26年間続いた『新世紀エヴァンゲリオン』、堂々完結
『シン・エヴァンゲリオン劇場版』(2021)はシリーズ完結編であると同時に、庵野秀明による「特撮への帰還宣言」だった。『シン・エヴァンゲリオン劇場版』はキャラクターの心情描写と絡めて「特撮の裏側」を露出させ、物語を展開している。
記事ではそんな特撮へラブレターの要素も含んだ『シン・エヴァンゲリオン劇場版』のネタバレ解説と考察、感想を述べていこう。なお、本記事は『シン・エヴァンゲリオン劇場版』のラストのネタバレを含むため、本編視聴後に読んでいただきたい。
以下の内容は、映画『シン・エヴァンゲリオン劇場版』の内容に関するネタバレを含みます。
Contents
『シン・エヴァンゲリオン劇場版』ネタバレ解説&考察
これまでのあらすじ
『シン・エヴァンゲリオン劇場版』を語る上で外せないのが、やはりすべてのはじまりである『新世紀エヴァンゲリオン』の存在だ。テレビシリーズは旧劇場版と呼ばれる2本の映画作品で完結しているが、新劇場版はテレビシリーズの再解釈から始まった。
物語に多少の違いはあるものの、第1作『ヱヴァンゲリヲン新劇場版:序』(2007)では主人公の碇シンジが第3東京市に来てから、第6使徒との戦いであるヤシマ作戦までを描いた。第6使徒は『帰ってきたウルトラマン』(1971-1972)に登場した光怪獣プリズ魔をモデルとするなど、『新世紀エヴァンゲリオン』には最初から「ウルトラマン」シリーズの再演の要素があった。
第2作『ヱヴァンゲリヲン新劇場版:破』では新キャラクターの真希波・マリ・イラストリアスが登場。式波・アスカ・ラングレーとの出会いを経て、第10使徒の戦いによりシンジは綾波レイを救い出すためにエヴァ初号機を覚醒させ、ニアサードインパクトを引き起こす。
それから14年後を描いた『ヱヴァンゲリヲン新劇場版:Q』では特務機関NERVと反NERV組織WILLEが戦っており、シンジは二つの組織の間で揺れる。そして第1使徒であり、エヴァのパイロットである渚カヲルと共にEVA13号機に乗る。
しかし、父親である碇ゲンドウの策略により渚カヲルは第1使徒から第13使徒へと落ち、世界を修復すべくシンジの取った行動は裏目に出てしまい、フォースインパクトのトリガーとなってしまう。そして、カヲルを失い、放心状態になったシンジとアヤナミレイ(仮称)を連れ、アスカはどこかに旅立つのだった。
ここで1番目の使徒が13番目の使徒に落ちるという展開があるが、これは石ノ森章太郎による漫画版『仮面ライダー』(1971)で本郷猛が一文字隼人を含むショッカーライダーに暗殺される「13人の仮面ライダー」を想起させる。
パリでの戦いとピアノ線
EVA8号機を中心としたWILLEのパリカチコミ艦隊。その目的は、ユーロNERV第1封印柱の復旧作業を進め、荒廃して真っ赤に染まったパリを本来の姿に戻し、EVA2号機の修理パーツと8号機γのパーツを回収することだった。
パリを守ろうとした先人の遺志を継ぐWILLEのメンバーを群体化したエヴァの群れが襲うが、マリの操る8号機β臨時戦闘形態がそれに対抗する。このとき、8号機をよく見てみると、上空に待機している旗艦AAAヴンダーから糸のようなものでぶら下がっているのが確認できる。
これは特撮でよく見られた戦闘機をピアノ線で吊るし、それによって空を飛んでいるように見せるという演出のオマージュだ。特撮において、ピアノ線は見えないことが前提だ。これは隠すべきものを敢えて見せた演出だ。これも、庵野秀明監督なりの特撮愛の表現だと考察できる。それでは何故、庵野秀明監督は特撮という虚構の裏側を暴いたのだろうか。
第3村
