映画『ルックバック』漫画版との違いは? 原作からの改変まとめ 演出の変化をネタバレ解説 | VG+ (バゴプラ)

映画『ルックバック』漫画版との違いは? 原作からの改変まとめ 演出の変化をネタバレ解説

© 藤本タツキ/集英社 © 2024「ルックバック」製作委員会

映画版『ルックバック』公開

藤本タツキが2021年7月に〈少年ジャンプ+〉で発表した同名の漫画を押山清高監督の指揮のもとに映画化した『ルックバック』が、2024年6月28日(金) より劇場で公開された。公開直後より高い評価を受けており、公開館は限られているにも拘らず初週の動員は第2位、興行収入は第1位を記録するヒット作となり、公開館数の拡大が決定している。

漫画『ルックバック』は、2021年8月に〈少年ジャンプ+〉で修正が加えられた後、2021年9月には再修正を加えて単行本化されている。劇場アニメ『ルックバック』は、その単行本をベースに映像化した作品になる。一方で、58分の映像の中には映画オリジナルの演出も見られた。押山清高監督による演出で引き立てられた要素は多い。今回は、映画『ルックバック』の原作漫画からの改変をまとめて紹介しよう。

なお、以下の内容は映画『ルックバック』のネタバレを含むので注意していただきたい。

ネタバレ注意
以下の内容は、映画『ルックバック』の内容に関するネタバレを含みます。

映画『ルックバック』原作からの改変まとめ

4コマ漫画

映画『ルックバック』の冒頭でいきなり視聴者の度肝を抜くのが、藤野が学年新聞で描いた4コマ漫画「ファーストキス」のアニメ化だ。原作漫画版では非常にシンプルな4コマ漫画だったが、アニメ化にあたって1コマ目の前の出来事である交通事故の様子も描かれ、作画も若干変わっている。

主人公が生まれ変わる様子も描かれる他、4コマ目の後にあたる、“いんせき”になった“アナタ”が地球に衝突するシーンも描かれている。ちなみに声優は彼氏役を『クレヨンしんちゃん』の2代目野原ひろし役などで知られる森川智之が、彼女役を「攻殻機動隊」シリーズの草薙素子役などで知られる坂本真綾が演じている。

京本が初めて学年新聞に描いた4コマ漫画「放課後の学校」は、学校の廊下や教室、校舎の絵が音楽と共に美しく描写されている。一方で隣に描かれている藤野の4コマ漫画「奇策士ミカ」は不協和音と共に足早に紹介されており、京本の画力に心を折られた藤野の心情が表現されている。クラスで一番絵がうまいと思っていた藤野の全能感がアニメ化という形で表現された上で、初めて自分の上をいく才能と出会った時の挫折感を同じ4コマ漫画の映し方で表現しているのだ。

また、藤野が京本に卒業証書を届けに行くシーンでも、京本に「出てこないで!!」「出てこい!!」と言い合う藤野の4コマ漫画はアニメ化され、臨場感のあるシーンになっている。

藤野の努力

ライバルの出現により、ちゃんと絵の勉強を始めることにした藤野。「BOOK’S ぶっく堂」で画材を購入し、絵の練習に取り組むシーンは、原作漫画では藤野の背中にフォーカスされていたが、映画版では漫画で一コマだったデッサンに取り組む姿が追加されている。

公式パンフレットでは、押山清高監督は映画版『ルックバック』の制作にあたって、「藤野の努力を、作中できちんと見せたい」という方針/コンセプトを語っている。この押山監督の姿勢は映画版『ルックバック』全体に通底しており、“藤野と漫画”を巡る描写が増える結果となっている。

京本の東北弁

「藤野先生ぇ!!」から始まる映画『ルックバック』での京本のセリフは東北訛りで統一されている。厳密には「改変」とは言えないかもしれないが、漫画で字を読むだけでは分からなかった京本の東北弁がアニメ版でははっきり分かるようになっている。

