2005年公開の映画『チャーリーとチョコレート工場』
ティム・バートンが監督を務めた『チャーリーとチョコレート工場』は、2005年に公開された映画で、ロアルド・ダールの原作小説『チョコレート工場の秘密』(1964) を原作とした作品だ。原作は1971年にも『夢のチョコレート工場』として映画化されているが、『チャーリーとチョコレート工場』には独自の改変を加えられている。
今回は、映画『チャーリーとチョコレート工場』について、特にそのラストを中心にネタバレありで解説し、感想を記していこう。以下の内容は結末までのネタバレを含むため、本編を視聴してから読んでいただきたい。
以下の内容は、映画『チャーリーとチョコレート工場』の内容に関するネタバレを含みます。
Contents
『チャーリーとチョコレート工場』ネタバレ解説&考察
『チャーリーとチョコレート工場』の舞台と貧困
映画『チャーリーとチョコレート工場』の主人公はチャーリー・バケット。チョコレート工場がある街に住む貧しい家庭の少年だ。『チャーリーとチョコレート工場』はSFファンタジーでありつつ貧困を扱った作品でもある。
舞台となる場所は明言されていない(通貨はドルになっている)が、原作のチョコレート工場のモデルとなったのはイギリスのバーミンガム郊外にあるギャドバリー社のチョコレート工場だ。だから、『チャーリーとチョコレート工場』にはイギリスを代表する名監督ケン・ローチの作品のような、“イギリスの貧困”の影が常に付きまとう。チャーリーの父は工場労働者だったが、機械の導入=近代化によって序盤で早々に職を失っている。
チョコレート工場を運営するウィリー・ウォンカは、かつて産業スパイによるレシピ流出を経験して人間不信になり、長らく姿を見せていなかった。しかし、ある日突然、チョコレートに同封した金のチケットを引き当てた5人の子ども達を工場に招待すると発表する。
裕福な子ども達が次々と金のチケットを手に入れていく中、貧しいチャーリーはそもそも大量のチョコレートを手に入れることができない。貧困状態にある中では、機会自体が制限されるということだ。その状況は決して自己責任や努力不足という言葉で片付けられるものではなく、社会の構造的な問題として解決されるべきものだ。
貧しいチャーリーは、けれどジョージーナおばあちゃんの「不可能なことなんてないのよ」という言葉を受け、金のチケットに三度チャレンジすることになる。1度目は年に一度の誕生日プレゼント、2度目はジョーおじいちゃんのへそくり、そして3度目は雪の中で拾った10ドル札だ。
誕生日は年に一度、待っていればやってくるチャンス。おじいちゃんからのへそくりは他者からの施しだ。落ちていたお金を見つけるのは完全に運であり、加えてそれを自分のために使うのは軽犯罪ではある。けれど、待っているだけでも努力するだけでもどうにもならない壁を乗り越える方法が、チャーリーには必要だったのである。
チャーリーは黒人だった?
チャーリー以外に金のチケットを手に入れた子どもは、食いしん坊のオーガスタス、お金持ちのベルーカ、勝ちにこだわるバイオレット、ゲームとテレビが好きなマイクの4人だ。チャーリーも含めて全員が白人である。
実は、原作小説『チョコレート工場の秘密』の主人公チャーリーは、当初の設定では黒人の少年だったという。2017年にBBCのRadio 4で原作者ロアルド・ダールの妻フェリシティ(リッシー)・ダールによって明かされた。「黒人の主人公」という設定を変更させたのは当時のエージェントだったそうで、リシー・ダールは作品が改訂されるなら歓迎する旨のコメントを残している。
なお、チャーリーを演じたロンドン出身の俳優フレディ・ハイモアは1992年2月14日(バレンタインデー)生まれで、2026年2月14日で34歳を迎える。フレディ・ハイモアは『チャーリーとチョコレート工場』が公開される前年には映画『ネバーランド』(2004) で共演している。フレディ・ハイモアを『チャリチョコ』でティム・バートン監督に推薦したのはジョニー・デップだったという。