場面は変わり、シンジとアヤナミレイ(仮称)はアスカの手引きによって、第3村に引き取られる。そこでエヴァの呪縛(14歳以上に成長せず、使途に近づいていくというもの)に囚われずに大人になった鈴原トウジとヒカリと出会う。
第3村にはかつての同級生たちが暮らしており、アスカもそこで生活していた。ここで、アスカと相田ケンスケが親密な仲であることが示唆される。二人の関係性を恋人と取るファンもいるが、アスカ役の宮村優子は、二人の関係を疑似親子であると語っている。
アヤナミレイ(仮称)は第3村での農業体験を経て、人間らしさを獲得していく。第3村は14年間眠りについていたシンジや、エヴァの呪縛によって成長できないパイロットたちにとって、“物語の外側”を体験させる空間である。彼らはここで時間の流れと向き合うのだ。
運命を仕組まれた子供たち
アスカ曰く、エヴァのパイロットに選ばれる子どもたちはすべて設計通りに作られているとのことで、綾波レイのクローンであるアヤナミレイ(仮称)がシンジに好意を抱くのも設計通りとのことである。もともと綾波レイはシンジの母親のユイのコピーなので、好意の中には母性愛もあるのかもしれない。
この設定は「『新世紀エヴァンゲリオン』という物語の内側のキャラクターたちから見た脚本の存在」とも取れる。自分がシンジに好意を抱いたのも、そのように望まれたからという諦観に近いかもしれない。
その一方で、アヤナミレイ(仮称)はそれでもいいと考えている。設計図通りに歩んだとしても、その中で自分のできることを精一杯して生きるという答えなのかもしれない。
トウジはエヴァのパイロットたちであるシンジやアスカたちの役割は終わったと考えているが、ケンスケはそれではシンジの気持ちが晴れないのではないかと思っているように思える。
そこで、自分が父親と話せずに別れてしまったことを明かし、葛城ミサトと加持リョウジの息子の加持リョウジ(少年)と会わせ、碇ゲンドウとの対話を勧める。加持リョウジ(少年)との出会いにより、シンジはゲンドウとの決着をつける覚悟を決めた。
ヤマト作戦
最後のNERVとの決戦に向け、それぞれが動き出す。加持リョウジがNERVからAAAヴンダーを奪取した本来の目的である人類補完計画に伴う生物多様性の崩壊を防ぐため、衛星軌道に植物の種子を発射する。AAAヴンダーはノアの箱舟だった。
シンジはAAAヴンダーに戻るも、爆薬が設置された隔離室にいることになる。それぞれが死の覚悟を決め、アスカは「あの頃はシンジのことが好きだった」「でも私が先に大人になっちゃった」と告げた。確かに、シンジは14年間眠っていたせいか、時の流れに取り残されているキャラクターである。
子どもとして描かれてきたシンジが第3村での経験を経て、大人への一歩を踏み出し始めた。それはシンジが自分の行動に自分で責任を持つということでもあり、そのためにシンジは決着をつけなければならない人物がいる。それはここまで騒動を大きくし、自分のインナーチャイルドと向き合うことを拒み続けた父親、碇ゲンドウだった。
激突!轟天対大魔艦
冬月の乗る完成したヴンダー2番艦が襲撃。ヴンダー同士の激しい戦いが起きる。このときのBGMは『惑星大戦争』(1977)の「激突!轟天対大魔艦」が使用されている。
他にも、庵野秀明監督は『さよならジュピター』(1984)の主題歌「VOYAGER〜日付のない墓標」を使用するなど、日本の特撮映画、特に怪獣やヒーローが出るのではなく、SF色の強かった作品へのオマージュが多い。
これは庵野秀明監督なりの自分を育てた特撮作品への恩返しとも考察できる。庵野秀明監督は『シン・ゴジラ』(2016)でも虚構と現実の対比を描いたが、自分を育てた特撮を否定していない。むしろ自分の代表作である『新世紀エヴァンゲリオン』の完結作で最大級の敬意を払っている。
