『この本を盗む者は』原作小説の魅力を解説 読書が生む“イマーシブ”な体験、その根源にあるものは | VG+ (バゴプラ)

『この本を盗む者は』原作小説の魅力を解説 読書が生む“イマーシブ”な体験、その根源にあるものは

『この本を盗む者は』原作小説の魅力に迫る

2021年本屋大賞にノミネートされた深緑野分の人気小説を原作とする劇場アニメーション『この本を盗む者は』が、2025年12月26日(金)より新宿バルト9ほか全国で公開される。本作は、2人の少女が“本の世界”を駆け巡る謎解き冒険ファンタジー。『ラディアン』『神クズ☆アイドル』などを手掛けてきた実力派・福岡大生が監督を務める。

映画の公開に先駆け、今回は小説の執筆や批評で活躍する織戸久貴が深緑野分の原作小説の魅力を紹介する。『京都SFアンソロジー;ここに浮かぶ景色』(Kaguya Books)への寄稿や、『百合小説コレクション wiz』(河出文庫)での著者紹介文作成協力などで知られる織戸久貴が考える、『この本を盗む者は』の魅力とは――


文:織戸久貴

意識がつい引っ張られてしまうのか、主人公が危うい場所に踏み込んでいくと、こちらには特段する必要もないのに、物音を立てないよう息をひそめてページをめくってしまい、彼ら彼女らがどうにか目の前の危機から脱したとわかった途端、ようやく入れていた肩の力をそっと抜き、深く息をついていることがある。

こうした経験をあるいは「没入」と言い換えてもよいかもしれない。近年では「イマーシブ(immersive)」(*1)といった横文字としても注目され、説明されるその体験は、しかしVRやAR、MRといったデジタル技術を活用したメディアだけでなく、もっとシンプルな活字メディアを通して物語に触れている読者、つまりわたしたちにもなにかのきっかけで起こりうる感覚ではないだろうか。

2025年末に劇場アニメーションとして公開される『この本を盗む者は』で提示される魅力、とりわけ深緑野分による原作小説の持っている大きな魅力として、前述した「没入/イマーシブ」といった内的な読書体験が、たんなる個人の身体的な感覚に根ざすのではなく、まったく反対に周囲の世界そのものを構築し、変化させてしまうファンタジーとして語り直されている点があげられる。

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どういうことかといえば、『この本を盗む者は』の舞台となるよむながまちでは、大正時代に生まれた街の名士であり書物蒐集家の建てた巨大書庫「御倉館」から蔵書が一冊でも盗まれると、その本泥棒を町のなかに――しかも町ごと「物語」に変えてしまった檻のなかに――閉じ込めてしまうという「本の呪いブック・カース」が発動するようになっているからだ。この呪いにかけられた世界では、非現実的な出来事でも、あたかも「物語」がそうであるように、ごくあたりまえに起きていく。物理法則も、因果律も、本の呪いにかかってしまえば、いとも簡単にねじ曲げられてしまうのだ。

もちろんこの「物語の檻」を、本好きにとってはある意味で極上のサプライズだと考える向きもあるだろう。けれども主人公であり、蒐集家の曾孫でもある御倉みくら深冬みふゆにその指摘はあたらない。なぜなら彼女に言わせれば「本なんて大嫌い」であるからだ。それでいて御倉という血筋に生まれたがために、彼女は本泥棒を捕まえるという重い役目をになう羽目になっている。しかもその支離滅裂な呪いは、泥棒を捕まえるまで解けてくれない――というのが本作のあらすじになる。

とはいえ本嫌いである深冬は、たったひとりでこの物語に飛び込んでいくわけではない。呪いを前にした彼女には、謎の少女・真白が現われる。真白は読長町を覆っている「物語/呪い」がどのようなものであるかを深冬に伝え、手を引き、その世界のなかに案内する。ときには深冬のほうが真白の手を引いてみせることもある。こうしてふたりは即席のバディを組むことで、この奇妙な世界を駆けていく。

ただ、その道行きは、たんに物語の筋を追い、そこに隠れた泥棒を捕まえるというだけではない。ふたりは物語のなかで、いったいなにが起きているのかをその都度、立ち止まっては考え、解釈し、また手を取り合って進んでいく。あたかもむずかしい物語にはじめて出会った人がたどってみせるように、作中の単語の意味や言い回し、独自の文脈の手ざわりに驚き、自身と物語との距離をたしかめるように進んでいくのだ。

ゆえに『この本を盗む者は』は、「本」をテーマとした冒険ファンタジー、であるけれども、その内側には「物語を読む」ということ、その体験じたいを語ろうとする物語が織り込まれている、とも言えるはずだ。この点は、これから原作小説を手に取る人にも、劇場アニメーションではじめて本作に触れる人にもぜひ伝えておきたい。

とりわけ、のめり込むように物語の世界に触れてしまったあとの、どこかもどかしい感覚を、原作のとあるくだりはこれ以上ないかたちで描写している。ネタバレにならないよう、このシーンを一部省略したかたちで次に引用しよう。