映画『ルックバック』で京本の声を演じた吉田美月喜は東京都出身で、声優初挑戦にして、東北訛りに挑戦するのも今回が初めてだったという。映画『ルックバック』では、秋田県出身の声優である小白川愛菜が方言指導を担当しており、吉田美月喜の名演技を誕生させている。ちなみに原作者の藤本タツキも秋田県出身で東北芸術工科大学を卒業している。

また、京本の一人称は「わたす」から次第に「わたし」へと変化するなど、訛りにも変化が加えられている。これは京本の成長を示すものとして、意識的に取り入れられた演出であることが公式パンフレットで認められている。

藤野の“踊り”

京本からファンだと言われ、「漫画の天才」と賞賛された藤野は、雨の中の帰り道で喜びを爆発させる。漫画版ではこの時の藤野の喜びを大胆に見開きで表現していた。力強い一枚の絵で勝負する、漫画ならではの表現方法だ。一方、映画版では藤野の喜びの舞が音楽と共に長尺で描かれ、アニメならでは高揚感が演出されていた。映画版『ルックバック』の名シーンの一つだ。

町に行く二人

二人は『メタルパレード』で準入選を勝ち取り、賞金から10万円を引き出した藤野は、京本を町に誘う。映画版ではこのシーンにいくつかの改変が加えられている。まず、漫画版では藤野が京本を「これから」町に遊びに行こうと誘っているのに対し、映画版では「明日」町に遊びに行こうと誘っている。些細な変更点だが、映画版では二人は丸一日使って町での時間を楽しんだと感じられる演出になっている。

この後、漫画版では藤野は京本に「この金で経済ぐるぐる回していこうぜ!」と言うのだが、映画版「この金でじゃんじゃん生クリーム食べに行こうぜ!」に変更されている。漫画版『ルックバック』が発表された2021年7月は東京では新型コロナ感染拡大に伴う4度目の緊急事態宣言の真っ只中で、「経済を回す」という言葉が今よりは身近で希望のあるものに感じられたのかもしれない。映画版『ルックバック』の公開時点では物価高の真っ只中となったが、「思う存分生クリームを食べる」という贅沢は中学生らしくもあり、親近感がわくものとなっている。

藤野と京本のデートも、映画版では時間をとって描かれている他、“京本の手を引く藤野”という構図がお互いの主観で描かれることで、より印象に残るシーンになっている。京本はいつも藤野に手を引かれてついていく。部屋から出られたのも藤野のおかげ。だからこそ、京本が自立しなければと思い至る展開に更なる説得力が加えられている。

また、帰りの電車で藤野が「お礼は10万でいいよ」と言い、京本が「え!?」と驚くシーンでは、藤野の「嘘」という原作にはなかったセリフが付け加えられている。藤野が真顔でボケるからか、冗談であることをはっきり示す演出になっている。

『シャークキック』連載中の藤野

京本と離れて一人で連載を始めた藤野は、連載デビュー作品の『シャークキック』の巻数を順調に重ねていく。こちらの記事でも解説した通り、アシスタントについて藤野が担当者に相談するシーンと、読者ランキングが上下しながら少しずつ上がっていく描写同じ巻が複数冊ずつ増えていく描写は映画版オリジナルの演出だ。

同じ巻が増えているのは、重版する度に出版社から著者に新版が献本される慣習を反映したもので、藤野の漫画が少しずつ人気を得ていったことを示している。原作漫画では1巻から10巻までが1冊ずつで、「祝! アニメ化」と書かれたコマの後に11巻がずらっと並ぶコマが描かれる。この描写だと、藤野の漫画は突然人気を得たように見えるが、映画版では、前述の押山清高監督の「藤野の努力を、作中できちんと見せたい」というコンセプトが貫かれているのだ。

