北野勇作「ひゃくじま」 | VG+ (バゴプラ)

北野勇作「ひゃくじま」

カバーデザイン 浅野春美

先行公開日:2021.9.11 一般公開日:2021.10.23

北野勇作「ひゃくじま」
1,514字

 

 

あの灯台、歩くんです。そう聞かされ、そんな馬鹿な、と笑ったが、本当に歩いていた。白いワンピースを着た女にも見えたが、たしかにあの灯台だった。今さっき、海岸へと続く道ですれ違った。一つ目を光らせていた。

 向こうの島へ渡る方法はいくつかあって、まず船。それに、泳いで渡る、というのもある。いや、船みたいに襲われたりしないから、かえって安全かもね。あとは、いちど未来に飛んで、干上がった海を歩いて渡る、とか。

 航行する船の上や進路に現れて船を沈めようとするものと船そのものが幽霊として出現するもの。船幽霊は大きく分けてその二つと思われてきたが、幽霊たちが組体操のように船の形を作っていたりするものもあるらしい。

 霧の向こうに浮かぶ隣の島の影は、見るたびに違う形に見えて、日によってキリンであったりウマであったりして、今日はヒト。二本足で立つその影はとても島の影には見えないが、向こうからこっちを見てもそうらしい。

 しましまもようのしましましま。しまうましまぞうしまきりん、ほかにもたくさんしまがいて、しましましまのしまたちはしましまにまぎれてくらします。さて、しまたちのしまがさきかしましましまのしましまがさきか。

 浜辺の洞窟を抜けると怪しげな洋館が、みたいなお話が映画として成立した頃があったことにまず驚くが、その頃だってそんな洋館は現実には存在してなくて、送り手と受け手のあいだのどこかにあっただけなのだろうな。

 船が動いているのではなく、島が動いている。そんな説をあのときは誰もまともに聞きはしなかった。だが今にして思えば、それこそが島々を巡るあの船の奇妙な軌道と順序のもっとも単純にして美しい謎解きだったのだ。

 ひゃくじまという島がある。百文字の島でひゃくじまか、とは思うのだが、その手前にあるじゅうじまは大きな十字架があるからそう呼ばれているようだし、その先のせんじまは薬の産地、まんじまは卍の形らしいからな。

 走って一周できるくらいの大きさの島なのに、走って一周できないのだ。道路は一本だけ、ぐるっと島を巡っている。地図で見てもそう、なのに道に迷う。そんな島だと聞いていて、聞いた通り迷っていて今ここ。どこ?

 できれば地に足をつけずふわふわしていたかったのだがいよいよそうもいかなくなって、まずは右足を置ける場所を作るところをから始めたのだが、それは地面ではなくて浮き島で、ふわふわしていることに変わりはない。

 一夜にして沈んだ島がある。緩やかなスロープを滑り降りるように沈んだので、何ひとつ壊れることなくそのままの姿で沈むことができた。いっしょに沈んだ者たちも同様で、沈んだことに気づいていない者も少なくない。

 その島の飛行場に降りるとき、滑走路を走る自転車がたしかに見えたのだ。気になって翌日行ってみると、フェンスの裂け目から自転車が次々入っていく。滑走路が隣村への近道で、飛行機は一日一便だから大丈夫だとか。

 島が列を作っている。そこに暮らす彼らには翼も翅もないが、雪の重みでスプリング状の組織に溜め込んだ力を開放してジャンプする。北端から南端の島まで、力を徐々に開放しながら跳び渡っていく。それが列島の春だ。

 どうやらこの島が列の先頭らしい。じわじわと、だが確実に動いている。じつは巨大な亀なのでは、とか。今もやっぱり列は動いていて、伸び続けてもいる。いったいなんのための列なのか。まあそれはそのうちわかるか。

 貝楼であり、回廊であり、回路でもある。潮の満ち干、その他の条件で、見えたり見えなかったり、通れたり通れなかったり、閉じたり開いたり。こちらにはどうにもできないから、待つしかない。待てば海路の日和あり。

 

 

 

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北野勇作

1962年生まれ。小説家、SF作家、役者。1992年に『昔、火星のあった場所』で第4回日本ファンタジーノベル大賞優秀賞を受賞。2001年、『かめくん』で第22回日本SF大賞を受賞。近年はマイクロノベルの伝道師として、ほぼ毎日Twitterに【ほぼ百字小説】をあげており、2020年にはそのうち200編を収録した『100文字SF』(早川書房)を出版。毎週水曜日21時より、谷脇クリタ、蜂本みさと共に「犬と街灯とラジオ」(通称:犬街ラジオ)をツイキャスで配信。トークと共に朗読を披露している。

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