だが、安堵と同時に湧いて来たのは、奇妙な寂しさだった。

(…)

深冬は猫の目のように丸い月を見上げ、あのどこかに銀の棹が立ち、黒猫が鳴いているところを想像した。そして明日が土曜日で、休日であることを嬉しく思った。

これほど本が読みたいと思ったのは、本当に久しぶりだった。ふと、幼稚園の制服を着た自分が、膝の上に絵本を乗せて熱心に読んでいた頃の記憶が甦る。

ただ、続きが気になるのだ。本の続きが。あの世界のことをもっと詳しく知りたいのだ。(*2)

いままで避けていた場所に飛び込むのはふつう、怖れをともなう。けれども物語に没入する感覚は、水のなかに飛び込んで、その流れに逆らわずに泳ぎ、息継ぎをしたときのあの、境界をまたいだ感覚によく似ている。プールサイドでは浮力を失ったぶん身体は重くなり、しばらく経つと、自身が疲れていることにも気づかされる。けれども水のなかの、あの自由さと不自由さが混じり合った感覚が、なぜか恋しい。

タイトルにもある「この本を盗む者は」というフレーズは、古来より存在している書物にまつわる盗難防止の呪いの言葉であるけれども、物語を伝える書物にはもうひとつべつの呪いが備わっていることもまた、本作はこっそりと読者に教えてくれている。

それは「続きが気になってしまう」という物語の持つ、ひどく妖しげな力である。もちろん正直に呪いにかかるかどうかは、本を手に取ったあなた次第だ。

なお『この本を盗む者は』のスピンオフ短編「本泥棒を呪う者は」や「御倉館に収蔵された12のマイクロノベル」といった作品が『空想の海』(角川文庫)(*3)に収録されていることもここに付しておこう。とはいえ、あなたが急いでそれらの本を手に取る必要はないかもしれない。なぜならその呪いはあまりに強く、そう簡単に霧散するといったことがない。それはいつまでもひっそりと、本の棚のまがり角で、あなたとの出会いを待っているのだ。

参考:(*1)
原澤 賢充 「イマーシブメディアに関わる認知科学研究の動向」
https://www.nhk.or.jp/strl/publica/rd/195/2.html

引用書籍:(*2)
『この本を盗む者は』(角川文庫)
https://www.kadokawa.co.jp/product/322210000688/

紹介書籍:(*3)
『空想の海』(角川文庫) ※11月25日発売
https://www.kadokawa.co.jp/product/322407000605/

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織戸久貴 @nanamenon.bsky.social さんが、深緑野分さんの原作小説の魅力を紹介✨
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映画『この本を盗む者は』は2025年12月26日(金)より、新宿バルト9ほか全国ロードショー。

映画『この本を盗む者は』公式サイト

<CAST>
御倉深冬:片岡 凜
真白:田牧そら
御倉ひるね:東山奈央
御倉あゆむ:諏訪部順一
与謝野蛍子:伊藤 静
春田貴文:土屋神葉
御倉たまき:朴 璐美

<STAFF>
原作:深緑野分「この本を盗む者は」(角川文庫/KADOKAWA刊)
監督/コンテ/演出:福岡大生
構成/脚本:中西やすひろ
キャラクターデザイン/作画監督 :黒澤桂子
美術:草薙
色彩設計:村田恵里子(グラフィニカ)、加口大朗
CGディレクター:市川孝次(グラフィニカ)
2Dデザイン:久保田 彩(グラフィニカ)
撮影監督:戸澤雄一朗(グラフィニカ)
編集:重村建吾
音楽:大島ミチル
音響監督:郷 文裕貴
アニメーションプロデューサー:比嘉勇二
アニメーション制作:かごかん(株式会社かごめかんぱにー)
配給:角川ANIMATION
製作幹事:KADOKAWA
製作:「この本を盗む者は」製作委員会

<主題歌>
YUKI「Share」(Sony Music Labels Inc.)

公式HP:http://kononusu.com/
公式X:@kononusu_anime(https://x.com/kononusu_anime
公式Instagram:@kononusu_anime(https://www.instagram.com/kononusu_anime
公式TikTok:@kononusu_anime(https://www.tiktok.com/@kononusu_anime

『この本を盗む者は』の本紹介企画「この本を読む者は」についてはこちらの記事で。

織戸久貴

第9回創元SF短編賞大森望賞。第1回カモガワ奇想短編グランプリ優秀賞。井上彼方編『京都SFアンソロジー;ここに浮かぶ景色』(Kaguya Books)に「春と灰」掲載のほか、『百合小説コレクション wiz』(河出文庫)にて著者紹介文作成協力、『ユリイカ2022年11月号 特集=今井哲也』(青土社)に「主要作品解題」で参加。ブログ『ななめのための。』では不定期で批評などを書いている。
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