フレディ・ハイモアはその後も俳優として活躍し、数々の映画やドラマに主演している。2025年にはドラマ『アサシン/伝説の殺し屋』で主演兼制作総指揮を務めた。
子ども達の末路
ウィリー・ウォンカのチョコレート工場では5人の子ども達は不思議な世界を経験する。ウィリー・ウォンカが工場を閉ざした理由は、ルンパランドのウンパ・ルンパという人々を住み込みで雇い入れたからだった。『チャーリーとチョコレート工場』でウンパ・ルンパを演じたのはケニア出身のディープ・ロイで、一人で165役を演じた。
工場見学をしていく中で、オーガスタスはチョコレートの川をすくって飲もうとして川に落ち、バイオレットは「世界初」のために開発中のガムを噛んでブルーベリーのような見た目になり、べルーカは従業員のリスをペットにしようとしてリス達にダストシュートに落とされ、マイクはテレビへの転送機に勝手に入って小さな身体になってしまう。
なお、チョコレートをテレビ画面の中に転送するシーンでは、『2001年宇宙の旅』(1968) へのオマージュというかパロディーが展開される。板チョコが、同作でサルを進化させたモノリスに見立てられるのだ。
子ども達に不幸な出来事が起こるたびに、状況にマッチした歌詞の歌をウンパ・ルンパが唄うため、ウィリー・ウォンカには最初からわがままな子ども達とその親を懲らしめるための計画があったように思われる。そんな中で、心優しいチャーリーだけはウィリー・ウォンカの過去についての質問を繰り返すのだった。
ウィリー・ウォンカの過去
ウィリー・ウォンカはチャーリーの質問を通して自身の幼少時代を思い出していく。チャーリーは工場やチョコレートのことだけでなく、ウィリー・ウォンカという“人”にも興味を抱いており、他者と向き合う少年だ。
ウィリー・ウォンカは幼少の頃、歯医者の父からお菓子を禁止され、チョコレートのことも否定されていた。家を出たウィリー・ウォンカはチョコレート工場を成功させたが、今でも親の存在がトラウマになっている。なお、原作小説ではウィリー・ウォンカの父は登場しない。また、2023年に公開された映画『ウォンカとチョコレート工場のはじまり』では母親とのエピソードが盛り込まれている。
そしてウィリー・ウォンカは、ある自分の髪から一本の白髪を見つけたことから、工場の後継者を見つけるために子ども達を工場へ招待したことを明かす。最後まで残ったチャーリーが後継者に選ばれ、“賞品”として工場を引き継ぐことをオファーされたのだった。
『チャーリーとチョコレート工場』ラストをネタバレ解説&考察
原作にはないラスト
原作小説では、これで「めでたし、めでたし」となるのだが、映画『チャーリーとチョコレート工場』では終盤のオリジナル展開が用意されている。チャーリーは後継者になるにあたって「家族を捨てる」という条件を拒否。家族にトラウマを持つウィリー・ウォンカも条件を譲らず。この話は一旦は破談となってしまうのだ。
ちなみに機械の導入により歯磨き粉工場をクビになったチャーリーの父は、機械の修理工として工場に復帰している。スキルを伴う近代的労働者に転身したのだ。一方のウィリー・ウォンカは孤独に逆戻りしてすっかり落ち込み、お菓子の売り上げも低迷してしまう。
しばらく経った後、ウィリー・ウォンカは自らチャーリーのもとへ出向くと、父と対峙するために同行してほしいと依頼。ウィリー・ウォンカは自分自身を変えることにしたのだ。経営者としても大きな判断である。
ウィリー・ウォンカの父ウィルバー・ウォンカは現在も歯医者を営んでいた。幼少期のタウンハウス(テラスドハウス)からそのまま抜き出した形の家が印象的だ。ウィルバーはウィリー・ウォンカの歯を見て、それが自分の息子だということに気が付く。
ウィルバーはウィリー・ウォンカの活躍を追いかけており、新聞の記事を切り抜くなど、ウィリーのことを誇りに思っていた。二人はそっとハグを交わして和解を果たすことになる。そもそもウィリーの父が登場しない原作には全く存在しなかった展開だ。
ラストの意味は?