アナザーインパクト
AAAヴンダーから投下された新2号機と改8号機。EVAの群れを超え、フォースインパクトのトリガーとなる13号機をアスカは破壊しようとするが、新2号機そのものが怯えているのかATフィールドを張ってしまい、停止信号プラグが打ち込めない。
アスカは自身に仕込まれた封印柱を抜き、汚染された肉体を利用して第9使徒へと変貌すると、それによってATフィールドを中和して停止信号プラグを打ち込もうとする。しかし、それもゲンドウの計画に組み込まれたものであり、ゲンドウはアナザーインパクトの発動のために使徒の器を必要としていたのだ。
ゲンドウにとって、そもそもWILLEが攻め込んでくることそのものが計画の内であり、アスカが第9使徒になること、そしてAAAヴンダーの核となっているヱヴァ初号機を回収するためにはWILLEそのものが攻め込んでくることこそ都合が良かったのだった。ある意味、ゲンドウにとってもAAAヴンダーも箱舟だったのだ。
AAAヴンダーに現われた碇ゲンドウは銃で頭を撃たれても、こぼれ落ちた脳を拾うなど人間ではなくなっている。このとき赤木リツコが撃つのは、旧劇場版シリーズでゲンドウの愛人であったリツコが撃てなかったことのセルフオマージュである。『シン・エヴァンゲリオン劇場版』では新劇場版シリーズの完結作として、旧劇場版シリーズのセルフオマージュが多い。
『シン・エヴァンゲリオン劇場版』ラストネタバレ解説&考察
ゲンドウとの決着
ゲンドウのアナザーインパクトの余波は、アスカが守るべきものとしていた第3村にまで迫っていた。しかし、そこで暮らすトウジやケンスケは諦めない。彼らにはアスカ同様に守るべきものがあり、自分たちが過酷な環境を生き延びてきたという自負があったからだ。彼らは大人になっていたのだ。
北上ミドリはニアサードインパクトを起こしたシンジがヱヴァ初号機に乗ることを拒絶。彼女の髪の色は、ニアサードインパクトのエヴァンゲリオンインフィニティの体液によるもので、このAAAヴンダーの艦橋要員の多くがニアサードインパクトの生き残りなのだ。
それは鈴原サクラも同じだ。アスカに「女房かよ」と突っ込まれるほど、シンジを信じて身を案ずる彼女だったが、サクラもまた家族をニアサードインパクトで失っていた。しかし、それ以上にトウジなどの口からシンジによって世界の破滅が防がれたことも聞かされており、シンジは救世主であり仇であるという矛盾に悩まされていたのだ。
しかし、シンジは父親ゲンドウとの決着をつけに旅立つ。その背中を押すのは他でもない葛城ミサト。かつて、旧劇場版でミサトはシンジに「大人のキス」という不適切な方法で戦地に赴かせた。ある意味ではミサトは子どもというには年を取りすぎ、大人というには若すぎたキャラクターだった。
だが、『シン・エヴァンゲリオン劇場版』のミサトは違う。息子を持ち、彼の暮らす世界を守ろうとする母親にしてWILLEの大佐となったミサト。彼女はシンジを息子のような存在として愛し、そして父親と向き合う彼を信じて送り出す。シンジが大人になったようにミサトもまた大人になったといえるだろう。
マイナス宇宙とエースキラー
シンジがゲンドウを追って辿り着いたのはマイナス宇宙。マリが操る8号機に乗り、潜入したシンジはヱヴァ初号機に残された綾波レイの魂に頼み、ヱヴァ初号機へとワープする。
そこにいたのは『ヱヴァンゲリヲン新劇場版:破』でアヤナミレイ(仮称)ではなく、シンジが救い出そうとした綾波レイだった。彼女はニアサードインパクト後もずっとヱヴァ初号機の中に残り続け、シンジがエヴァに乗らなくて良い未来に辿り着こうとしたのだ。