終盤で映し出される京本の部屋にはも同じ巻が複数冊置かれており、京本が藤野の漫画を重版するたびに買い集めていたことが示されている。読者ランキングについても藤野の努力を表現するものだが、同時に京本の部屋の机には読者アンケートのハガキがあり、藤野の努力と、京本が陰ながら応援していたことがリンクする演出になっている。

それに、良いアシスタントが見つからないと藤野が担当者と相談するシーンでは、京本がいなくなったことで藤野もそれなりに苦労したこと、京本の存在の大きさが表現されている。

藤野のキック

こちらも解説記事で記した部分だが、犯人による襲撃シーンは単行本と同じ内容で映画化されている。唯一異なるのは藤野の飛び蹴りの躍動感。漫画では藤野の踊りのシーンと同じく見開きで描かれており、映画版ではアニメ『フリップフラッパーズ』(2016) で見せた押山清高監督お得意の躍動感あふれるアクションシーンに仕上がっている。

なお、〈ジャンプ+〉掲載分から単行本版、そして映画版での犯人に関する描写の変遷はこちらの記事に詳しい。

「背中を見て」

藤野に助けられた京本が描いた4コマ漫画は「背中(Back)を見て(Look)」というタイトルで、京本を助けた藤野の背中にツルハシが刺さっているというオチになっている。漫画版では上から順にタイトルが最初に目に入るようになっているが、映画版では一コマ目から順番に映し出され、最後に「背中を見て」というタイトルがオチとして映し出される。

これは『ルックバック』というタイトルを想起させる演出を強調するものだ。この後、藤野のサインが入った京本のはんてんの背中や、藤野と京本が過ごした日々、そして漫画家としての生活に戻っていく藤野の背中が続けて映し出される。前に進むために後ろを振り返ることの大切さがより強調されていると言える。

エンディングの演出

漫画版では、京本の4コマ漫画を窓に貼った藤野が漫画を描く作業に戻ったところで、藤野の背中を映し出して幕を閉じる。映画版『ルックバック』では、エンディングロールの間も藤野の後ろ姿は流れ続け、外の背景が変化していくことで時間の経過を表現している。

流れる曲はharuka nakamura feat.urara「Light song」で、押山監督からの「希望や光へ向かっていく讃美歌のような歌」というリクエストに応えて制作されたものだという。一度は絶望しながらも、藤野が“漫画を描く意味”をもう一度見つけて歩み出す、前向きな雰囲気を強調する演出となっている。

以上が、『ルックバック』が漫画版から映画化されるにあたって改変された主な要素だ。さまざまなアニメ上の演出を経て生まれ変わり、改めて高い評価を受けることになった。この快進撃はどこまで続くのか、漫画版と映画版の違いを見比べながら見守っていこう。

映画『ルックバック』は2024年6月28日(金)より全国の劇場で公開。

劇場アニメ『ルックバック』公式サイト

原作漫画はKindleと単行本で発売中。

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映画『ルックバック』オリジナルサウンドトラックも発売中。

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劇場アニメ『ルックバック』ラストの解説&考察はこちらの記事で。

 

【ネタバレ注意!】映画『ザ・ウォッチャーズ』ラストのネタバレ解説はこちらから。

【ネタバレ注意!】『バッドボーイズ RIDE OR DIE』ラストのネタバレ解説はこちらから。

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齋藤 隼飛

社会保障/労働経済学を学んだ後、アメリカはカリフォルニア州で4年間、教育業に従事。アメリカではマネジメントを学ぶ。名前の由来は仮面ライダー2号。 訳書に『デッドプール 30th Anniversary Book』『ホークアイ オフィシャルガイド』『スパイダーマン:スパイダーバース オフィシャルガイド』『スパイダーマン:アクロス・ザ・スパイダーバース オフィシャルガイド』(KADOKAWA)。正井編『大阪SFアンソロジー:OSAKA2045』の編集担当、編書に『野球SF傑作選 ベストナイン2024』(Kaguya Books)。
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