こうしてチャーリーは家族と一緒に暮らすことを条件に工場を譲り受ける。ウィリー・ウォンカが自身のトラウマを乗り越えることで、条件を変更したのだ。単に条件を変えることもできたかもしれないが、茨の道でも根本的な解決を目指すという決断を下せるところが、ウィリー・ウォンカが経営者としても優れている点なのだろう。
チャーリーが家族と一緒にいるだけでなく、ウィリー・ウォンカもバケット家に加わり家族を得ることに。ウィリー・ウォンカは仕事のアイデアを出したチャーリーに、吹き替えでは「それいい考えだよ、チャーリー」と、字幕では「君の言う通りだった」と言うのだが、英語では「I think you got right something, Charlie.」と言っている。家族を選んだチャーリーが正しかったと認めているのだ。
『チャーリーとチョコレート工場』のラストでは、バケット家が家ごと工場内に引っ越したこと、この映画の語り手がウンパ・ルンパだったこと、ウィリー・ウォンカが「甘い人生を送った」ことが明かされて、幕を閉じている。
『チャーリーとチョコレート工場』ネタバレ感想
ポップさとダークさを兼ね備えた作品
ティム・バートン監督が手がけた『チャーリーとチョコレート工場』は、コミカルでポップでいて、貧困を扱いながら、親も子どももひどい目に遭うダークさを兼ね備えた作品だ。オリジナル要素として、家族とのトラウマと克服というテーマが据えられていた点も印象的だった。
元はイギリスの作品だが、最終的に家族が必要であり至高の存在であるという、「ファミリー・カムス・ファースト」の思想はアメリカ的で、どうしてもそこに着地しなくてはいけないのかという意味では、窮屈さも感じた。ウィリー・ウォンカの父は幸いにもウィリーのことを思っていたが、それこそただの“ラッキー”であり、無理して距離を置く親と向き合う必要はないのだから。
それでも、ウィリー・ウォンカは優れた経営者であり、時に厳しい判断を下して事業を成功させてきたという背景が、「親とのトラウマを乗り越える」という決断に説得力を与えている。ウィリー・ウォンカは個人的な問題とともに、良いお菓子が作れなくなり売上が低迷しているという会社としての問題も抱えていたからだ。
オリジナル要素を盛り込んだラストの展開は、子ども向けの作品として見ればやや蛇足にも感じる。だが、大人向けの作品として見るならば、歳をとるごとに興味深く感じる内容だったように思う。
続編はある? 今後の展開は?
気になる音は、『チャーリーとチョコレート工場』および原作『チョコレート工場の秘密』の今後の展開だ。本作が再度リメイクされることがあるとすれば、原作者ロアルド・ダールが原作執筆時に望んだ黒人少年のチャーリーを主人公にした映画版も観てみたい。
2023年に公開された映画『ウォンカとチョコレート工場のはじまり』は、ウィリー・ウォンカのオリジンを描いた物語だが、内容としては原作小説『チョコレート工場の秘密』と1971年公開の映画『夢のチョコレート工場』の前日譚となっている。
映画『ウォンカとチョコレート工場のはじまり』のストーリーは原作にもない完全オリジナルだが、幼少期に母と暮らしていたという設定など、『チャーリーとチョコレート工場』の設定と明らかに食い違う内容となっている。原作に沿ったユニバースと、ティム・バートンのユニバースが存在すると考えると分かりやすいかもしれない。
裏を返せば、『チャーリーとチョコレート工場』のストーリーラインに沿った続編は、今後絶対にないということはないと言える。原作では『ガラスのエレベーター 宇宙にとびだす』(1967) (または『ガラスの大エレベーター』)という続編が存在する。
そのタイトル通り、ウィリー・ウォンカのガラスのエレベーターが宇宙に飛び出す物語が展開される。この続編は、1971年公開の映画『夢のチョコレート工場』の続編として映画化が予定されていたが、原作者のロアルド・ダールが同作の出来に満足しなかったこともあってか実現していない。
一方、2018年にはNetflixが小説『チョコレート工場の秘密』を含むロアルド・ダールの作品について、複数のアニメシリーズ制作のパートナーシップを権利会社のロアルド・ダール・ストーリー・カンパニーと結んだことを発表。3年後の2021年にはNetflixが同社を買収した。これまでにロアルド・ダール原作作品として『マチルダ・ザ・ミュージカル』(2022)、『ヘンリー・シュガーのワンダフルな物語』(2023) が公開されている。
今後、Netflixから新たな「チョコレート工場」作品が登場することもあり得る。ジョージーナおばあちゃんの「不可能なことなんてない」「どんどん良いことがあるよ」という言葉を胸に、期待して待とう。
映画『チャーリーとチョコレート工場』はBlu-rayが発売中。
原作『チョコレート工場の秘密』と、その後を描く続編『ガラスの大エレベーター』は評論社より発売中。
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