それでもシンジはマリからのアスカを救ってほしいという願いと、父親のエゴを止めるためにゲンドウの乗る第13号機を止めようとする。似た姿をした2体のエヴァンゲリオンが相対するとき、ゴルゴダオブジェクトを前にアナザーインパクトを止めるための最後の戦いがはじまった。
このマイナス宇宙とゴルゴダオブジェクトのモデルになったのは『ウルトラマンA』(1972-1973)に登場したマイナス宇宙とゴルゴダ星に構えていた異次元超人エースキラーだと考察できる。
エースキラーは異次元人ヤプールがつくったロボット超人でウルトラマン、ゾフィー、ウルトラセブン、ウルトラマンジャックから力を奪い、ウルトラマンエースと対等以上に渡り合ったウルトラ兄弟の力を持つ超人だ。ゲンドウの語る初号機と対になる13号機に近い存在である。
ゴルゴダオブジェクトの戦いは人類にはマイナス宇宙は感知できないため、L.C.Lによって人類が感知できる世界にしてみせたことで、特撮の撮影セットに変わっている。エヴァンゲリオンは着ぐるみのように吊るされるなど、完全な特撮の舞台裏が暴かれ、その壁を突き破って初号機と13号機は衝突する。
ゲンドウの言葉を借りれば、これも特撮という虚構と現実を変えてしまうアディショナルインパクトのはじまりなのかもしれない。しかし、シンジはその虚構の中で人生を振り返り、ゲンドウの真意を見つけ出そうとする。
エヴァンゲリオン・イマジナリー
実在しないEVA「エヴァンゲリオン・イマジナリー」へ到達したゲンドウだったが、そこで現れたのはリアル調の巨大な綾波レイだった。ミドリは絶対変と言うが、無理もない。私たち視聴者にとってはアニメ調に見える『新世紀エヴァンゲリオン』の世界の住人にとっては、その姿こそ真実であり、逆にリアル調なのは虚構なのだ。
アディショナルインパクトによって虚構と現実が混ざり合うという希望にすがったゲンドウ。しかし、それは『新世紀エヴァンゲリオン』の世界の住人から見たら異形のものでしかないのである。シンジはその中でも虚構と現実の間で戦う。
虚構と現実を混ぜ合わせることで、他人との差異が無い世界、すべての人類が完全に融合した世界を作ろうとするゲンドウ。確かに虚構は人に勇気を与える。だが、それでは前に進めない。人は虚構を糧に現実という前に進む。ゲンドウは愛するユイのいない現実を恐れ、シンジと向き合うことを恐れ、虚構から出なくなってしまった。シンジはそんなゲンドウの背中を押し、人との繋がりに満ちた現実が怖くないことを教えに来た。
ミサトの決意
AAAヴンダーの乗員をすべて避難させた後、一人残ったミサトは艦長として覚悟を固める。その覚悟は単にWILLEの大佐から来るものではない。息子である加持リョウジと、もう一人の息子と言える碇シンジの生きる世界を守る母親の愛から来るものだった。
ある意味では、この覚悟は父親になることを恐れ、アディショナルインパクトを起こしてまでユイと再会しようとしたゲンドウと対になっている。ゲンドウは弱さを見せることを極端に恐れた。それに対して、ミサトは子どもと向き合うことに臆病となることもあったが、それでも彼らの生きる世界を守ろうとした。
傷つきたくない一心で、息子を拒絶し続けたゲンドウ。自分にはこれしかできないと言いながら息子、それも血の繋がっていない疑似的な息子であっても、彼らにできることすべてを尽くしたミサト。彼女の想いはガイウスの槍となって、シンジのもとに届く。
その姿を見て、ユイは息子のシンジの中で生きていたこと。現実と早く向き合えば、ユイと出会えたことを悟ると、ゲンドウは静かにリリンの王の座を捨て、現実世界へと一歩踏み出していくのだった。そして、シンジはゲンドウの後始末をつけることに。
