
『ブラック・ショーマン』は傲慢な主人公の神尾武史が主体となり、マンスプレイニング(男性による上から目線の解説)を受ける真世がアシスタント的な立場を務めるため、どうしても現実の騒動が頭をよぎった。炎上や社会的な制裁がテーマの一つであったことも含め、ノイズの多い鑑賞体験になってしまったことは否めない。釘崎の立場に同情するキャラがいなかったことがせめてもの救いか。
ドラマ版を経なかった映画『ブラック・ショーマン』は、神尾武史というキャラクターをお披露目する舞台でもあった。次回作からはよりコンパクトに、武史と真世を深堀りしていく展開も期待できる。原作は2024年に連作短編の新作『ブラック・ショーマンと覚醒する女たち』が刊行されたばかり。今後の展開に期待しよう。
映画『ブラック・ショーマン』は2025年9月12日(金)より全国でロードショー。
東野圭吾の原作小説『ブラック・ショーマンと名もなき町の殺人』は光文社文庫より発売中。
続編『ブラック・ショーマンと覚醒する女たち』も発売中。
映画『ブラック・ショーマン』のサントラは発売中。
福山雅治によるテーマ曲「幻界」も発売中。
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