それぞれの救済
アスカは旧劇場版とは異なり、綾波レイと同じクローンやコピーと同じような存在であった。たくさんのアスカがつくられ、廃棄処分となり、生き残った個体だけがエヴァのパイロットになる。アスカは第3村でようやく自分を褒めてくれる親のような存在、ケンスケを見つけたのだ。
目覚めたとき、アスカのスーツが破けているのは、アスカのスーツのサイズが14歳用であるためだ。エヴァの呪縛から解き放たれた彼女は本来の年齢である28歳になり、大人になった。そして、シンジから自分も昔好きだったと告げられ、運命からも解き放たれた。
カヲルもまた、シンジを見守り続ける存在ではなく、新たな人生を進む道を選んだ。綾波レイと最後の話し合いをする場所は特撮のセットとなっている。これは庵野秀明監督も含めたすべての存在が生まれるきっかけの場所であり、そして理想であった虚構が終わる場所を意味していると考察できる。
綾波レイは母親ユイのコピー、そのクローンであるアヤナミレイ(仮称)、同じくクローンであった式波・アスカ・ラングレー、宇宙が作り直されるたびに復活する渚カヲル。全員が設計された存在であり、脚本に縛られたキャラクターだ。それに対して、シンジだけがクローンやコピーではない外にいる存在である。
そしてシンジは虚構の構造そのものである特撮のセットを壊し、最後、撮影終了したセットで、一人ずつ脚本に縛られない人生へと送り出す。アヤナミレイ(仮称)が言っていたように、虚構の中でも楽しいことはあった。その一つがアスカとの恋路や、カヲルとの協奏だったのだろう。その虚構を糧に新たな人生へと進んでほしい。そのために敢えて特撮セットを露出させたのだ。
シンジは自らを槍で貫くことで『新世紀エヴァンゲリオン』を終わらせようとするが、それをユイが阻む。ゲンドウの本当の願いがユイを自ら見送りたかったことだと悟ったシンジはエヴァンゲリオンに別れを告げた。ユイが自死にも見える槍を自分に突き刺す行為を止めたのは母親の愛と共に、最後は大人の手で決着をつける意味があったと考察できる。
新たな世界、ネオンジェネシスへ
アニメのセル画へと変わっていく世界。マリが迎えに来たと思った瞬間、目を覚ましたシンジは宇部川駅にいた。駅の向こう側にはレイ、カヲル、アスカたちの姿が。そして、大人になったシンジはマリと共に宇部川駅の階段を駆け上がっていくのだった。
ここから世界は実写に変わる。この宇部の町並みは庵野秀明監督の故郷の風景でもある。特撮のセットと同じく、ここもすべての虚構が生まれた場所であり、決着をつけるべき場所にして、現実だったと考察できる。
アニメのセル画が剥がれていく過程で、何層にもなった虚構の層を剥がし、特撮少年としての庵野秀明の原風景へと着地する。そうすることで、虚構を通して酸いも甘いも噛み分けてきたすべてのエヴァンゲリオンファンにも、エヴァでの体験を経て感じたものを誰かを支えるのに活かしてほしいという想いがあったのではないだろうか。
『シン・エヴァンゲリオン劇場版』ネタバレ感想
インナーチャイルドと大人になるということ
『シン・エヴァンゲリオン劇場版』では物語の中心にインナーチャイルドの存在があった。インナーチャイルドとは大人になった自分自身の心の中に住み続けている、幼少期の記憶・感情・人格をさす言葉である。リリンの王となり、神殺しまで企てた碇ゲンドウがその最たる例だ。
彼はずっとインナーチャイルドと向き合うのを恐れており、自分の幼少期を思い出させる碇シンジに恐れすら抱いていた。しかし、愛していたユイの存在は息子の中で生き続けていたことを悟ると、アナザーインパクトやアディショナルインパクトなどといったことをせずとも、あの頃の思い出から抜け出せたことを知るのである。
また、シンジもまた、うつ状態から脱却する過程で、自分の過去と向き合っていくことになる。その中でアスカとの恋愛感情に似た想いやカヲルやレイが自分を守ろうとしていたことと向き合い、彼らに救われるのではなく、彼らを救おうとするのであった。
そして、ミサトたちWILLEの想いを受け取り、前に進むシンジの姿を見てゲンドウは息子が自分の手を離れて大人になったことを知る。それこそが彼のインナーチャイルドと向き合うきっかけになったのだと考察できる。
虚構と現実のバランス
『シン・エヴァンゲリオン劇場版』はエヴァンゲリオンと別れを告げる最後から、虚構から卒業して現実を生きるべきというメッセージがあると考察されることが多い。しかし、作中では特撮セットが多数出てくることから、虚構の裏側を映しつつ、そこからのメッセージを読み取り、現実で前に進んでいくという虚構と現実のバランスが本来のメッセージではないだろうか。
虚構を糧に未来に進んでいく。理想や夢、目指すべき未来も最初は虚構だ。日本の特撮、特に怪獣の着ぐるみを着るものの元祖とも言える「ゴジラ」シリーズは虚構を通して現実世界へ警鐘を鳴らしていた。最後のマイナス宇宙ではヱヴァの着ぐるみが吊るされており、これは撮影が終了した、つまりエヴァンゲリオンが終わったことを特撮的な解釈で意味していると考えられる。
そのため、虚構と現実のバランスをどのように取るのか。そして、虚構が生み出したポジティブなエネルギーを現実にどう生かすのかが庵野秀明監督が『シン・エヴァンゲリオン劇場版』で描きたかった虚構と現実の関係性だと思われる。
その後、シンジはどうなった?
最後にシンジはヱヴァンゲリオンのいない宇宙に大人として生きていく道を選んだが、その宇宙でどのように過ごすのだろうか。その後の展示会で、『シン・エヴァンゲリオン劇場版』後のシンジは碇シンジではなく、○○シンジであることが明らかにされた。
『シン・ゴジラ』をはじめとする『シン・エヴァンゲリオン劇場版』を含む「シン・ジャパン・ヒーローズ・ユニバース」では、○○シンジという登場人物が存在する。それは『シン・ウルトラマン』(2022)の主人公である神永新二だ。
もしかすると、エヴァンゲリオンのいなくなった宇宙で暮らすシンジは、エヴァンゲリオンのモデルになったウルトラマンのいる宇宙に移動したのかもしれない。そして、そこでもシンジは地球の守護者として戦い続けている可能性がある。
酷かもしれないが、エヴァンゲリオンの物語を終えたシンジは次の物語、宇宙の主人公として新たな人生を歩んでいるのではないか。庵野秀明監督はただ単に『新世紀エヴァンゲリオン』を終わらせたのではなく、特撮少年としての夢、つまり虚構を現実に接続し直したのだ。
このように、『シン・エヴァンゲリオン劇場版』は観返すたびに様々な発見のある作品だ。たとえば、『ヱヴァンゲリヲン新劇場版:序』の主題歌だった宇多田ヒカル「Beautiful World」がラストで流れるが、シンジ目線だと思われた楽曲も、実はゲンドウがユイと出会い、再会を望むものだとわかる。『新世紀エヴァンゲリオン』30周年を迎え、庵野秀明監督が今後どのような作品をつくっていくのかも合わせて、『シン・エヴァンゲリオン劇場版』にも再注目していきたい。
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『ヱヴァンゲリヲン新劇場版』の出演声優まとめはこちらから。
『シン・エヴァンゲリオン劇場版』と共通する『シン・仮面ライダー』での庵野秀明監督作品のテーマ性の解説&考察はこちらから。
